祈るということ Ⅴ
◆
「はい、ちゃんと食事も頂いていますし、非道いはことされておりません」
ベッドに腰掛け、ラッチナにひたすら髪の毛を編まれ続けながらも、ファイアはおずおずとそう言った。よく見知ったローブ姿ではなく、簡素な町娘風の装いだったが、こちらのほうが動きやすそうに見える。
「ホントですか? あんなこととかそんなこととかされてないですか?」
「さ、されてないです。本当です、その……丁寧に扱ってもらっています」
リーンがぺたぺたとファイアの体に触れながら尋ねるが、特に嘘を言ってる様子はなさそうだった。
布に包んだ氷を顔に押し当てながら、ザシェは はぁぁぁ、と盛大なため息を吐いた。
「何を想像していたんです? まさか拷問を行っているとでも?」
「…………………………」
正直それぐらいのことは想像していたし、焼印ぐらいは押し付けられているだろうな、と思っていただけに、ファイアが五体満足で、しかもラッチナと戯れているのは意外だった、というか。
「なんでラッチナがここに?」
「チナ、雇われた。ゆーのーだから」
言いながらも、相変わらず、細い三つ編みを生産し続けるラッチナ。時折痛い、とか、ひん、とかいう小さい悲鳴が聞こえるが、ガン無視だ。止めるかどうか悩んだが、とりあえず放置しておく。
「彼女は私が雇いました。レレントの住人に知られていなくて特定の勢力に所属していない、脚の速い冒険者ですから。そもそもあなた方が帰ってきたという報告も彼女からなのですがね」
「あ」
そういやラッチナは《冒険依頼》を受けて俺達を探していた、と言っていた。
あのギルドの状況でどうやって、というところまで頭が回っていなかった、最初から、ザシェが直接《冒険依頼》を出していたのか。
「それと、この娘の保護者と若干繋がりがありまして。手紙も持たせたでしょう?」
「そこの繋がりがどちらかっつーと一番驚きなんだが……」
「珍しくもないでしょう、冒険者の間に流行り話を作る際には、吟遊詩人を使うのが手っ取り早い」
「………………」
流行り廃りまで操作してるのか、こいつ。
「まずはこちらの確認からです、成果は?」
一瞬、リーンと目配せする。まだ〝竜骸〟の所在を……ましてやリザードマン達の呪いを解く、という話をする訳にはいかない。
「セキを追いかけてソレンサって村に行ったが、連中は呪いでほぼ全滅しかけてた。死体が腐る呪いの下手人は――――」
「――魔女イスティラです。ただ、本人が西方大陸にいる以上、今すぐこっちから干渉することは難しいです。〝竜骸〟を動かしたのも恐らく彼女ですが、目的は依然不明です」
リーンが説明を引き継いだ。まあつまりめぼしい成果はなかった、という事なのだが。
「なるほど。お疲れ様でした」
特に驚いた様子もなく、ザシェはあっさりそう言ってのけた。
「……それだけか?」
「最初から期待していないと言ったでしょう。魔女の正体がわかっただけ予想より上出来です。報酬は用意しますので、レレントから早めに脱出することをおすすめします」
「……何?」
「あとは政治と宗教の問題ですから、冒険者の出る幕はありません。物理的にレレントから出られなくなる前にファイクなりシホンワフルなり行くべきです」
もう用済みだ、という事なんだろうが、こちらとしてはそうは行かない。
「お前になくてもこっちにはあるんだよ、まだ何も解決してねえだろうが」
「丁度いい落とし所を作るしか無いでしょう、ですがそれはもうこちらの仕事だと言っているのです」
「その落とし所ってのは、ファイアを魔女として処刑することか?」
「ち、違うのです、ハクラ様」
返答次第ではもう一発ぶん殴る所だったが、口を挟んだのは、その当事者たるファイアだった。
「わ、わたくしが、お願いしたのです」
「…………は?」
「わたくしが魔女として処刑されれば、皆が救われるのでしょう?」
それは、全く想像してなかった言葉で。
「――――――――は?」
多分その言葉を吐いた俺からは、表情というものが欠落していたと思う。
「ですから、わたくしがお願いしたのです。ドゥグリーに頼んで、ザシェ様に、お話を通してもらって……」
理解が追いつかない。
こいつ、今なんて言った?
「ミアスピカ側との話は、もうついている、ということです」
ザシェは淡々と、事実だけを告げる。
「そもそもあの場にはドゥグリー・ルワントン特級騎士が控えていました。こちらも精鋭を揃えたとは言え、個人の戦闘力では向こうが上です。彼女を守り切る事も出来たはずなのに、それをしなかったのは何故だと思います?」
……レレントは、オルタリナ王国において。
教会と貴族とギルドが、奇跡的なバランスを保っている街、だ。
そして、確かにザシェは言った。
そのバランスを保つためなら何でもすると。
ファイアが言葉を重ねる。それはあたかも、罪の告白をする囚人のようだった。
「〝竜骸〟を失ったのは、わたくしの責任です。ですが、レレントの人々には、何の罪もありません。正しい女神への信仰を取り戻さなくては、なりません。わたくしに忌々しき石があるのは、事実ですから、わたくしが全ての責任を背負えば……」
パァン、と甲高い音が響いた。
きょとん、とした顔のファイアは、自分に何が起きたか、まだ理解できて無いのかもしれない。
俺だって、リーンがファイアに平手打ちをぶちかました音だと、目の前で見てたのに、脳が認識するのを遅れたほどだし、髪の毛を編み込み続けていたラッチナに至っては、驚きのあまり大きく飛び退いて、壁にべったりと張り付いたほどだ。
「ザシェさん、《冒険依頼》の報酬はどこで受け取れば?」
「…………ギルドは機能していませんから、後でヴァーラッド邸に届けさせましょう」
「わかりました、行きますよハクラ、もうここに用事はありません」
それだけで全て終わった、と言わんばかりの振る舞いで、リーンはもう、ファイアを見ていなかった。
「ま、待てリーン」
「本人が死にたがってるんだからしょうがないじゃないですか。それで教会とギルドが良いと結論したなら、私達の仕事はおしまいです」
この時点で、完全にファイアを見限ったのだろう――俺だって納得はできていない。
それでも。
(たすけて)
ルーヴィの最後の言葉が、俺にそれを言わせてしまった。
「ザシェ、〝竜骸〟の場所を見つけた」
「――――なんですって?」
「ハクラッ!」
咎めようとするリーンの声を、俺は遮った。
「条件がある、場所を教える代わりに――ファイアを貸せ」
頭の良いやり方も、合理的な方法も、全部クソッタレだ。
ただ、一つだけ、絶対に許す訳には行かないことがある。
「お前の思い通りにはさせねえぞ、ファイア」
打たれた頬を押さえながら、状況に追いつけず、目を丸くするファイア。
混沌とする場を表すように、ラッチナが一言、
「こわ…………」
と呟いたのが、やけに響いた。
「…………あなたは交渉事をするべきじゃあないですね」
数十秒続いた沈黙を、破ったのはザシェだ。呆れたように首を振って。
「あなた方が〝竜骸〟を見つけたとしたら、状況からソレンサ以外にないわけですが」
「………………………………そうじゃない可能性もあるだろ? あーん?」
「言い訳考える時間が長すぎて語るに落ちてるじゃないですか!」
「うるせぇ! 俺に任せとけ……いいから……!」
「私は知りませんからねーっ!」
迂闊に喋れない肩のセキが、べしべしと前足で強く俺の肩を叩いてきた。
ああそうだよ悪かったよ俺の交渉レベルはトカゲと同レベルだよ。
「……では何故、私にそれを報告しなかったのか、という話です。そうすることで生じる不都合があるとするなら……レレントを襲ったリザードマンは言葉が喋れましたね。彼らと何か交渉する必要が生じましたか」
「ほんっとうに有能だなお前!」
敵にしても味方にしても厄介な奴だ。今回は立場上、敵側だからたちが悪い。
「大方、魔女の呪いを解く事と引き換えに〝竜骸〟を譲渡する、と言った所ですか。でなければファイア司教を貸せという言葉の辻褄が合いませんので」
「ギブアップしていいか?」
「もうちょっと頑張ってくださいよハクラ」
「私は言ったはずですよ。知能があるなら、炎も吐くが、嘘も吐くと。まさかそのまま鵜呑みにしたのですか?」
「色々事情があんだよ……」
「まあ、我々からしてみれば、リザードマンを駆除しない理由はありませんからね」
シャララ、と小さく、本当に小さく、セキが唸った。
「ですが」
タタタ、と机を叩くザシェの手が、止まった。
「こちらにもいくつか考えなければならない事項がありましてね。このまま話を進めても良いかと考えていた所です」
「どういう意味だよ」
「コーランダ大司教は〝竜骸〟を取り戻すと宣言した――これは事前の取引にはなかった展開です。場合によっては違う落とし所が必要になってきます」
「違う落とし所っつったって、ファイアを処刑しなかったら死ぬのはお前だろ」
告発が誤っていた際は、告発者が命をもって償う。
司教相手にそれをやったのだから、『やっぱり無し』は通らない、現状、ファイアかザシェのどちらかは死ななければ話の収拾がつかないのだ。
が。
「どちらにしても死ぬのは私です、何の問題もありません」
ザシェはあっさり、そう言ってのけた。
「ザシェ様!? お話が違います、わたくしが――――」
「ご自分の立場をわかっておられないようだ、ファイア司教」
良いですか? とずれた眼鏡を直しながら。
「あなたは戦争を避けられなかった際の保険であって、生贄として差し出されたわけではありません。でなければ教会があなたの身を委ねると思いますか」
聖女の顔が、真っ青になった。
自分が魔女として処刑される前提でいたファイアは、考えてもなかったのだろう。
「現状最大の問題は、レレントから……ひいてはオルタリナ王国から信仰の象徴が失われる事です。〝竜骸〟を取り戻せない前提ならば、我々には代わりの象徴が必要となる。それは、わかりやすいシンボルであることが望ましい」
――――もしも、自分が死ななかった場合の事を。
「であれば、私の命一つで聖女の潔白を証明できるなら安いものでしょう」
リーンがファイアを見放した、最大の理由がそれだ。
自分が納得するために、自分を投げ出す行為の結果を、ファイアは考えない――アドム達を助けた時のように。
「待て、そうだ、ファイアの秘輝石の問題はどうなる?」
ギルドが最初にファイアを拘束した理由であり、俺達が確認したかった事でもある。
ファイアの秘輝石の出どころがはっきりしない限り……いや、ファイアが秘輝石を持ち続ける限り、シンボルであり続けるのは不可能ではないか。
「出処がはっきりしない、という点では問題ですが……」
ちら、とザシェの視線が、未だ動揺を隠せないファイアに向いた。
「彼女達は、恐らく《天然石》でしょう。極稀にですが居るんですよ、生まれた時から秘輝石を持っている人間が」
「生まれた時から?」
初耳だった、少なくとも冒険者をやってきて、今まで聞いたことはない。
「秘匿事項ですがね――調査の結果、肉体年齢と秘輝石の稼働時期が一致していますから、ほぼ間違いないでしょう、生まれつき額にあったというなら、流石にギルドの権限で裁くのは不可能です。できれば右手に移植したいところですが、頭部の秘輝石は引き剥がすと問題が出る。なんとか誤魔化す方法を考えるしか無いでしょう」
あっさりとそう言うあたり、ファイアが秘輝石を持っている事自体は、そこまで大した問題ではない、と考えているのか。
「…………お前、最初からそのつもりで、ファイアを告発をしたのか?」
俺に睨みつけられたザシェは、つまらなそうに方をすくめた。
「人聞きの悪い事を言わないでください。私はただどちらに転んでも良い、と思っていただけです」
「お前が死んだらレレントのギルドはどうなる?」
「最初は苦労するでしょうが、最悪の事態を避けられさえすれば、いずれ安定するでしょう。私にしか出来ないことはありますが、ファイア様が大司教となって色々と取り計らってくれれば、将来的にはお釣りが来るでしょう。であれば私の命の使い所としては、ここが一番価値が高い」
レレントの住民は拠り所と日常を失い、困惑している。
そこでギルドが聖女を貶める悪党となれば、様々な問題を『ギルドに対する怒り』に変換することで、短期的になら、強引に纏めあげることが出来る。
その上で、〝竜骸〟を取り戻せた場合は、全てザシェの独断だったことにして、あらゆる不満を集めて死に、悪感情を一度リセットする。その上でファイアが『許す』といえば、住人だってその願いを無下にはしないだろう。
「そうでなければ、ミアスピカが私にファイア司教を預けたりはしないでしょう」
「あ、ああ……ま、まってください、まって」
当事者であるファイアの言葉は、誰にも届かない。
「で、話をもとに戻しましょう。そういう状況ですから、ファイア司教を迂闊に外に連れ出すわけには行きません。魔女裁判は行われなければならない。下手に見つかって教会側に連れ戻されれば、対立した状態のまま話が進む。実によくない」
あまりのド正論に、返す言葉がない。
「付け加えるなら、個人的にも組織としても、リザードマンを救済する理由がありません、絶滅してくれたほうがありがたい、《大規模冒険依頼》も出さなくてすみますし」
シャララ、と唸り声。無理もないが、そもそも俺ですらセキ達のやったことを許したわけじゃない、ただの個人的な感情の問題で、ここまで引っ張ってきた話なのだ。
「…………私からは以上ですが、なにか反論は?」
自分の命をベットして、合理的に最適解を作り出そうとする相手に、これ以上何を言えるだろう。
「……わ、わたくし、わたくし、そんな……」
続きを言えず、ただ肩を抱いて震える聖女の髪の毛を、
「でーきた」
いつの間にか編み込みを再開していたラッチナがまとめ上げて、満足そうな声をあげた。




