アマノジャク
「ねぇ夏樹、背高すぎるんだけど」
「無茶言わないでよ岩崎。望んでこうなったわけじゃないんだから」
高校指定のブレザーをぐっと握る私は、長身眼鏡の夏輝に文句を言う。
笑いながらの返答には未だに慣れないし、いつもイライラしてしまう私がいる。それもそうだ。
私は夏輝と幼馴染じゃなければ、家が近所というわけでもない。高校に入学してからの付き合いだし嫌なところがあるのは当然の事だ。まぁ、仮に幼馴染だったとしても多分慣れはしなかっただろうけど。
「そうだ岩崎」
何かを思い出したように夏輝は視線を下に送る。なんか小さいと言われてるようだし、見下されてる感じがして嫌だ。
「なによ夏輝。小さいって言ったら、校舎の屋上から簀巻きで吊るして鳥葬にするわよ」
「うーん、鳥葬は嫌かな」
包み隠さず悪口を言う私は、心も小さい人間だと思う。
物理的にも145センチと小さくて、よく小学生と間違えられる。その上心まで小さいと、女の子としても人間としても魅力がない。
そんな性悪な私だけど夏輝は怒らないし、嫌な顔1つしない。
正直なところ私は学年内の評判がすこぶる悪くて、夏輝以外と話す事は1年通して2~3回あればいい方だ。
帰国子女で、髪の色も金色な私だから周りから見て高飛車そうで取っ付きにくいのかもしれない。実際、高飛車とまではいかないけれどその気が有るのは薄々自覚もしてる。
別にクラスメートに気に入られたいわけじゃないけど、夏輝に嫌われるのはなんか嫌だ。
「簀巻きにして吊るされるのは良いんだ」
「いや、そっちも嫌だけどさ」
それなのに、私の口はこんな事しか言葉に出来ない。だから夏輝も、他の生徒達と同じで私の事が嫌いなんじゃないかってたまに不安になる。虚勢を張るばかりで、他人との触れ合いを拒否してきた私は夏輝の目にどう映ってるんだろうって。
確かめる術は私に搭載されてないし、例え聞けたとしても真意を見抜けるかどうかはまた別の話だ。
って、別に夏輝を想ってるわけでもないのに何を心配してるんだろう、私。
劣等感とよく分からない想いに苛まれながらそっと夏輝を見ると、依然変わらない微笑みを向けてくれていた。恥ずかしくなってつい目を逸らしてしまった。
「本題に入っていいかな」
そんな夏輝の言葉に、何も言えず首を縦に振る。
「俺じゃダメ?」
言葉の意味を理解できなかった私は、首を傾げながら夏輝を見る。どういう訳か顔が真っ赤だ。
「俺と・・・結婚を前提に付き合ってほしいんだけど」
消え入りそうな声だったのに、その衝撃たるや後頭部を鈍器かなにかで殴られたような感じだ。
別段、夏輝に好かれるような態度をとってなかった私には寝耳に水もいいところ。もちろん、告白されるのなんて人生初めての事だし、反応に困ってしまう。
いつもは饒舌に物を言う口も、さっきの衝撃で閉じてしまったのか言う事を利きそうにない。
言葉にならない言葉をどうにか絞り出してみたもののただうめき声を上げているようになってしまい、次第に頬が熱くなる。
「岩崎、大丈夫? 顔、真っ赤だけど」
同じく真っ赤な頬の夏輝に言われても、説得力の欠片も感じられない。
それにしても「結婚を前提に」って色々端折りすぎだし、全くもって現実味がない。それに、誰かと並んで幸せそうに歩く姿も無縁な事だとずっと思ってた。
「あっ、の・・・えっと・・・」
依然上手くものが言えない私の口をどうにか動かす。
「わ・・たし、嫌な奴で、口も悪いし、それに・・・ち、小さいし」
この状況で全力の自虐を披露する私が夏輝の瞳に映る。その顔は夏輝に負けないくらい真っ赤で、相変わらず小さい。
「そんなの気にしないよ。それに、岩崎くらいはっきり言ってくれた方が嬉しいし」
「でも、結婚を前提にって極端すぎる気が」
震えていたのは声だけだったのに、いつの間にか体全体も震えていた。
「だってずっと想ってたのに、このまま卒業して言えないままお別れなんて嫌だったから」
不思議だ。全身の力が抜けていく。
覚束なくなった私の体を夏輝は抱き留めてくれる。大きな手にぐっと引かれ、すっぽりと胸の中に収まってしまう。
そんな夏輝の温かさに、思考が溶けてしまいそうになる。
でも、本当に私で良いんだろうか。
ふとそんな思いが、私の脳をよぎった。
本人は気付いてないかもしれないけど、夏輝は結構な人気者だ。下級生に頼み込まれて取り次いだ事も記憶に新しい。多分、告白だったんだろうけど。
そんな夏輝は私を好きだと、結婚したいとまで言ってくれてる。
でも・・・やっぱりダメだ。
私より可愛い子はいっぱいいる。
気遣い出来る子ももちろん。
優しい口調な子も。それはそれは数えきれないくらい。
断ろうと拳をぎゅっと握り、未だ言う事を利かない口を無理やり動かす。
「私なんかで・・・良いの?」
あぁ、私はワガママな女の子だ。
混じりけなしの夏輝の告白に、温度に、断るなと私の小さな心が訴えかけている。恋じゃない、夏輝は私を愛してくれて絶対幸せにしてくれる。そんな風に。
「もちろん。岩崎じゃなきゃダメなんだ」
夏輝がなんの躊躇いもなく言った「岩崎じゃなきゃダメ」なんて言葉、言われる状況を想像もしてなかったし出来もしなかった。
だって私自身、私が嫌いだから。昔も、今も。
「でも、私・・・私!」
沸々と湧き上がってきた想いに、夏輝に抱かれたまま体が強張り震えも再来した。
そんな私の震えをより強く抱きしめてくれる夏輝。その中にはなにか大切なものを扱うかのような優しさがあって、とても心地良い。
放課後の静けさにゆっくりと夕陽が落ちて、顔をうずめている私を撫でては沈んでいく。この温もりは夢物語なんじゃないかと思うくらい綺麗な色の中に。そんな景色を想像すると不安に駆られた。本当に夢なんじゃないかって。
「岩崎?」
熱のこもった声にゆっくりと顔を上げ夏輝の頬をつねってみた。一応確認のためだ。
「いふぁいんだけろ、いわふぁき」
痛がる声は聴こえるが、夕陽の明るさで夏輝の顔は確認できない。
夏輝の体から少し距離を取るように突っぱねる。
「夏輝、私の頬もつねって」
「えっ、でも」
「いいから早く」
恐る恐る伸びる夏輝の手は震えていた。
私の頬に触れたそれを申し訳なさそうに右へ左へ広げる。
「いふぁい」
良かった、ちゃんと痛い。つねられたまま、現実なんだとその痛みを噛みしめながら実感する。
そっか、私は夏輝の事がずっとずっと好きなんだ。
自分の気持ちに蓋をして、嫌な女の子を演じて遠ざけてたんだ。隣に居るのが私じゃきっと夏輝は不満だろうって。
でも本当の私は、心は、夏輝の隣に居たくて仕方なくて、そんな気持ちに気付くのが怖くてずっと逃げてた。
でも、今はそんな事どうでもいい。今度は私が夏輝の腰に腕を回す。
温かくて、優しくて、とても心地いい体に身も心も預ける様に。
「ねぇ、夏輝」
すっぽりと夏輝に抱き留められている私は、今にも消え入ってしまいそうな声で呟く。
「私ばっかり名前で呼ぶのは不公平だよ。だから、私の名前を呼んで」
つくづく私は嫌な女の子だ。
隣に居てもいい証明が欲しくて欲しくてたまらなくなっている。
でも、これが私の返事。
夏輝ならきっと解るよね、この言葉の意味。
すぐそこにある息がすっと空気を吸い込み、ゆっくりと吐くように呟く。
「美織」
完全に名前負けしていて、ずっと好きじゃなかった美織という名前は宙に浮き、いつの間にか胸に浸透してじわじわと心を熱くさせた。
[私が隣に居てもいいですか?]
天邪鬼な私の言葉。その答え合わせ。
私が、結婚するのはまだまだ先の話。
誰とするのかは、まだ。