表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔物使いの娘  作者: 天都ダム∈(・ω・)∋
第七章 たった一人の為の騎士

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

109/168

遺すということ Ⅶ

 ◆


 ギルド長の部屋というからには広いんだろうと思い込んでいたが、安い宿の狭い個室と、大して変わりなかった。書類の山がそこかしこにあるせいで、むしろこっちのほうが圧迫感が凄い。


「散らかっていてすいませんね、やっと《冒険依頼(クエスト)》の割り振りが終わったところで」


 そう言うザシェにしても、未だ書類に目を通し、ペンを走らせながら俺達を呼びつけたわけで、まったく一仕事済んだ様には見えなかった。


「瓦礫の始末はなんとかなりそうなのか?」

「目処がつかなければわざわざあなた方を呼んだりはしませんよ」


 これがたっぷりン時間人を待たせた人間の言動なんだから恐れ入る。リーンは既に杖を握る手に力を込めていたが、ここで暴力に訴えると今後の活動に支障が出るので、ザシェとの間に割り込むように立ち、暴走に備える。


「では、改めて今後の話を――――――する前に」


 タラタタタ。ザシェの五指が、リズムよく机を叩いた。

 苛立っているようだ。


「あなた方、私になにか渡すモノはありませんか」

「あ」


 パズの領主、クルル直筆《大型冒険依頼(グランドクエスト)》の発令書。

〝竜骸〟復活からの流れで完全に忘れていたが、俺達はそもそもこの書類をギルドに提出するのが目的の一つだった。ギルド長が事前に連絡を受けてないわけはないので、会談の時点で、ザシェからしてみれば何で渡さねえんだボケという話だろう。


 懐にしまいっぱなしだった書簡を渡すと、ザシェは乱暴にそれを奪い取り、手早く中身に目を通し始めた。


「……つっても、今このタイミングで魔物の掃討なんてやる意味があるか?」


 大多数の冒険者が復興と救助に手を割かれている中、並行して《大型冒険依頼》を出せば混乱の元になるだろう。

 まして、ワイバーン達の活動が活発だったのは、今回のレレント襲撃に関連する事柄である可能性がかなり高い、となると、既にワイバーン狙いの掃討作戦をやる意味すら疑わしい気がするのだが。


「いえ、意味は大いにありますよ、あるから持て余すんですが」


 書類の中身を確認しながら、ザシェは面倒臭がっていることを隠そうともしなかった。


「我々は、ワイバーンの奇襲に二度目がない、と理解できましたが、市民はそうじゃない。次いつ襲われるのかという不安が付き纏います。ギルドがワイバーンを掃討する、と掲げれば、少なくとも彼らは安心を得られるでしょう」

「ああ、そりゃそうか」

「ただでさえ〝竜骸〟の話が広まってから、レレントを離脱する者が増えているので、現実的ではないんですがね。まぁ事情が事情です、後に回しても文句は言われないでしょう」


 合理主義者の冒険者達は、『危険な場所』に対する嗅覚が非常に鋭い。ワイバーンの奇襲と〝竜骸〟の復活は、レレントから逃げるには十分な理由だろう。俺でも無関係だったら逃げる、というか逃げていいなら今でも逃げたい。


「そういや、リーン」

「はい?」

「結局、ワイバーンの死体は大丈夫そうだったよな?」


 レレントの中で討伐したワイバーンやリザードマンの死体を、何匹か片付けたが、俺が見た時は、別段、腐ったりカビていたりするような気配はなかったし、一日経ってもそういった話は聞こえてこない。


「んー………………」


 しかし、リーンは何かを考え始め、黙ってしまった。


「懸念事項があるなら話してください、重要かどうかは私が判断しますので」


 そう言われると、リーンは嫌そうな顔をしながらも、ことのあらましを説明し、ついでにまだ持ち歩いていたワイバーンの腐肉を取り出した。

 いつの間にか包む布が増えていて、解いた瞬間、腐臭がこぼれ出た。

緑と紫のネバネバした肉は完全に溶け腐って布を汚し、骨もグズグズに朽ちて、原型をとどめていなかった。よくこんなモン持ち歩いてたな。


「………………これ、何日でこうなりました?」


 やり手のギルド長も、これには顔を顰めている。無理もないが……。


「今日で五日目か、六日目ぐらいです。毒性は、かなり強めです」

「どうやって確認したんだ」

「寝てるアオに吸わせてみたらすっごい勢いで震えてました」


 悪魔かお前は。


「この個体のみに異常がある可能性は? レレントで討伐したワイバーンの遺体には現時点で目立った異変は報告されていませんが」

「その可能性もなくはないので、あんまり強く主張できなかったんですけど、魔女が絡んでる以上、偶然で済ますのはちょっと無理があるかなー、というのが私の意見です。リビングデッドを操れる魔女ってことは、菌を操れる魔女ってことですから」

「…………わかりました、出来る対処はしておきます。《大型冒険依頼》の差し止めについては、クルルさんには私が怒られておきましょう」

「マジで、助かる」

「仕事ですからね」


 それでもはぁ、と溜息を隠さなかった辺り、やっぱり気が重いらしい。

 ギルドのトップを辟易させる女町長、恐るべし。


「ただ、あなた方にも渡す報酬はありませんよ、《冒険依頼》が発令されないわけですから」

「えーーーーーーーーそれはそっちの都合じゃないでもががが」

「全然それで大丈夫なので本題に入ってくれ! 頼む!」


 抗議の声を上げるリーンの口を抑えてから続きを促す。ここで粘っても得することはない。ヴァーラッド伯から貰った額は今回の報酬よりも多いし、話さえ進んでしまえばリーンも黙るはずだ。


「………………では、ヴァーラッド辺境伯から、あなた達を指名する《特別冒険依頼(スペシャルクエスト)》が発令されました。内容を確認の上、受諾する場合はこちらに秘輝石(スフィア)を当ててください」


 コイツラに任せて大丈夫か、という顔を一瞬された気がするが、見なかったことにして。

 ザシェが提示した書類を、ばたばたするリーンを押さえつつ目を通す。


 今回に限らないが、《冒険依頼》を受ける際は、書類の端に印字された、交差する剣と杖の紋章――ギルドのシンボルマークに秘輝石(スフィア)を押し付けるという動作が必要になる。 

  

 これを行う事で、ギルド側には《冒険依頼》の受注やその成否等の履歴が記録される仕組みらしいのだが、どういう理屈でそうなってるのかはさっぱりわからん、聞いても多分理解できないだろう。


「成功条件は〝竜骸〟の奪還、または事態を引き起こした魔女を暴く事。後者は可能なら生きて捕らえるか、明確な証拠を掴む事」


 こちらの目の動きを読んでいるのか、書いてあるものと同じ内容を口にする。


「報酬に関しては、依頼の完了を以て全額引き換え、金銭で受け取るならば五千万エニー、土地や地位と言った形で求めるのであれば、別途相談という形になります。質問はありますか?」


 もともと、報酬はあまり気にしてなかったが、クローベルで一度ふいにした金額が再度目の前にあるというのは、面白い巡り合わせを感じなくもない、が。


「土地ねえ……レレントの一等地でもくれんのか?」

「ヴァーラッド伯は、ラディントンの所有権を譲るつもりのようでしたが」


 しれっととんでもねえことをいいやがった。


「待て待て待て待て待て」


 土地どころじゃない、村長になれってか。

 というか、ラディントンはギルクに治めさせるとクルルが言っていたのに、横から奪おうものならそれはそれで大問題だ。


「何で途方もない《冒険依頼》の果てに命がけの領地争いに巻き込まれにゃ――うおっ」


 ついに俺の束縛を解いたリーンは、そのままスライムを投げ捨て、杖を構えると勢いよく上段に構えた。


「ハークーラーッ!」

「時と場所を考えて暴力を行使しろ馬鹿!」

「……………………あなた方にレレントの未来を任せて大丈夫ですか? 私の判断は?」


 ついに嘆き始めた。もう返す言葉もない。

 適当に暴れて落ち着いたのか、ぷんすかしながらも杖を降ろしたリーンを置いて、俺は一応、気になることを聞いておく。


「…………一応聞いとくけど、俺達がこの《冒険依頼》に失敗したらどうなる?」


 成功報酬の話はあったが、失敗した際のペナルティに関しては《冒険依頼》の発注書にも明記されていない。


「特に何も。元々成功を前提にしているわけではありませんので」

「随分とさらっと言ってくれるな」

「期待をしていないとは言っていませんよ。いえ、その期待も投げ捨てそうになっていますが……」

「それは本当に悪かった」


 ザシェは勿論、ヴァーラッド伯だって、まさか本当に、レレントの命運を全て俺らに委ねた訳じゃない。

 あらゆる手段を講じて、被害を最小限にする二の手、三の手を考えているだろうし、俺達はたまたま、街の中心人物と近い立ち位置に居る、縁のあった冒険者だというだけで、用意された多数の手段の一つであるということぐらいは、自覚している。


「それと、これはどうでもいいことなのですが」


 用件は済んだ、と部屋を出ていこうとした所で、ザシェは書類に目を通したまま――俺達に視線を向けずに言った。


「私は北方大陸(オルタリナ)南部の心臓であるレレントのギルドを統括している人間です。ですから、レレントを中心とする流通の全て(、、、、)を把握しています」


 平坦かつ冷静な語調で、当然のように言うので、その内容の凄まじさを理解するのに、数秒を要した。

 ギルドは、流通の支配者だ。そのギルドの支配者は、あらゆる情報を支配しているのと同義だと、そう言っているのだ。


「間接的にですが、サフィアス諸国連合から流れてくる物資、流れてゆく物資も追うことが出来ます。国交断絶しているわけではありませんし、そもそも向こうは思想も方向性も違う小国家の集まりですから。私の持っている情報を総動員し鑑みれば――少なくとも、戦争の口実として、サフィアス諸国連合が魔女を使っている訳ではないでしょう」


 それは、あの会議の、おおよそ半分をひっくり返す情報だった。

 いきなり言われたものだから、脳の処理がまだ追いつかず、反射的に問い返した。


「……根拠は?」

「大きな戦いを目論むなら、金と物と人の動きが必ずあります。私がそれに気づかないわけがない。むしろ現状、サフィアス諸国連合にそんな余裕はないと見るべきでしょう。どこも地盤固めに必死ですよ」


 タラタタタ、と、指が連続で机を叩く音が、また響いた。


「新しい礼拝堂を立てたり、女神像を大量に創らせたり、鐘を鋳造したり……ああ、面白いところだと、ルワントンへの巡礼ツアーを組んだり、などですね。正しい信仰と権威は我々の下にある、というのを見せつけたいかのようだ」

「……それ自体が戦争から目を外すためのフェイクだって言う可能性は?」

「有りえません。戦争をするならギルドには頼れませんから、その為の物資の輸送は、どうしても緩慢になります。仮にサフィアス諸国連合が戦争の口火を切るとしたら、国境沿い……ユールグアーオ要塞を利用しないことは有りえません、ですが、事態がここまで進んでいるのに、人も物も集まっている形跡がない。なんなら、オルタリナ側が先手を打てるかも知れません」


ギルドは、各国各地に支部を持ち、流通と防衛を担う代わりに、絶対的な中立を保ち続けねばならない。

そのルールの一つに、冒険者は戦争に一切(、、、、、)関与しては(、、、、)ならない(、、、、)、という物があげられる。


 物資の輸送といった、直接的でない形であっても、冒険者が意図的に、どちらか一方に加担するようなことがあれば、第一級のお尋ね者として手配される羽目になるし、

 思惑を伏せて、冒険者を騙して上手く使おうとしても、万が一露見した暁には、世界中のギルドがその国家を敵に回す事になる。


 結果的に、ギルドが力を持つようになってからは、少数部族の小競り合いなんかはともかくとして、国家間の大規模な戦争、というやつは、数えるほどしかなくなった。


 それでも、ゼロじゃあないからこそ、ヴァーラッド伯達はその可能性を警戒していた……はずなのだが。


「……その予測が立つなら、なんであの場で言わなかった?」

「明確な敵の姿があったほうが、人は真剣になるでしょう」


 ザシェは、全く負い目のない口調で断言した。


「レレントに害を加えようとしているのが、姿形の見えない魔女の悪意、だなんて言われても、我々には対策の仕様がありません。しかし実際に〝竜骸〟が消えた以上、誰の目論見であれ、現実問題として迫ってくる政治的な板挟みが生じます。私としてはそちらに全力を費やしていただきたいんですよ」


 三者の談合が成立しているが、それは必ずしもお互いが対等であり、全てをさらけ出している、という意味ではないらしい。


「ヴァーラッド伯は求心力こそありますが人が良すぎる、ハーロット司祭は有能ですが信仰が強すぎる。間でバランスを取るのが私の役目です。情報の取捨選択も含めてね」

「…………全くどうでもいい情報じゃなかった気がするんだが」

「どうでもいいでしょう、あなた方のやることに代わりはないのですから」

「そりゃ、まあそうだが」


 相手が魔女だろうがサフィアス諸国連合だろうが、俺達のやることはセキをとっ捕まえて主がどこの誰だかを吐かせることだ。

 ……ああ、だからあの時は言わなかったし、今、俺……というかリーンに聞かせる必要があったのか。


 セキを尋問する際に、サフィアス諸国連合の影を背後に見ていたら、言わなくていいことや聞かなくていいことを口走って、話が長くなるかも知れないから。


「ゆめゆめ気をつけてください。トカゲであろうと、言葉を操る以上、炎以外にも(、、、、、)、嘘だって()くのでしょうから」


 セキを首尾よく尋問できたとして、サフィアス諸国連合の名前が出てきたとしても信じるなと。ザシェはそう言っている。

「私は、あらゆる手段(、、、、、、)を使って(、、、、)レレントを護ります、それを改めて、あなた方にも知っていてほしかった。――――平和裏に済めばそれが一番いい」


 お願いしますよ、と添えられた言葉を背に、今度こそ俺達は、部屋を出た。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ