四話
高木と久里が着替え──女子は別室だったらしい──が終わった後、友情戦争についての会話が始まった。
「・・・まさか本気じゃないよな?」
浦瀬が高木に聞く。
「殺し合いとか・・・まさか・・・な・・・」
青柳も続けて言った。
だが、二人とも顔が青かった。信じ難いとはいえ、既に有り得ないようなことが幾つか起きてしまっている。もしかしたら、と、不安が募った。
「斯波はそんなことしないよ」
高木が静かに、だが、はっきりと言った。
「少し無愛想だけど、優しい奴だし・・・」
「じゃあ、大丈夫ですよね」
黛が高木の言葉を聞いて、安心する。他の面子もそうだ。
「問題は──」
そう言い始めたのは九保だ。余談だが、九保は北西高校・特進科の秀才である。
「──ここからどうやって出るか、だ」
九保の言う通りだった。仮に斯波達が攻撃して来なくても、戻れなければ意味は無い。
「何か無いのォ?」
塩原がかったるそうに言った。こちらはいつも通りだ。
「取り敢えず、外出るか」
ここで発言したのは、頼れる部長・高御堂だ。
そうだね、と皆が賛成し、外へ出る時だった。
「あ、あのさ!ぶ、武器持っていこうよ!」
北西高校のトラブルメーカー・車谷が言い出した。
「はぁ?何で?」
澤木が呆れたように言う。澤木は車谷より年下だが、いつもトラブルしか持ち合わせない車谷に呆れ、信頼、尊敬おろか、敬語すら使っていない。他の一年生も大半がそうだ。
「や、だって、何かいたらどうすんの?」
「いたら、って・・・アンタなんか見たの?」と、西岡が言い放つ。それでもなお、車谷は「や、でも・・・」と、モゾモゾ言っている。
「放っとけ。行くぞ」
高御堂が言った。皆は──車谷は渋々──歩き出した。
外は相変わらず、森だった。永遠と続いてそうな、深い深い緑の森。
「ほーんと何も無いっすね」
チャラいノリの原は、退屈そうに言った。歩くテンポが速いのは、原の種目が競歩だからだろうか。
「おい、あんまり離れんなよ?」
高御堂が心配そうに言った。
「大丈夫っすよ!」
原はどんどん先へ行く。
その時、「キャッ!」という短い悲鳴が聞こえた。
近江がつまづいて転んだ時の悲鳴だった。
久里が「大丈夫?」と、近江に手を差し出すと、近江は顔を赤くしながらモゾモゾと「有り難うございます」と、言った。
これには皆が冷やかした。なにせ、近江が久里のことを好きで、久里の前だと動揺してしまうという特徴があるのだ。
その証拠に、近江はいつも久里のことを“ヒササト先輩”と、言ってしまう。その都度、久里は「クリだよ」と、笑って教えるのだが、小一時間後にはまた“ヒササト先輩”と言ってしまう近江は少し天然なのかもしれない。
原は「・・・ったく、何だよ」と、皆が近江に注目している隙に、先に行ってしまった。
だが、皆の注目は直ぐに近江から別なものに変わった。
「うわぁ!!」
突然、原の声が聞こえた。皆が声の方に振り向く。
「おーい、原ァ!二度目は面白くねぇぞ!」
男勝りな未沖が叫ぶ。だが、返事は無い。
「原!ふざけるなよ!」
高御堂も叫ぶ。それでも、返事は無い。
試しに青柳が、原の方へ走っていった。それから十秒も掛かっていないうちに、戻ってきた。
それは、青柳が短距離選手だから、という訳ではない。否、青柳自身が短距離選手であることには変わりないのだが、この場合、近くで原を見つけたのであろう。
「いたか?」
高御堂が走っている青柳に聞いた。
青柳は答えず、全速力で戻ってきた。青い顔をして。
「どうした?」
高木が聞いた。
「・・・死んだ・・・」
「・・・は!?」
それを聞いた久里は、咄嗟に発する。
「・・・眉間・・・脳天撃ち抜かれてた・・・」
青柳は、青い顔を引き攣らせながら、言った。皆の間に衝撃が走った。