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魔物使いの娘  作者: 天都ダム∈(・ω・)∋
第七章 たった一人の為の騎士

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断章 蒼の記憶

挿絵(By みてみん)


 窓の外を何回も確認して、太陽がまだまだ、昇りきっていない事に、わたくしははぁ、と大きく息を吐きました。

 何度も何度も読んだ本を、もう一度手にとって、一文字一文字、また口に出して、読み返します。お勉強は、あまり好きではないけれど、ちゃんと覚えていると、褒めてもらえることもあるのです。


「女神さまの、物語……」


 サフィア様は、人をお助けになられます。

 たとえ罪を犯した人であっても、捨てられてしまった人であっても。


 ――――例え貴方が悪くても。

 ――――私が、貴方を助けない理由にはなりません。

 ――――私は、きっとそのために生まれてきたのです。

 ――――辛い誰かに手を差し伸べる、困った人を、見過ごさない。


 そんな、清く正しい心をお持ちなさいと、かあさまは、わたくしに言いたいに、違いありません。

 一言一句、正しく覚えて。

 誇れる娘にならねばなりません。


 改めて、決意を胸に――真剣に、【蒼の書】に目を通していると、時間が過ぎ去るのを忘れてしまいます。


ですから。



 コンコン。



 と、窓を、小さく叩く音がするまで、太陽の位置を確認するのを、すっかり忘れてしまっていました。

 わたくしは、はっとなって顔を上げて、本を閉じて、窓にかけよりました。


「ファイア、来た、よ」

「ねえさま!」


 窓は、内側からしか開きません。台に登って、枠を外せば、ねえさまが通れるだけのスペースが出来上がります。


 身体をするりとねじ込ませて、窓を越えて、部屋の中に、すとんと着地したねえさまは、そのままわたくしを、抱きしめてくださりました。


「遅くなってごめん、ね? ファイア」

「はい、とーっても待ってました、ねえさま」


 本当は、ねえさまは約束の時間通りに来てくださいましたから、謝って貰う必要はなくて、わたくしが、ただただ待ち遠しかっただけなのです。

 だけど、ねえさまは優しいので、そんなわたくしの言葉に、もっと強くぎゅっとしてくださいます。


 身体を寄せ合って、少し寒いので、二人で毛布を羽織りながら、わたくしたちは、色んなお話をします。


「ねえさま、お話を聞かせてください。先日から、続きが気になって仕方ありません」

「うん、前は……そうだ、レレントの、赤い竜のお話……だったわ、ね?」


 ねえさまは、わたくしのところへ来る度に、自分が見聞きした、素敵なお話を聞かせてくださいます。沢山、物知りなのです。


「そう、赤い竜ヴァミーリは、女神サフィア様に、とても怒っていた、わ。見知らぬ他人に、どうしてそこまで尽くすんだ、何を考えてるのかわからない、お前が言っているのは綺麗事だ、って」

「そんな! サフィア様は、いつだって困った人の事を思って、心を痛めてらっしゃるのに!」

「だけど、竜は信じなかった、わ。だから、一緒に旅をすることにしたの。そのままだと、とてもじゃないけど目立つから、小さなトカゲに姿を変えて……」

「まあ! 竜がトカゲになってしまうのですか?」

「そう、赤くて、生意気そうな、トカゲ」


 くすくす笑うねえさまの手は、いつだって傷だらけです。

 沢山、沢山、鞭で打たれた痕があって、これは、聖句を間違えた罰なのだそうです。

 以前は、お話の最中に、しくしくと泣き出してしまうことがありました。

思わず、ぎゅうと手を握りしめたら、ねえさまはもっと泣いてしまい、かあさまに見つかって、二人揃って叱られたこともありました。


 ねえさまと過ごす時間は、あっという間です。

 太陽が少しずつ傾いて、窓から差す光が、少なくなって、暗くなってきた頃。

 かしゅかしゅと、少し不思議な、独特の音が聞こえてきました。

 わたくしは、この音の主を、よく知っています。


「……またお二人でお話しておられる……コーランダ様が……なんと仰るか……」


 はぁ、と大きなため息をつきながら、部屋に近づいてくるその方の名前を、



「ドゥグリー!」



 わたくしが呼ぶと、重そうな鎧を着た騎士ドゥグリーは、ちらりとねえさまを見ました。ねえさまは、えへへ、と笑って、わたくしにぴったり寄り添って、


「私、ここには来てないから。誰もいないわよ、ね? ファイア?」

「はい、ねえさまはここには来て居られません、わたくし一人ですよね、ドゥグリー?」


 そして、毛布をかぶって、隠れてしまいます。くすくす笑うわたくし達に、ドゥグリーは、もう一度、ため息を吐きました。いつも疲れたような顔をしている彼の癖なのです。


「…………では、おやつも一人分でよろしいですね……食べたいと、せがまれましたので……アーモンドを使った……マドレーヌをお持ちしたのですが」

「………………」

「………………」


 ねえさまとわたくしは、毛布の中で、同時に顔を見合わせました。

 それは、大変困ります。だって、お顔は暗くて怖いのに、お菓子作りはとっても上手なドゥグリーの焼いたマドレーヌは、とっても美味しいのです。


 考えたただけで、くう、とお腹がなってしまいました。きょとんとしたのはねえさまで、それから、くすくす笑って、わたくしは、恥ずかしくなってしまいました。


「うう……ドゥグリー、いじわるをしますか? 困っている人を助けないと、女神さまに、怒られてしまいますよ」

「それを言うのであれば……自らの利益のために……嘘を吐く事こそ、女神の教えに反しています……」

「うっ」


 言い返せません、わたくしの負けです。


「嘘は……人の心の悪徳の一つ……自らの利益の為に……欺いてはならない……」


 そうです、女神様はそう説いて居られます。知っています、今日もちゃんと読みましたから。


「……ただし」


 ですから、その言葉には続きがあることも、わたくしは知っています。


「誰かを守るために吐く嘘には、光が混ざる、こともある、よね?」


 ねえさまが言うと、ドゥグリーは、もう何度目かのため息を吐いて、手にしていた紙箱をあけました。中には、ふんわりと焼けたマドレーヌが二つ、入っていました。


「コーランダ様に……報告は、致しますからね……またかと、言われるでしょうが……」


 結局、わたくしとねえさまの分を、ちゃんと用意してくれているのですから、ドゥグリーは、やっぱり優しい騎士なのです。わたくしは、ちゃんと知っていましたとも。


「うふふ、ありがとうございます、ドゥグリー」

「…………では、私はこれで…………ルーヴィ様も、長居はしませんよう……」

「わかってる、わ。いつも、ごめん、ね?」

「いいえ…………これも、私の、信仰、ですから……お二人に、女神の加護が、ありますよう……」


 かしゅかしゅと、帰っていくドゥグリーが歩く度に、鎧が擦れる音。いっつも不思議に思うのですが、重たくないのでしょうか?

 香ばしいマドレーヌは、やっぱり、とても美味しくて。


 あっという間に食べてしまったわたくしを見て、ねえさまは、自分の分を半分割って、わけてくださいました。


「ええ、駄目です、ねえさまが食べてください」

「ううん、ファイアが食べて」

「いいえ、ねえさまが」

「ファイア」

「ねえさま」

「えい」

「むぐ」


 ねえさま、と呼んだ間を狙って、口に詰め込まれてしまっては、避ける手立てもありませんでした。口の中いっぱいに広がる味は、申し訳無さを塗りつぶしてしまうぐらい、美味しいのです。


「……ありがとうございます、ねえさま」

「どういたしまして、ファイア」


 けれど、もうすぐ、時間が来ます。

 日が落ちて、聖堂の鐘が鳴ったら、ねえさまは行かなくてはなりません。そうしたら、また少しの間、お別れになってしまいます。

 寂しいです。本当は、もっともっとずっと一緒に居たいのです。


 けれど、わたくしとねえさまは、約束をしました。

 わたくしが、わがままを言ったら、どうしても、とお願いしたら。

 きっと、ねえさまは、聞いてしまうから。


 だから。

 行かないで、とだけは、言わないように。

 一人にしないで、とだけは、望まないように。

 わたくしたちは、約束をしたのです。


「……ねえ。ねえさま」

「なに、ファイア」

「わたくし、外に出られるようになったら、ねえさまと、色んな所に行きたいです」


 わたくしは、部屋の外には、出られません。

 それは、仕方のないことです。わかっているのです。

 でも、いつかを想像するのです。ねえさまと、わたくしと。

もしかしたら、お母様も隣にいらっしゃって、広い草原を、大きな湖を、美しい聖堂を、一緒に見て回るのです。


 ドゥグリーも、きっと一緒かも知れません。やれやれと、疲れた顔で、少し後ろをついてきてくれて、美味しい焼き菓子を持って。


「…………うん、私も、そうしたい、わ」


 りんごん、からんころん。

 お別れの鐘の音が、響きました。

 わたくしが寂しそうな目をすると、ねえさまは、いつだって困った表情をして。

 もう一度、ぎゅうと抱きしめて、こう言ってくれるのです。


「また、来るね」


 ねえさまは、いつも、来てくださいます。

 わたくしが、本当に寂しいときには、いつだって。



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