接続章 星紅と蒼玉
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「私の側を、絶対に離れないで」
ルーヴィ特級騎士がそう言って、わたくしを背中にかばってくださいました。
剣を手にしたルーヴィ特級騎士の前には、槍を構えた、蜥蜴のような形の魔物が居て。
『シャララララ――――ジャッ!?』
ルーヴィ特級騎士が剣を振るうと、彼らは、動かなくなりました。それを見ると、なぜだか、わたくしの胸は、ぎゅうと締め付けられたように痛むのです。
「……何が、あった? クレセンは――いや、ファイア司教、こっち、安全な所に」
ルーヴィ特級騎士が、わたくしの手を引きました。それが、彼女の仕事です。
けれど。
「た、助けて! 誰か、誰か!」
その悲鳴が聞こえた時、気づけば、わたくしは駆け出していました。
「――――ファイア司教!」
ごめんなさい、ルーヴィ特級騎士。
でも、助けを求める声が聞こえたら、わたくしは、そこに向かわねばなりません。
崩れた瓦礫の下敷きになっている方がいました。わたくしは、指を噛みちぎり、血の雫を滴らせ、それを媒介に、祈りを捧げました。
わたくしの生み出す蒼い光は、人の傷を癒やし、穢れた大地を元に戻す力があるそうです。何故そうなるのかは、わかりません、けれど。
「あ、ありがとう、助かった――!」
そう言っていただけるだけで、心から、良かったと思えるのです。
「だ、誰か……!」「助けて!」「痛いよぉ!」
だけど、まだまだ、沢山の悲鳴が聞こえます。沢山の、助けを呼ぶ声が聞こえます。
わたくしは、走りました。誰かを見つける度に、血を与え、癒やしました。
「もう大丈夫ですよ」
ありがとう、ありがとう、と。
そう言ってもらえることが、何より嬉しくて。
「ああ! 聖女様、聖女様だ!」
誰かが、わたくしを呼びました。
「商業地区にきてくれ! 建物が崩落して、怪我人が沢山居るんだ!」
それは、大変です、言われるがまま、わたくしはそちらに行こうとしました。
ですが。
「待ってくれ! こっちだって怪我人が居るんだ!」
誰かが、わたくしの、反対の手を掴みました。
「ふざけんな! 俺が先に見つけたんだぞ!」
「こっちのほうが近いんだ! 先にこっちを手当してくれ!」
「馬鹿いうな! 放っておいたら死んじまう!」
「こっちだってそうだ! 聖女様! なんとかしてくれ!」
「そうだ、聖女様!」「女神様!」「助けてくれよ!」
はい、はい、はい。わかりました。わたくしが助けます。わたくしが救います。わたくしが手を差し伸べます。だから、行かせてください、離してください。
「早くしてくれ!」「何してるんだ!」「おい、こっちにもきてくれよ!」「聖女様がいるの!?」「助けてもらったんだ!」「じゃあ俺の娘も!」「嫁を!」「父を!」
人々が、集まってきました。助けるのが、わたくしの役割です。
なのに、なんで、どうして。
『――ちゃんと区別をつけないと、いずれ自分に返ってきますよ』
その時。
大地が揺れたのかと思いました。けれど、違いました。
大きな、大きな竜がいました。天まで果てしなく届くかに思える、赤茶けた、竜の骸。
それが動いて、歩く度に、また、大地が揺れて、建物が壊れ、悲鳴が聞こえました。
「うわあああああああああああ!」「きゃああああああ!」
わたくしに助けを求めていた人たちが。
わたくしを置いて、逃げていきました。
竜は、わたくしを見ていました。じぃと見下ろして、ぎぃぎぃと音を立てながら、ゆっくりと、その顔を近づけてきました。
いいえ、ゆっくりに見えましたが、それは竜が、あまりにも大きかったからでしょう。
はっと思ったときには、もうその顔は目の前にあって。
大きな口が開いて、わたくしを飲み込もうとしていました。
「あ…………」
動けませんでした。わたくしの足は、言うことを聞いてくれませんでした。
怖いのに、声が出ませんでした。
恐ろしいのに、どうしていいか、わかりませんでした。
力が入らず、できたことは、何度も繰り返した動作だけ。
両手を組んで、祈ること――――。
「ファイアッ!」
風より疾く。
炎より猛く。
わたくしの前に飛び込んできた、赤色。
「あっ」
手を、差し伸べられました。
わたくしは、その手を、取ろうとしました。
だけど、身体が、突き飛ばされて。
わたくしが居た場所に、姉さまが立っていました。
竜のあぎとは、もうそこまで迫っていて、そして。
ぶつん、と音がして。
右の、肩から先が、無くなっていました。
赤い、赤い血が、吹き出て。
「姉、さま」
駄目なのに。
そう呼んでは駄目なのに。
「ねえさまああああああああああああああああああっ!?」
わたくしは、何も。
何も、出来ない。
 




