虚章 嗤う酷嬢
窓一つ無い、広く作られた石造りの部屋には、いっそ不自然な程に、埃や塵と言った物が存在しない。
不純物は病的なまでに取り除かれ、必要なものだけが残っている、そんな空間だ。
「あ……あ、ぃ、ぃぃ……」
「ぅう、う、ぐぇ……えぇ……」
「も……無、だか……れぇ……」
だから、必死につま先を伸ばさなければ、床に足が触られない様に調整されたロープを首にかけられた少女達の存在は、この部屋の主にとっては必要な調度品ということになる。
「くふふ、ああ、いい、いい、素敵だね、素敵だよ」
甘い甘い声のことを、とある冒険者は『砂糖を溶かした泥水』と形容した。
雪で作った精緻な人形と言われれば、信じてしまいそうなほど、髪も、瞳も、肌も、誂えたように真っ白な童女の胸は、血の雫を高い所から垂らして落したような形をした、真っ赤な文様で汚されていた。
一糸まとわぬ裸でありながら、恥じる様子はない。羞恥とは見られて生じるもので、ここにあるのは単なる家具であり、生贄だから、気にする必要はないのだった。
住まう人々は恐れを込めて、この国の白き支配者をこう呼ぶ。
位階第二位、七大悪魔が一席、ティタニアス・グロウブロウドゥルと契約せし、古き原初の魔女の一人。
〝酷嬢〟のイスティラと。
背の高さは百三十センチにも満たない。白一色の不気味な絨毯に腰を降ろしているが、その上に広がった髪の毛の量と長さは、部屋を埋め尽くすほどだった。
「私好みになってきた、可愛い可愛い私の息子」
魔女が覗き込んでいるのは、自身が中に入って泳げてしまいそうなほど、大きくて深い、水を張った、ガラスで出来た器だ。施された装飾は見事の一言だが、彼女が今見ているのは、水面を水鏡として、遠く離れた場所を〝見る〟為の呪詛だった。
「あ、ぉ、ぉ、ぃいい、いぃ…………」
吊るされていた少女の一人が、うめき声をあげた。
けれど、責めるのは酷というものだろう。
何せ、右の眼球はグズグズに崩れて、溶け始めているのだから。
水鏡に遠方の景色を映し出す《瞳の景色の呪詛》と呼ばれる呪いは、代償として、その景色を見たことのある眼球を使い捨てなければならない
「まぁ吊るす意味は、ない、ないんだけどねぇ、くふ」
それは魔女の単なる趣味で、遊びのようなものだから、瞳が溶ける痛みで足をもがかせ、自らの首を絞めてしまっても、仕方ない。
「さあ、さあさあ、どうするのかな、どうしてしまうのかな、可愛い私の息子」
水鏡の中では、眼鏡をかけた男が、蒼い聖女を指して、魔女と呼んでいる所だった。
「可哀想、可哀想だね、あの娘、だってだって」
くふふふ、と溢れる嗤いを両手で抑え、魔女は思い耽る。
「誰からも愛してもらえない、誰からも。母親からも、姉妹からも、くふ、くふふ」
一人ぼっち、一人ぼっちの聖女、かわいそう、かわいそう。
だあれも助けてくれないから。
悲しいくらいに、死になさい。
女神に堕ちてしまった少女。
あの可憐で儚く愛らしい、サフィアリスのように。
「さあ、ハクラ、可愛い息子、あなたはどうやって助けるの?」
私の加護から逃げる時。
私の籠から逃げる時。
誰も救えなかった、あなたなのに。
――――〝酷嬢〟の計略は、動き出す。




