遺すということ Ⅳ
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リザードマン――セキの襲撃と、〝竜骸〟の復活から、半日が経過した。
誰にも休む暇など与えられなかった、俺やリーンも含めて、レレントに滞在していた全ての冒険者は、ギルドの命令で、生存者の救助や怪我人の治療、少なくはないワイバーンやリザードマンの死体の処理、瓦礫の撤去など、文字通り降って湧いた〝災害〟の後始末に駆り出されることになった。
家を失った住民に対しては、それぞれの組織や宿が、空いている部屋を開放し、酒場は働く冒険者達の為に日が落ちても明かりを落とさないことを公言した。誰も彼も、動き続けてなければ、現実に押し潰されてしまう、そんな空気だった。
「それでも、人的被害は、被害規模を考えたら少ない方だったよ」
ギルクは憔悴しきった顔で、そう言った。
「リザードマン達の襲撃が、朝方だったのが幸いしたよ。職人たちが仕事に出る前だったから、潰されずに済んだ」
俺とリーンが、ギルクの下へ招かれたのは、日が落ちきって、夜と呼べる時間帯になってからの事だ。
一段落、と呼べるほど何かが落ち着いたわけではないが、クレセンやファイアのその後はギルクに任せたこともあって、一度顔を出そうということになった――といっても、ヴァーラッド伯の邸宅ではなく、レレントの外れにある、ヴァーラッド家が保有している私邸の一つだ。現在、本邸は説明や保障を求める市民たちでごった返しているらしい。
大きな机と、それを囲むように椅子が六つ。壁一面に作られた棚には、何かしらの書類がしこたま詰め込んであり、とても貴族の隠れ家とは思えない。
「問題は、家を失った市民の屋根の確保だね、それと食料も……ああ、くそ、本当かい、あのリザードマンは、私を狙ってきたやつだったんだろう?」
ことのあらましは、事前にギルクにも説明してある。
冷静に、事態に対処しようと努めているのだろうが、〝竜骸〟を起こしたのが、ラディントンに向かうギルクを襲った個体と同一である事を知って、やはり動揺を隠せないらしい。
「うーん、確かにそうなんですけど、少なくとも、ギルクさんを狙ってレレントに来たわけではないと思いますよ」
「それなら、少しは気が楽なんだけどね」
リーンの言葉に苦笑するギルクの表情は、言う程、楽になったようには見えなかった。
「…………で、二人の容態は?」
俺が、会話の切れ目にそう尋ねると、ギルクは苦々しげに自分の腕を抱いた。
「あまり、芳しくはない。クレセン君は、生きてはいるけど、意識はまだ戻らないし――ファイア司教は、もっと重症。血を流しすぎたって。だけど……」
『司教を出せ、傷を治せ、という市民が押し寄せて来ている、か』
リーンの腕の中に居たスライムが、あとを引き継いだ言葉に頷いて、そのまま椅子に腰を下ろした。俺達も倣って、対面に並んで座る。
「なまじ、助けてもらった市民がいるだけにね……けど、たとえ意識を取り戻しても、彼女を彼らの前には出せないよ」
なんであいつは良くて俺は駄目なんだ、という感情もあれば、あの人が治してもらえたのだから自分だって、という期待もあるだろう。突然被害にあった側からすれば、それを責めるのも酷だ。
空気がより重々しくなり始めたところで、部屋の扉が開いた。
「すまない、客人をお待たせした」
入ってきたのは三人、まずは、初老の男だ。焦げたような茶髪に、斑に白髪が混ざっているが、しゃんと背筋が張っているからか、老いてひ弱……といった印象はまったくない。
「父様」
ギルクがそう呼んだ事からも、予想通り――――ヴァーラッド辺境伯本人で間違いないだろう。
次いで現れたのは、線の細い、三十代半ばと言ったぐらいの男だ、束ねてまとめた髪を後ろ流し、エリフェルのそれよりも若干小さな眼鏡をかけている、いかにも書類仕事をやっていますよ、という感じの風体。
最後に入ってきて、扉を締めたのは、白髪に豊かな髭を蓄えた老人だった。教会でよく見る神父の格好をしているから、これはレレントの神父か、意匠が豪華だからもうちょっと上の役職かも知れない。
とにもかくにも、室内の平均年齢が一気に跳ね上がったわけだが、彼らは各々、言われずとも席について、まずヴァーラッド辺境伯が、口を開いた。
「君達が、ラディントンを救ってくれた冒険者だと、娘から聞いているのだが」
「はい、ラディントンを救い、ギルクさんも助けた冒険者です!」
「どっちも身体張ったのは俺だけどな……」
この地域一帯を治めるマジモンの大貴族に対して、萎縮せず、堂々と胸を張ってそういい切れるリーンのなんと頼もしいことか。
「…………そうか」
そして、次の瞬間、ヴァーラッド辺境伯は思いがけない行動に出た。
一つ頷いて立ち上がると、その場で机に両手を付き、勢いよく額を叩きつけたのだ。ゴシャッ、という鈍い音がして、
「…………この度は我が娘と我が領地を守っていただき、感謝の言葉もない! 本当にありがとう!」
そう言った。こっちはもう部屋中に響いたものすげぇ音が気になってそれどころではないのだが。
「いいってことです、顔を上げてください」
「お前の神経図太すぎねえか?」
何故そこまで尊大になれるのか、リーンの態度は置いといてだ。
「とりあえず、貴族に頭を下げられるのに慣れてねえ、それにわざわざ礼を言うために出張ってきたわけじゃねえだろ」
ぶーぶーと文句を垂れるリーンを手で制しながら俺は言った。まあこれもこれで貴族に対する言葉遣いじゃないんだが、ことここに及んで敬語がどうこうなんぞ言われないだろう、そもそも冒険者に礼儀を求めるのが間違ってる。
実際、俺の口調を咎めること無く、ヴァーラッド辺境伯は、ゆっくり顔を上げた――いや、額が割れて普通に血が流れてるんだが。
「と、ととと父様、何してるのさ、もう!」
慌ててギルクが布で自分の父親の顔をがしがしと拭き上げた、その分傷をえぐられた辺境伯はぐおおおお、と獣のような悲鳴を上げたがまあ置いとこう。
「テーブルが汚れちゃうじゃないか!」
別に傷の心配をしているわけではなかったらしい。
「……話に聞いていた通りの若者たちだ。このような状況での顔合わせを許してほしい」
「そりゃ構わないんだが……」
ちらりと、辺境伯と一緒に入ってきた二人を見る。一体どういう繋がりで、どういう意図で集まったメンバーなのかが、まだわからない。
そんな俺の視線の意図を汲み取ったのか、眼鏡の男が片手を上げ、
「初めまして、私はザシェと申します」
出身地名を添えず、そう名乗った。
聞き覚えのない名前だったが――――。
「レレントのギルド長を任されています」
そう告げた。
ギルド長……即ち、冒険者が一番逆らってはいけない立場の事を指す。
ギルドは冒険者を束ねる組織で、ギルド長は各地に存在するギルドの意思決定を行う最高権力者だ。ギルドの規模によってまちまちだが、レレントクラスの街のギルド長ともなれば、ギルド全体で見てもかなり上位に属することは疑いようがないだろう。
端的に言うと、こいつが俺達に『冒険者辞めろ』と言ってきたら、俺達は秘輝石をえぐり出して提出しなければならなくなる。
「私はハーロット・リオ・エリン・メリン。レレントで司祭を務めております」
続けて名乗ったこっちもこっちで、ある意味逆らってはいけない相手だ。
「イルニースのお父様だよ、竜骸神殿で会ったでしょ」
こっそり、ギルクが耳打ちしてくれる。そういやそこで名前を聞いたような気がしなくもない。
まぁ、要するに、今この部屋にはレレントの最大権力者が集まっているというわけだ。ヴァミーリが戻ってきて踏み潰されたら、レレントどころか、北方大陸南部が完全に機能停止しかねない面子だった。
最後に、改めて――ヴァーラッド辺境伯が、俺とリーンを見据えて言った。
「ヴァーラッド・オルタリナレヴィス・マルグレヴナ・レレントレド・パズ・ククルニス・ラディントン・ヴァーラッド」
名前と出身地名が同じである、ということは、その集団において、最高権力者であることを示す。ましてそれが貴族であれば、地方そのもの名前となる。
「君達の力を、貸してほしい」
改めて、一介の冒険者に頭を下げる大貴族を相手に、即断でノーを言えるほど、俺は神経が太くなかった。




