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魔物使いの娘  作者: 天都ダム∈(・ω・)∋
第七章 たった一人の為の騎士

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遺すということ Ⅱ


「――――――ッ」


 ニコが、へたり込むファイアの前に――つまり〝竜骸〟の眼前にたどり着いたのは、ルーヴィが〝竜骸〟の口腔に消えてから、数秒後のことだった。

 間に合わなかった。かける言葉すら見つからなかった。


「ねえ、さま」


 ファイアが、転げ落ちてきた手首に手を伸ばし、抱きしめると、元々握っていたんだろう、ガラス片を手のひらに思い切り押し当て、横に引いた。面白いぐらい、血が溢れ出る様が、俺からでも見えた。


「ねえさま、ねえさま、ねえさまっ! ねえさまぁっ!」


 叫びとともに、蒼い光の粒子が、爆発的な奔流となって、ルーヴィの残骸を包んだ。

 だが――どれだけの奇蹟を持ってしても、まさか手首から、新しい人間が生えてくるわけがない。


「やだやだやだやだ、嫌だっ! ねえさま、ねえさまっ!」


 叫ぶファイアの腕を、ニコから飛び降りたリーンが、強引に掴んで引き起こした。


「逃げますよファイアさん!」

「でも、ねえさまが」


 パン、と鋭い音が響いた。

 ぼとりと、先程まで、確かにルーヴィが居た証が、瓦礫の上に落ちた。


「ルーヴィさんは、あなたを守りたかったんでしょう!?」


 平手を振り抜いたリーンの表情に、いつもの余裕はなかった。


「――――――っ」


 何も言い返せずに、ファイアの腕から、だらりと力が抜けた。血の雫が、ぽたりぽたりと垂れて落ちた。

 これで、慰めの言葉でもかけてやれればどれだけよかっただろう。悲劇がここで終わりなら、意味があるかは置いといて、寄り添ってやることぐらいは出来たかも知れない。

だが脅威は依然、眼前にそびえ立っている。どころか――これから俺達も、ルーヴィと同じ末路を辿るかも知れない。


 少なくとも――――竜は人を喰うらしかった。


「シャラララララララララ」


 不快な、それでいて聞き覚えのある鳴き声。


「てめぇ――セキィイイイイイイイイイイイイイ!」


 怒鳴り返す俺を前にしても、当然のように動揺する素振りすら見せない。


「よくやったねェ! こいつに傷をつけるとは驚いたョ。でも、宣言通りだ」


 〝竜骸〟の頭部に乗ったまま、勝ち誇った表情で――こいつがどんな顔してるのか、よく分かるようになっちまった――高らかに吼える。


「シャラララララララッ! 俺達の勝ちだねェ!」


 その鳴き声に応じるように、黒いワイバーンが、セキの――〝竜骸〟の真上に飛んできた。いや、一匹だけではない。恐らくレレント中に散っていたワイバーンの生き残りが、背や足にリザードマンを携えて、現れた。

 セキはそのまま跳躍し、ワイバーンの太い脚に捕まって、器用に背に駆け上がると、〝竜骸〟よりもさらに高みから俺達を見下ろし。


「じゃあな、生き残ったらまた会おうよォ、人間!」


 空中で、身を翻した(、、、、、)


「テメ――――逃げるのかよ!?」

「当たり前だろォ? 俺達はねェ――ソレ(、、)に巻き込まれたくはないんだよォ」


 追及している暇も、追いかける余裕も手段もなかった。



『ゴ、ル………………』



 〝竜骸〟が、唸った。それだけで、大地が揺れるような振動。

 体を震わせ、右眼に剣が突き立ったままであることを厭わず、ゆっくりと顔を上げた。



『グ、ルルルル――――』



 頭部から尾にかけて、波が水面を伝わるように、錆びて朽ちていたはずの鱗が、赤く色づいて、輝き出す。ヒビ割れ、乾いていた皮膚が、急激にみずみずしさを取り戻していく。

動く度に生じていた金属音はいつの間にか消え、代わりにバチバチとなにかが爆ぜる音がする。




『グル、ォ………………』




「嘘だろ、おい」


 〝竜骸〟は、動いてもなお、死んでいた。ぎこちなく、異音を立てて、無理やり操られている骸に過ぎなかったことが、今ならわかる。


 だが、アレ(、、)はなんだ。


 空想上のものだと思っていた竜の、成れの果てに抱いた畏怖すら、生きて動く実物を目の前にすれば些末なものだった。


 ユニコーンなど、アレに比べたら蟻だ。


 火砕流など、アレに比べたら火の粉だ。


 アレは無理だ。

 どうにもならない。

 その竜は、赤かった。

 伝承の中にのみ許されていた架空が、現実に現れてしまった。

 もう、骸ではなかった。




『グルォオオオオオァァア――――――』




 赤竜ヴァミーリは、今ここに、完全に復活を……遂げたのだ。


「リーン」


 理解してしまった。まだ、まだ間に合う。

 いや、間に合わないかも知れない。

 それでも足掻かなければならない。

 生きるための努力だけは放棄できない。


「リーン、逃げ――――」


 逃げよう。何を捨ててもいい、今すぐここを離れよう。

 そう思って伸ばした手の先にいるリーンは。

 まっすぐ、竜を睨みつけて、立っていた。


「……ハクラ」


 とん、と杖を鳴らして。


立ち向かう(、、、、、)勇気(、、)はありますか(、、、、、、)?」


 そう言った。


 こいつが行こうとするなら、俺も行かねばならない。

 隣に、居なければならない。

 即座にある、と言いたかった。

 喉の奥から、その一言が絞り出せない。


 そして、俺の心が覚悟を決める時間を待ってくれるほど、現実は優しくも、甘くもない。

 竜の、残された左眼が、眼下に居る俺達を射貫いた。

 不思議な確信があった、間違いなく、見られている(、、、、、、)


「ひ…………」


 思わず、ファイアが息を呑んだ以外、誰も、何もできなかった。

 もし一歩でも動いて、それがこの竜の気に障ったら、それで『終わる』ことが、本能的に理解できたからだ。


 どれぐらいそうしていただろう、恐らく、十秒にも満たなかったはずだ。

ヴァミーリが、動いた。背に携えた、滑らかに動くようになった巨大な翼を、悠然と広げていく。


「……は?」


 おい、嘘だろ、まさか。

 飛ぶのか、その巨体で。


「――――ハクラ!」


 リーンが叫ぶ。視線を送れば、ファイアを抱きしめ、自分から地面に転がって、体を丸めていた。

 それが何を意味するのか、理解できるほどの余裕は、俺にはなかった。

 ヴァミーリが翼を広げた姿は、体感的には、〝竜骸〟だったころの、倍以上に見えた。ヒトが逆らうことなど考えるべくもない。生きた厄災が、大きく、一度だけ羽ばたき、


「う、お――――――」


 破壊の嵐が、巻き起こった。


 ヴァミーリの周囲に存在するもの、全てを根こそぎ吹き飛ばす暴風が逆巻く。竜骸神殿からここに至るまで、巨体の背後に積み重なった瓦礫が、紙くずのように舞い上がって――巨大な質量の塊として、降り注ぐ。


 こんなもの、ただの災害だった。それでも、正面に居た俺達は、まだ、風に飲まれ、吹き飛ばされて、勢いよく地面を転がるだけ(、、)で済んだ。


「がっ、ぐっ、――――」


 どこまで自分がふっとばされたのか、把握する余裕もなかった。

 壊れてなかった建物に身体をぶつけて、咳込み、ようやく体を起こした時、周りの景色は一変していた。

 反射的に〝風碧〟の柄に手をかけるも、もう、ヴァミーリはとっくに手の届かない場所に居た。

まさかと思いつつも、視線を空に向ければ、雲と空の間に、かろうじてその姿を捉えることが出来た。アレだけの巨体が、豆粒に見えるほどの高度。もう、戦うとか、追いつくとかいう次元ではない。

 ただ、眼下にある、自らを長い間祀ってきた街には、もう何の興味もないようだった。ずっとずっと遠い所を見据えているように、俺の目には映った。


 そのまま数十秒、ヴァミーリは滞空を続け、やがて、飛び去っていった。


「…………………………」


 それから数分は、誰も、何も動けなかったと思う。


「…………くそ」


 この災厄が過ぎ去ったと、そう確信出来るまで、呼吸すら、満足にできなかった。

立ち向かうことは勿論、逃げることすら、俺には出来なかった。

 ましてや、リーンの問いに、応えることなんて。


「畜生……ッ!」


 この日、レレントは、様々なものを失い。

 俺は――ハクラ・イスティラは、負けた。

 


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