遺すということ Ⅷ
「ザシェさんの言うとおりだと思いますよ」
ヴァーラッド邸から、乗り心地より速度を優先した馬車を借り受け、ニコは勢いよく荒野を駆ける。激しく揺れる荷台の中は、拵えた棒に掴まっていないと、中でバランスを保っていられない。最悪は外に放り出されて、大怪我の上で置き去りだ。
「っていうと?」
そんな舌を噛みそうな状況下でも、わざわざ話し出すということは、リーンが必要だと思ったことなんだろう。
「黒幕は組織ではありません、個人です」
それはつまり、ザシェの言う通り、サフィアス諸国連合が戦争を起こす口実として、魔女を使っているわけではない、ということだ。
「魔女が国家を使うことがあっても、国家が魔女を使うことはありえません」
「断言できるのか?」
「はい、魔女は願いから生まれるからです」
それは、ラディントンでも言った言葉だ。
エスマの魔女、コーメカがアレンを我が物にしようとしたように。
ギルクが、噴火する火山から、故郷を救おうとしたように。
「仮にサフィアス諸国連合の、どこかの国が、自分たちに有益な呪いを使おうと、魔女を作るとして、悪魔と契ってくれる女の子を用意するにはどうしたらいいと思います?」
「普通に考えたら、二通りだよな」
脅迫か、洗脳だ。
人質を取るか、あるいは直接脅し、魔女になることを迫るか、魔女になることそのものを、自分の意志で行うような人材を、育て上げる。
「実は、脅すなり騙すなりで、強制的に魔女を作り出す、っていうのは、まだ魔女っていうものがよく理解されてなかった時期に流行ったやり方なんですよ」
「…………マジで?」
別に今でも魔女の存在が理解されてるとは思わないが、一般的には、どんな形であれ人生に関わってほしくない、邪悪な存在だとは認識されているのは確かだろう。
今の時代、そんな事をやろうとする奴は自殺志願者にほかならない。
「勿論、速攻で廃れましたけども。強制的に悪魔と交わる事になった女の子が、馬鹿正直に『私を脅迫してくる人が望む契約をしてください』なんてお願いすると思いますか」
全く思わない。仮に俺がその立場だったら、契約を強制しようとした相手を、ぶち殺す事を願うだろう。
「けど……自分の意志で、国益の為に魔女になる、って奴は、別に居てもおかしくないだろ」
ものすごく広義に解釈すれば、まさしくラディントンを救おうとして魔女になりかけたギルクは、レレントの利益のために動いていた、と言える。
同じような感情を持って、サフィアス諸国連合の為に魔女になった女がいない、とは、俺には言い切れない。
「魔女の契約内容は魔女本人にしかわからないんです。契約の際に悪魔に唆されて歪んでしまった例は沢山ありますし――何が出来るか、何を考えてるかわからない魔女のことを、使う側が信用出来ると思いますか? 動かした〝竜骸〟が自分たちの所に飛んでこない保証はどこにもありませんよ」
魔女を使う国家は存在しないが、国家を使う魔女は居る、とリーンは言った。
「じゃあ、例えば、魔女本人がどっかのお姫様だったら――いや、それもないか」
なら、国家の中枢に居るやつがそもそも魔女だったらどうだ、と思ったのだが、そもそもの話として、〝竜骸〟が動いた時点で魔女の仕業であることは確定しているのだから、事件が起きれば絶対に【聖女機構】か【聖十字団】が動く。
特に【聖女機構】は、結果的に機能停止しているだけで、本来、国家権力なんのその、教会の権力を盾に治外法権を振りかざし、相手がどこの誰であれ、容赦なく魔女裁判を行う集団だ。なまじサフィアス諸国連合そのものがサフィア教を主教としているのだから、介入を拒めるわけがない。そこで王族から魔女なんかが見つかったら大惨事だ。
「それに、最長でもここ十年前後で魔女になったような新参者が、〝竜骸〟を動かせるような呪いを生み出せるとも思えません」
魔女は古いほど強い悪魔と契約している。対して、新しい魔女は――あくまで連中のスケールから見ればだが――大した力を持っていない。
これも、リーンが言っていたことだ。
「なんでここ十年前後って言い切れるんだ?」
「だって、〝竜骸〟を復活させるには【女神の再来】であるファイアさんの存在が大前提なんですよ。それ以上前だとファイアさんはそもそも生まれてません」
「あ」
そうだ。今回の事態は、そもそも全てがファイアありきで回っている。
どれだけ遅くから計画を始めても、ファイアが女神の再来としての力を発揮した時点が最短になるのか。
「何かを目論んでる古い魔女が裏に居る、って考えるほうが、私にはしっくり来ます。その魔女は、〝竜骸〟を動かす事でメリットを得ることが出来て、何ならオルタリナ王国とサフィアス諸国連合の関係が険悪になることが望ましい人物で、もっと言うなら――――」
リーンは、いつになく真剣だった。
俺は、この声のトーンを知っている。
「――――あわよくば、戦争が、起こって欲しい魔女です」
リーンが、怒っている時の声だ。




