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魔物使いの娘  作者: 天都ダム∈(・ω・)∋
第八章 ミアスピカの双星

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祈るということ Ⅰ


 ◆


 大陸があれば国家があり、国家があれば支配者が居て、支配者の下に民衆が居る。

 そういう意味で、〝酷嬢(クルーエル)〟のイスティラは正しく魔女の国だった。

 あらゆるものは魔女のために存在し、あらゆる命は魔女の所有物であり、全てが魔女に捧げられ、抵抗と反抗は自殺志願の代名詞であり、絶望以外は存在しない。


 外から来るものは居ても、内から出ていけるものは居ない――だから、(ハクラ)があの檻から出ていけたのは、幸運と、奇跡と――仲間に、恵まれたからに過ぎない。


「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ――――」


 呼吸が荒れる。心臓が高鳴る。視界がぐらつく。足が震える。

 白い肌だった。白い髪だった。白い女だった。

 目だけが爛々と輝く血の色をしていた。流血を集めて、煮詰めて、残ったものを凝縮したような、根源の赤。

 覗き込まれれば、正気ではいられない、狂った女の――――――









「ハクラッ!」


 その声で、はっと我に返った俺は、今、自分がどこに居るのかを思い出した。

 レレントから西に向けて、ニコの嗅覚頼りにたどり着いたのが、リザードマン達の根城となった廃村、ソレンサだ。


 呼吸を整えようと、大きく息を吸い込むと、嫌な臭気が鼻の奥をツンと突き刺す。

 無数のワイバーンとリザードマンの死体で溢れかえったこの世の地獄で、俺は、何より聞きたくなかった女の名前を聞いて……嫌なことを思い出していた。


「しっかりしてください! 顔真っ白ですよ!」


 鏡がないから確認はできないが、それは想像に難くない。

 自分でもそうなるだろう、と確信できるぐらいには。

 本当に珍しく、心配そうに俺の顔を覗き込みながら、リーンは言った。


「ハクラが倒れたら誰が私を運んで下山するんですか!」

「歩けよ」


 よし、調子が戻ってきた。

 あと、多分お前を運ぶのはニコだ。


「愉快な夫婦(めおと)漫才はいいけどねェ、話を進めテもいいかィ?」


 リザードマンのセキ――俺にとっては、ラディントンからの因縁がある宿敵と言っていい――が、呆れた口調でそう言った。


「よくねぇよ、その前にこいつの説明をしろ」


 正直な所、今この場に立っているだけでも震えそうだ。

 なにせ、俺達の間の前にはレレントから飛び去ったはずの〝竜骸〟が鎮座しているのだから。

 〝竜骸〟を取り戻すための手がかりを求めてここまで来たはずなのに、現物がどんとあったらそりゃあ驚きもする。


「だかラ、それァ俺が聞きたイって言ったろォ? こちとら、あの槍を突き刺したラ、それで終わりのハズだったンだぜ」


 〝竜骸〟は、神殿に居たときと同じように、身体を伏せたまま動かない。

骸だった頃と比べても、比較にならない存在感だ。鱗の一枚一枚に血色が戻っていて、生々しい『生物』としての圧力が嫌でも伝わってくる。


 右眼は空洞だが、磨き上げられた星紅玉(スタールビー)のような左眼は、じっとセキを見据えたままだ。


「リーン」

「嘘は言ってない、と思います。ここで私達を騙す理由がないですし」

「…………そりゃそうか」


 もしこの〝竜骸〟がセキの罠であれば――セキの意思で動かせるのであれば、俺達になす術はないわけで、自由に操れるのであればそもそも交渉をする必要すらない。


「現状、俺達ァ差し迫ってル。魔女は〝竜骸〟に槍を刺せば呪いを解くと言ったガ、残ってたのハ、カラスの死体だけだっタ」

「カラス?」

「死者が腐りだしテ慌てル俺達の前に、そいつは現れタ。ソレ(、、)は呪いだと。解いてほしかったら、この槍を〝竜骸〟に突き立てろト」


 セキが持っていた、異形の赤黒い槍の事か。


「そうすれバ――お前達の病を解いてやル、そう言っタカラスが、戻ってきたら腐っタ死体になってタ……この時の俺の気持ちがわかるかィ?」


 じゃり、と音を立てて、セキが地面を蹴り上げた。

 苛立ち任せの行動かとおもいきや、何かを拾い上げると、ツンとした嫌な臭いが鼻につく。ソレがグズグズに腐ったカラスの死体だと気づくのに時間がかかったのは、原型をほとんど留めていないからだ。


「メッセンジャーがこの有様だと、確かに解呪をするつもりはさらさらなさそうですね」


 うーん、と首をひねりながら、リーンは長い髪の毛を、指でくるくると巻いた。


「一つ確認したいんですけど、腐敗の症状が出始めたのはいつ頃のことなんです?」

「一年ほど前だねェ。とある戦士が死んデ、弔う前にほんの一晩、遺体を置いといたラ、身体が腐り初めタ。その時ハ、何か別の原因があると思ってタけどなァ」

「その遺体はどうしたんですか? そのまま埋めたとか?」

「腐り落ちタ部分以外の肉を切り分けテ、弔っタ」


 リーン曰く、コイツらのように鱗の赤いリザードマンは、死んだ仲間の遺体を喰って弔う風習があるらしい。死亡、即腐り果てる現状ではそれは叶わないが、呪いが顕在化する前は腐らない部位があったらしい――つまり喰うことができたわけだ。


「……………………とすると、十……もっとかな……計算は合う……?」


 セキの返答に答えること無く、なにやら考え始めたリーン。

 こうなると長いが、かと言って急かすわけにもいかず、俺は〝竜骸〟に目線を向けた。

 レレントで吼え、猛り、ルーヴィを喰らい、羽ばたきだけで街を半壊させた化け物は、今は何の感情も感じさせない顔で、ただ座っているだけだ。

 こちらとしては正直、〝竜骸〟が戻って来るとほとんどの問題が解決出来るので願ったり叶ったりなのだが、赤竜は『骸』と呼ぶには命を感じさせる程に、かつての姿を取り戻している。

こいつがまた動き出す可能性があるなら、話はそう簡単には進まなさそうだ……と思ったところで、気づいた。


「いや、待て、〝竜骸〟を返すって簡単に言うけどお前、どうやってこいつをレレントに戻しゃいいんだ?」


 竜骸神殿は『竜骸があった場所』に建てられたものだから、誰かがあの場所に〝竜骸〟を移動させたわけではない。

 ましてヴァミーリは、現状、勝手に飛んできて、勝手に洞窟に居座っているだけらしい。

 意思や自我があるのかは定かではないが(スライム曰く『無い』らしいが)、まさか俺達が『頼む、レレントに戻ってくれ』と頼んだところで、飛んで戻ってはくれはしないだろう。かと言って全く抵抗されない前提でも、ここから人力で運ぶのは不可能に近い。

 だが、セキはなんてことなさそうに言った。


「ここに新しイ神殿を建てればいいだろォ? 元々は人間の土地なんだかラサ」

「出来るわけねえだろ馬鹿!」


 リザードマン達の死体の成れの果てで、汚染され尽くした土地に誰が神殿なんぞ建てるというのか。

 だが、セキは首を横に振った。


「何でダ?」

「あ?」

「出来るだろォ? 人間達なラ。どういう形で〝竜骸〟を仕舞い込ムかは俺にはわからンがヨ」

「…………」


 〝竜骸〟――蘇ったヴァミーリが、ずっとここにとどまり続ける、という前提ならば、ファイアや、大司教クラスの神官が集まって、繰り返し浄化を重ねれば、毒化した土地を元に戻せる可能性は、素人から見ても、無くはないように思う。


 現状、最優先で回避しなければならないのは、〝竜骸〟を失ったことでサフィアス諸国連合が戦争をふっかける大義名分を与えてしまうことだから、究極的に言えば〝竜骸〟の所在がオルタリナ王国にあると証明できれば、別にレレントの竜骸神殿に戻す必要はないのだ。

時間とコストを度外視する、というのが大前提になるが、オルタリナ王国から正しい信仰が失われなかった証明をする、という大義名分があれば、連中は本当にそれらのハードルを乗り越えて、新しい神殿の設立をやってのけるかも知れない――が。


「お前達はこの巣にいられない、ってのは承知の上なんだろうな」

「俺達ァもう後が無いンだ。明日の寝床より今日の命なンだよ。昨日の強襲でめぼしい戦士はほぼ死ンだ。子供を産める母親も少なイ。子供はもっトだ」


 つまり、セキが持ちかけてきた交渉とは。

 命以外(、、、)の全部を差し出すから、命を助けてくれ(、、、、、、、)、という意味か。


「あー……くっそ」


 手早くセキをぶっ倒して、情報を手に入れるつもりが、厄介な事になってきた。


「セキさん」


 リーンは、静かに首を横に振った。

 目を細め、眉をしかめ、告げにくい事を告げるときの顔。

 医者が患者に、もう助からない、と宣告する時のそれと、多分同じだ。


「私達はギルドの代表ではありませんが、三つの理由で、セキさんの交渉に応じるわけにはいきません」

「…………そォかい」


 返答は、ある程度想定していたのだろう。落胆も怒りも、見て取れなかった。


「理由を聞かせテもらってモ?」


 リーンは、ぴ、と指を一本立てた。


「第一に、そもそも〝竜骸〟の所有権がセキさんにないからです。セキさん達を助けなくても、私達はここを出て、〝竜骸〟の場所を報告することができます」


 そう、もしこの取引を成立させようとするならば、セキがヴァミーリを(、、、、、、、、、)自由に動かせるのが大前提なのだ――それはないと、自分から言ってしまっている。

 二本目の指を立てながら、リーンは続ける。


「第二に、セキさん達は、やりすぎました。人間の生活圏に押し入り、街を襲い、〝竜骸〟を奪い、多くの犠牲を出しました。北方大陸(オルタリナ)のギルドではすぐさま情報が共有されて、リザードマンは間違いなく駆除の対象になります」


 《大規模冒険依頼(グランドクエスト)》の用意があったのだから、厳密には『もうなっている』状態ではあるが……もっとも、呪いの現状を知ったら、ギルドは放置を選ぶだろう。

 労力を割かず、勝手に死ぬのを待っていたほうが、合理的(、、、)だからだ。


「あンたは間に入ってくれなイのかイ、魔物使いの娘」

「リザードマンの腐敗現象が、人間の活動による土壌汚染が原因だったなら――私はセキさん達の味方をしました、じゃないとバランス(、、、、)が取れませんから」


 リーンは、一方的に魔物の味方をするわけでは、ない。


「ですが、理由と原因はどうあれ、セキさん達の都合で、一方的に関係ない人間を蹂躙したんです。それで私があなた達の味方をしたら、それこそバランスが取れません」


 ライデアで、リーンがコボルド達に味方したのは、連中が人間を襲った原因が、そもそも人間にあったからだ。


「自分達が生き延びる為に、他の種族を襲う事を、悪いとは言いません。善とか悪じゃなくて、ただの生存競争の話ですから。そこだけ見るなら、私の立場としては中立で、自分が被害を被った分、個人的に人間寄りです」

「そこは私情を挟むのかよ」

「あったりまえじゃないですか!? 結果的に無事でしたけど、バリスタの矢なんか下手に刺さってたら死んでますよ私!」


 いやまあクレセンが実際に死にかけたというか、ほぼ死んだのを裏技でなんとかした部分があるから、結果オーライというわけには行かないのも確かなんだが。


「こほん……そして、これが最大の理由なんですけど、第三に」


 三本目の指を立てながら、リーンは告げた。



私達にこの呪いを(、、、、、、、、、)解く手段が(、、、、、)ありません(、、、、、)



 セキが持ちかけてきた交渉の大前提が、そもそも不可能。

 だから、この交渉は成立しない――対価を支払えないのだから。


「………………そォ、かい」


 リーンならば……魔物使いの娘ならば、なんとか出来るかも知れない、という期待があったのだろう。

 それなりにショックが大きかったのか、はっきりそう言われて、セキはその場にどすんと座り込んで、顔を伏せた。


「俺達ァ、このママ、腐って死ぬしかなイと?」

「残念ながら――それは自然の摂理、とは呼べませんけど」


 それからしばらく、数分間、沈黙が続いた。

 呪いに苦しむ、リザードマン達のうめき声だけが、時折響く……誰も喋らないだけに、よく響く。


「――――……まァ、元かラそう上手く行くとハ思っテないサ。俺達がやりすぎタ事なんテ、俺達が一番よくわかってル」


 のっそりと立ち上がったセキは、力ない足取りで歩き出した。


「……どこ行くつもりだ」

「同胞を楽にしてくル、もう苦しめルのも忍びなイ」


 助かる目が無いなら、身体が腐っていくのを指を咥えてみている必要はない……殺してやったほうが、まだ慈悲深い。

 そもそも俺達はリザードマン達を駆除しに来た側面もあるのだから、止める理由も、道理もなかった。


「……セキ、一個答えろ」

「なんだイ?」

「お前、ラディントンでギルクを襲ったよな、それもイスティラの指示か?」

「あァ、カラスがやってきタ。それガ?」

「…………何でだ?」


 俺の呟きに、リーンが首を傾げた。


「ギルクを襲う事がイスティラの意図だったとして、何でそんな事する必要があった?」


 俺達や【聖女機構(ジャンヌダルク)】が介入したことでややこしくなったが、それらの要素を差っ引いて考えると――セキの奇襲が成功していたら、ギルクは死に、ラディントンの噴火を食い止めることも出来ず、街は火砕流に飲まれていただろう。


「それって、なにかおかしいことあります?」

「あるだろ、戦争を起こしたいならギルクを魔女に(、、、、、、、)したほうが早い(、、、、、、、)んだから」


 レレントの領主の娘が魔女になり、罪人街の人間を助けようとして、更に噴火の被害が拡大するような羽目になれば、間違いなく責任問題の追及になる。


 領主の娘に魔女の烙印が押され、〝竜骸〟の喪失が重なれば、オルタリナ王国の立場はより悪くなり、『〝竜骸〟を取り戻す』なんて呑気なことを言っている暇は、恐らくなくなっていただろう。

それだけでかい種火をわざわざ自分で消そうとしたのだから、そこには何か理由があるはずだ。


「魔女が終始合理的な選択肢を取るとは思いませんけど……じゃあその場合、イスティラはラディントンを滅ぼしたかった、ってことになりますよね」

「俺らが介入しなかったら、実際そうなってたろ」

「といっても、ラディントンが滅んでイスティラに利益なん……て……」


 何かに思い至ったのか、リーンは一瞬、言葉を区切った。


「…………ハクラ、ラディントンって人口どれぐらいでしたっけ」

「へ? あの感じだと、まあ千人いるかいないかぐらいじゃ」


 具体的に確認したわけじゃないが、開拓団が作った罪人街、という村の設立由来と時期も相まって、そこまで極端に多くはないだろう。


「もしかしたら……生贄にしようとしたのかも知れません」

「あ?」

「いや、私ずーっと言ってたじゃないですか。〝竜骸〟を動かすリソースをどこから調達してきたのかわからない、って」


 レレントで確かに言っていた、確か、〝竜骸〟をあれだけ動かすのなら、一般人が五千人くらいは必要……だったか。

 五千人の、五分の一。


「ヴァミーリは赤竜、火を司る竜です。そしてラディントンはかつて赤竜ヴァミーリが住んでいた地です」

「は?」


 その情報は初耳だったので、俺は思わず目を見開いた。


「あ、言ってませんでしたっけ。魔物使いの娘が巡礼するのは、各大陸の竜に縁のある土地でして」

「聞いてねえし知らねえし先に言えよ!」

「いや、あの時点ではあまり重要な情報じゃなかったですし……話を戻しますと、ヴァミーリを動かす、という場合に限っては、ラディントンに住まう生命は、人も獣も最高効率の燃料になりえます。まるごと火砕流で飲み込んじゃえば」


 ざばーん、と波がかかるジェスチャーをしながら、リーンは言った。


「そこから魔素(リソース)を回収することは可能だと思います、それこそ、足りない五分の四を賄えるぐらいには」

「……そりゃア、余計なことをしかけたらしいねェ。ケド、あの小娘は生きてル。結局不発に終わったんだろォ?」


 過去の行いを咎められているセキからすれば、苦々しい記憶でもあるだろう。嫌そうにそう言った。

 リーンは壁際に歩いて、立てかかっていた一本の槍を手にとって、持ち上げて、まじまじと見つめた。

 細身ながらの長柄ロングスピアは、セキがレレントを襲撃した際に手にしていたものだろう。異様な力を放つ赤黒い色彩をしていたそれは、今はただの鉄の塊に見える。


「セキさんが〝竜骸〟に刺したのは、これですよね」

「あァ。それ以外には使えンなまくらだとヨ」


 実際、こうして近くで見ても、刺したり斬ったりに使えるようには見えないから、〝竜骸〟を動かすのに力を使い果たした、と見るべきだろう。


「恐らく、イスティラは〝竜骸〟を二回動かすつもりだったんじゃないでしょうか」

「二回?」

「二回?」


 俺とセキの声が重なった。こんなことで重なりたくはなかった。


「一度目は、レレントから〝竜骸〟を動かすために。二度目の用途はわかりませんが、本来はラディントンを生贄にして何かをするつもりだった――けど、できなかった」


 どす、と槍の柄を地面に突き立てて、リーンは言った。


「まー、全部憶測ですけどね。結局本人をとっ捕まえないと意味ないですし、今更それがわかったところで後の祭りですし」


 そう、ここでどれだけ議論を重ねても、結局答えは出て来ないのだ。

 目の前には、俺達の力ではどうにもならないような、重苦しい現実があるだけだ。

 仲間を手にかけようとしたセキを止めたことから始まった話が終わってしまい、しばらく誰も口を開かない。


「……リーン」


 その重々しい空気が耐え難くて、気づいたら、リーンの名前を呼んでいた。


「はい、なんですか? ハクラ」

「本当に……こいつらの呪いは解けないのか?」


 リーンはただでさえ大きな目を、更にこれ以上無いほど丸くした。


「何だよ」

「あ、いえ、その……えーっと、魔女の呪いを解く方法で、一番シンプルかつ単純なのは呪いをかけた魔女本体を叩くことです、エリフェルさんの時と同じですね。この場合はつまり――」


 一瞬、言い淀んでから、リーンはその名前を呼んだ、


「――魔女イスティラ、ということになりますけど」


 現実的に考えたら、不可能事だろう。

 あの女が居るのは西方大陸(リーラベル)だ。今からえっちらおっちら出向くわけにいかないし、乗り込んだところで殺せる目がない。それはよくわかっている。


「他の手段は?」

「他の、っていうと……呪いの、つまり、悪魔の力を中和するほど強力な浄化を行う事、ですかね」


 土地の浄化と同じように、呪いを浄化する、ということか。


「厳密に言うと呪いを解くのではなく、呪われた結果、汚れた所を取り除く、という感じになるんですけど……ただ、かなり練度の高い浄化魔法を使える人が必要です。高位の神官とか、専門の冒険者とか」

「それをコイツらにやってもらうのは……無理だよな」


 どの立場の人間であっても、リザードマンを助けようという発想にはならないはずだ。積極的に駆除に回るだろう。


「……ちなみに、残ってるリザードマンとワイバーンってどれぐらいいます?」


 リーンがちら、と視線を向けてセキを窺うと、一拍置いて、


「同胞が百二十四、ワイバーンが五十八ダ。非戦闘員を含めてナ」


 という答えが返ってきた。


「…………その全員に浄化を施すのも、現実的じゃないですね」

「他には?」

「そうですねー……可能性の低いところだと……って、やけに掘り下げようとするじゃないですか、まさかとは思いますけど、ハクラ」


 リーンの表情は、苦笑を通り越して、歪んだ笑いに見える。

 まさか、いくらなんでも、それはないだろう、と思っている顔だ。


助けるつもり(、、、、、、)なんですか(、、、、、)? セキさん達を?」


 逆の立場だったら、俺も同じ表情をしていたに違いない。

 否定する気はなかったが、かといって素直に『そうだ』とも言い難く、誤魔化すように俺は頭を掻いた。


「…………どういウつもりだイ」


 意外だったのはセキも同じだったらしい、わずかに顔を上げ、こちらを睨んできた。


「てっきリ、あンたには恨まれてルとばっかリ思ったたけドねェ」

「現在進行系で恨んでるっつの。勘違いするな、別にお前を助けたいわけじゃねえ」

「そのセリフはもう吐いてしまったら終わりのやつでは……?」


 リーンがなにか言ってきたが重要なことではないので無視する。


「元々俺達は、裏でこの事件の糸を引いてる黒幕の正体を探りに来たんだろうが。その正体は割れた――魔女イスティラだ。顔も姿も見せないまま、リザードマンを呪い、操って、〝竜骸〟を動かしたにしちゃ、その後のツメが甘すぎる」


 女神サフィアを崇めるシンボルを奪われ、国家間のパワーバランスが崩れた。

〝竜骸〟を取り戻すか、全く別方向からのブレイクスルーがなければ、いつ天秤が傾いても――リーンが言っていたように、戦争が起こったとしてもおかしくない。

だが、俺達は形はどうあれ、〝竜骸〟を見つけちまった。

 とにかくオルタリナ王国の中に〝竜骸〟が残ってさえいれば、あとは政治の問題だ。うまい落とし所を作ってなんとかすればいい。


 が――落とし所が出来る、ということは、言い換えれば戦争に発展しない(、、、、、、、、)、ということだ。


「あの女が介入してきて〝何か〟をしようとしてるなら、この程度で済むわけがねえ、絶対にまだ、何かがある」


 自然と、拳に力が入った。頭の中で煮え立つ怒りが、あぶくを立てて溢れそうになる。


「だったら、こいつらをここで見殺しにすることそのものが、罠の可能性もある……あの女の思い通りにだけはさせたくねえ、それが何であれだ」

「…………だから、呪いを解く方法を探すべきだと?」


 無言は、肯定を意味していた。

 目を細めたリーンは、数秒黙ってから、呆れたように大きな息を吐いた。


「…………あー、もう、そういうことにしておいてあげます。でも、現状、出来ることがないのは変わりませんよ。私達じゃこの呪いを解けません。もし可能な人物が居るとしたら、それこそファイアさんぐらいですけど」 


 現実問題として、ファイアは現在、力を使い過ぎて昏睡している真っ最中だし、騒動渦中の最重要人物だ。

 確かミアスピカからも人が派遣されるとかなんとか言っていた記憶があるし、下手すると俺達がレレントに戻る頃には、もうミアスピカに連れ戻されている可能性すらある。

 仮にすべての条件をクリア出来たとして、眼の前でルーヴィを失ったファイアに、その直接の原因となったセキを助けて欲しい、なんて、どうして言えるだろうか。


「……一度レレントに戻りましょう」


 ぱんっ、と手を叩いて、リーンは言った。


「いつまでもここに居ても仕方ありませんし、長居してると私達まで毒素に蝕まれます。幸い〝竜骸〟は見つけられましたし、ここは一旦、今後の方針を考えるべきです」

「それに関しちゃ異論はないが……」


 座り込んだままのセキを見る、この場で生命を奪う理由はなくなった……とは言え、放っておくわけにもいかない。


「好きにしテくれてイイ。なんなラ、腕でも斬ろうカ」

「その傷口から腐っていくかも知れねえだろ」


 リザードマン達を統率しているのはセキだから、今後、人間達を襲わないように制御するためには、セキに死なれると困る。

 理想は、呪いを解いた後、リザードマン達の生き残り全員で、山の向こうに消えてもらって、人間の生活圏にでないことなのだ。


「じゃあ、セキさんも一緒に行きましょうか」

「いやいやいやいやいやいや」


 今のレレントにリザードマンなんて連れて行ったら即座に殺されるぞ。


「別に考えなしに言ってるわけじゃありませんよ。セキさん達の呪いを解く、っていうタスクを追加しちゃうと、私達はここに〝竜骸〟が在ることをレレントに報告できないじゃないですか」

「…………………………ん?」


 あ、そうか。〝竜骸〟がソレンサにあると知られたら、何より真っ先に現物の確認に来るに決まってる。そこで死にかけのリザードマンなんぞ見つけた日には、ついでとばかりに一斉駆除だ。


 勿論、俺達がいやいや待ってくれ、レレントに攻め込んできて二百人以上の人間を殺したリザードマンたちは、今呪いで苦しみもがいているから、解呪するまで待ってくれと言ったところで誰が首を縦に振るだろう。


「私達がそれをしない、という確認ができないと、交渉になりませんから、セキさんには武力放棄した上で、私達と行動を共にしてもらいます、ただし」


 ぴ、と指を立てて、リーンは俺の方を見て、念押しをするように言った。


「事態が事態ですから、〝竜骸〟の所在を明かさないと、もうどうにもならない、っていう状況に追い込まれた時は、私が判断します。いいですね、ハクラ」


 人と魔物とのバランスを取る、というリーンのスタンスからすれば、俺の都合でその天秤を傾けさせてしまっている事になる。

 これが最大限の譲歩であり、妥協なのだと、リーンは言っているのだ。


「………………よし、じゃあその方向でいくか」

「感謝してくださいねー! ハクラの思いつきをちゃーんと形にしてあげちゃうこの優しい私に! わ・た・し・に!」

「仲いいねェ、あンたら」


 セキは苦笑しながら、大の字になって体を投げ出した。


「抵抗ぁしないヨ、好きにしてくレ」


その様子を確認したリーンが、とん、とん、と杖の柄で地面を叩くと、緑色の光がふわりと広がった。


「ハクラもこれぐらい素直だと、助かるんですけどね」


 生まれた光がセキに収束し、赤い鱗の表面を覆っていく。

 ほんの十秒程度だろうか、光が晴れる頃には……。






『………………なんだイ、これァ』


 手のひらサイズの、真っ赤なトカゲに姿が変わっていた。

普段、両腕で抱えているスライムを首飾りに変えられるのだから、ある程度体積も自由に変化させられるのだろうとは思っていたが、セキが俺よりもタッパがあることを考えると、俺の想像以上にサイズを自由に変えられるらしい。


『……違和感がすごいんだがねェ』


 喋ることはできるらしいが、この姿では槍を持つ事はできないだろう。魔物としてのセキの脅威は、これでなくなったと見ていいか。


「でも多分火は吐けますよ」

「おい」


 前言撤回、人間と同レベルに思考できるこのサイズのトカゲが火をつけて回れるなら十分な危険性がある魔物と呼んでいい。


「アオー、帰りますよー」


 そして、今このタイミングまでずっと引き伸ばされていたスライムの名前を呼ぶと、数秒の間が空いた後、ずるずると体を引き戻して、元に戻った。ラディントンの時も思ったけど、核さえ潰れなきゃ形は自由自在なんだな……。


『我輩が生きてきた時間の中でも、一番辛い時間だったかも知れぬ……』

「お、お疲れ……」


 扱いがあんまりだとは思っていたので、俺ですらつい労いの言葉をかけてしまう程だ。

 というか、リーンがためらいなく縛ってたから、俺と会う前から割とやってたのかと思ったら、思いつきだったのか。


「経過の説明いるか?」

『いや、話は聞いていた。お嬢、ここを出る前に、しばし良いか』

「はい?」

『少し確かめたいことがある。五分ほどで戻る故、我輩を、一人にしてはくれぬか』

「……わかりました、手短に。行きますよ、ハクラ」

「お、おう」


 セキをひっつかんで、歩き出したリーンの後を追う。


『屈辱だねェ……』

「贅沢言ってんじゃねえ、焼いて食うぞ」

『お前に弔われるのはごめんだよォ、ハクラ・イスティラ』


 そうして、〝竜骸〟と、スライムだけがその場に残された。










 我輩の前に、ヴァミーリが居る。片目を失っては居るが、記憶の底、虚の海から引きずり出したその姿と、今や相違ない。


『ヴァミーリよ、なぜ目を覚ました。何を見ている、どこへゆこうとしている』


 ヴァミーリは、答えない。骸と呼ぶには生々しく、生命と呼ぶには意思がない。


『貴様には人を滅ぼす権利がある、理由もある、でもしなかった。我輩はそれを知っている』


 それはヴァミーリではなかった。我輩にはわかる。


『愛していたのだろう、守りたかったのだろう、我輩はそれを知っている……だが!』


 ヴァミーリは、答えない。


『何故だヴァミーリ、何故お前は、サフィアリスを殺した!』


 ヴァミーリは…………答えない。


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