月の光
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昔々のその昔。
神様がまだ実在していた頃の話。
あるところに、狼男がおりました。
彼はあのロキの息子で、ロキ同様に良く働く頭を持っておりましたが、狼になった姿が余りにも恐ろしかったので、他の神々により不思議な材料で造られた縄と檻で捕まえられていました。
彼は、いつも檻にいる自分に会いに来てくれる父親のロキが大好きでした。それ故に、ラグナロクと呼ばれる戦乱でロキがオーディンの仲間であるヘイムダルという男に殺されたときには縄を引き千切り檻を曲げ、敵討ちをしに行きました。敵討ちは成功しましたが、オーディンの息子に顎を引き裂かれ、彼も殺されてしまうのでした。
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「ペルラちゃんが俺を頼ってくれるなんて、嬉しいねぇ」
上機嫌に話す、漆黒の髪を肩に届くほど伸ばした軽薄そうな男。彼こそがメランプスがいっていたフェンリルである。その金色の眼には愉悦の色を滲ませ、身長差からか少し低い位置にある肩に腕をかける。
「メランプス様からの御提案だからね」
「拒否しなかったんだからそれなりに俺の事認めてくれてんでしょ?」
「そりゃあ、仮にも十人委員会の軍事課を任されている男だしね」
バッと腕を払って、男に顔を向ける。フェンリルはヘヘヘと笑って、払われた腕を頭上で組んだ。
「それで?今日はどーするの」
「アドリア海のパトロール。といってもヴェネツィアの周辺のみだけど」
「ティアマット連れて行った方が良いんじゃないの?」
「彼には他の仕事を頼んであるから」
そう言って、さっさと歩き出すペルラ。
2人が今いる所は夜の港である。明るい月が海や水路の多い街並みを照らしている。昼中の賑わいはどこへやら、人気のない静まり返った港にコツコツ2人分の足音が響く。
港の隅っこに止めてあるゴンドラに乗り込み、フェンリルはなにも言わずオールを握った。それを横目で見たペルラはずっと深く被っていたフードを外す。フードの中から出てきたのは月明かりに照らされ青白く輝く、限り無く白に近い銀髪。髪と同じ色の睫が開くと、光を通すことの無い紅い瞳が覗く。
「なーんでその綺麗な髪と瞳を隠しちゃうかなぁ、ペルラちゃんは」
「…私語は慎め。仕事中だぞ」
照れなくてもいいのにー、と不満を言うフェンリルの頭にぺしんと一撃を食らわせた。フェンリルは肩を竦め、オールを動かし始めた。
ぐるりとアドリア海を回る小さなゴンドラ。ヴェネツィアの港から少し沖に出たあたりで、ヴェネツィアの方へ進む怪しげな船を発見した。それは上等なものではない、どちらかと言えばボロボロの船。灯りが煌々ときらめき、数人が看板に出てなにやら作業をしていた。人影が動く度に月明かりを反射した金色がチラつく。
「あれかな」
「そうだなぁ。あんな船で、しかも夜に移動する商船なんてなかなか無いよな。ペルラちゃん、行くのか?」
「勿論。一応確認もしないといけないし」
「じゃあ、俺は後から乗り込むから。気をつけろよ」
「心配なんて無用だよ」
瞬間、月に煌めく銀髪。
ペルラは強く踏み込んで高く高く飛び上がり、海の上に地面があるかのように着地して走り始めた。船に辿り着く前にもう一度大きく飛び上がり、怪しげな船のてっぺんに辿り着いた。
(やはり、あの金色は貨幣の色だったか)
ペルラがいることなど微塵も気付かない、海賊達。船の上で、盗んだのであろう樽に入れられた貨幣をジャラジャラと鳴らしながら喜びの声をあげている。
「へへ、盗みなんて案外簡単だよなぁ!一晩でこんなに稼げるなんてよぉ」
「夜なら気付かれねぇしな!」
下品な笑い声に眉をひそめるペルラ。
「今日はもういっちょ行けそうだな」
「あぁ…どこにする?」
「…ヴェネツィアなんて如何です」
「あぁ!彼処か!良いな、前々から眼はつけてたんだ。こっから近いし其処にー…」
海賊の言葉が途切れる。ふと、甲板に並べられた樽に目をやると、そこには見慣れない格好をした人物がいた。
「なっ…」
「てってめぇ!いつからいた!?」
「どっ、どっから来やがった!?」
「何処って…海ですよ?」
首を傾げとぼけたような返事を返すペルラに恐怖を抱く。月光で輝く銀の髪、病的なまでに白い肌、極めつけは紅い瞳。ペルラに関する視覚情報のすべてが妙に神秘的で、かえって恐怖心を煽る。
「何をしに来やがった!返答によってはタダじゃ済まねぇぞ」
ギラリと、ナイフや短剣などを向ける。船の中にいた仲間達も騒ぎを聞きつけて集まり、ペルラは追い詰められる形になってしまった。ペルラは少し俯き、表情を隠す。それを怯えていると思ったのか、調子に乗った海賊達がぎゃあぎゃあ騒ぎ立てる中、ペルラの呟く声が妙に響いた。
「少なくとも、いつかはヴェネツィアを狙うつもりなのですね」
「はぁ?」
顔を上げるペルラ。
髪が月光の影になって黒く染まって見える。
月光を反射した金貨の色に紅い瞳が染まる。
「それならば、タダじゃ済まされないのは…」
そうしてゆっくりと、言葉を紡ぐ。
「貴方がたですよ」
ペルラは、悪戯が成功した時のような笑みを浮かべていた。
なんとか2話目です。頑張ります。