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3 郷土資料館にて(1)

 冬休みはだらだら過ぎた。五日間の冬期講習も結局は参加者が少なすぎることとしょっちゅう顔をあわせている連中と顔をあわせること自体あまりないこともあって、さほどの盛り上がりもなく過ぎた。もちろんそれなりにクラスメートや生徒会役員、その他先輩たちとも挨拶程度は交わすがその程度に過ぎない。冬期講習最終日、生徒会室に寄ると、

「関崎くん、来週ちょっと私たち連絡つかなくなっちゃうけど、帰ったら連絡するから合宿の打ち合わせしようね」

 開口一番清坂が身を乗り出してきた。

「私たち?」

 問い返すと清坂の隣りで羽飛がにんまり笑った。

「ああ、俺んちの母ちゃんと美里んちの母ちゃんとあと俺たち子どもらが集まって温泉旅行一泊するんだわ」

「羽飛、お前も行くのか」

「しゃあねえだろ、荷物持ちひとりぐらいいねえとどうしようもねえし」

 ──確か清坂の家は三姉妹、羽飛の家はお姉さんがいると聞いたが。

 つまり男子ひとり女子軍団に混じっていくということか。

「だってしょうがないよ、お父さんたちみんな仕事だもん」

 あっけらかんと清坂は答え、改めて、

「関崎くんからもらった宿題なんだけど、ちゃんと合宿までには片付けるからね。大丈夫」

 力拳を作って見せた。別にそんな気合を入れなくてもいいとは思うのだが。


 軽く話をした後学校を出た。しばらくバイトも休みなのであまり無駄遣いができない懐具合。両親も気にするなと言ってくれてはいるが、やはり月謝の負担を考えるとそうも行かない。家でおとなしくしているか、友だちの家を訪ね歩いてしゃべったり、バッティングセンターで身体を動かしたり、せいぜいそのくらいだ。雅弘にも電話をかけたり直接佐川書店に顔を出したりするのだが、なかなか捕まえられない。家の手伝いでいろいろ忙しいのだろう。

 降ったり止んだりが続く雪にも慣れ、自転車で通うのも苦ではなくなった。乙彦はそのまま家に戻り、改めて雅弘の顔をのぞきに行くべく着替えて外へ出た。

 ──合宿前に水野さんの意向も確認しておきたいしな。

 水野さんに断りもなく青大附高生徒会との交流提案をしてよかったものかどうか。乙彦の判断では間違っていないと思うが、その一方で勇み足だったかという不安もある。相手が野郎だったらそのままつっきるだろう。しかし相手はあのか弱い水野さんだ。生徒会長なんていう鎧を着せられて困りきっているあの顔に、さらに重たい荷物を渡すわけにはいかない。

 ──幸いというかなんというか生徒会合宿までまだ日はある。その間に。

 雅弘が連絡を取ってくれるのはありがたい。追加で伝えたいことがいろいろある。今日こそ捕まえねばならない。なんとしても。


 佐川書店に雅弘はやはりいなかった。店で棚の整理をしていた雅弘のお父さんに確認してみたところ、

「あいつは今、高校の友だちと共同で工作に勤しんでいるらしいよ。マガジンラック作るとか言ってたがなあ」

 いかにもと工業高校生らしい冬休みの送り方をしていることが伺えた。これは無理言うわけにはいかない。できれば雅弘にあとで作成方法のコツなど教えてもらいたい。

 しかたない。そのまままっすぐ家に戻るか迷う。

 勉強するにもまわりの兄弟がうるさいし、BCLの電波を拾うにはまだ空も明るい。

 ──そうだ、郷土資料館久々に行ってみるか!

 今年はまだ静内、名倉のふたりと顔を合わせていない。自由研究が流れてしまったからといえばそれまでだがやはり今年の夏休みに第二弾を用意してもいい。いや、春休みという手もある。あのふたりがのんびりしている間に今度は乙彦が新しいネタを調達しておくのも悪くない。あそこの係員のみなさまとは去年の夏休みでだいぶ顔なじみになったのだから、新年の挨拶をしておくのも悪くはない。


 徒歩で行ける距離だった。いつもの見慣れたこじんまりとした建物。入り口で二百円払い、

「今年もお世話になります! よろしくお願いいたします!」

 元気に挨拶した。やはり乙彦の顔をみな覚えていてくれたのか、

「今日はひとりなのかな。残念だね。またいつものみんなでいらっしゃい」

 笑顔で迎えられたのがうれしい。気合が入る。中に入ってみると思ったよりも客足が多いのに驚いた。もともとこの郷土資料館は平日だとあまり人が来ないと聞いていたが、今日は大学生を中心とした集団がうろうろしているのが目立っていた。熱心にスケッチをしたりメモを取ったりしている。資料を手元に集めてしみじみ読み込んだりもしている。

 ──静内の将来の姿だな。

 静内があれだけ石碑に燃えたのはなんでだろう。単に好きだから、ではすまないあの情熱はどこから出てくるのだろう。あんなに熱中するのであれば、どこかの大学の史学科を目指したほうがいいんじゃないかと思う。青潟大学にははっきり「史学科」と銘打った学部はなかったはずだが折り合いが付けられそうなのは文学部あたりじゃないだろうか。まだ静内とは将来の進路についてあまり語ったことがない。三学期始まって顔をあわせたら聞いてみよう。

 ひとりで青潟市の古地図や産業のパネルを眺めていても、なぜか頭を素通りする。

 メモと鉛筆のような存在ふたりがいないのは、やはりダメージだ。

 ──三学期始まるなんて待ってらんないな。なにか用事見つけて連絡するか。

 乙彦が最奥の展示室に足を踏み入れ、何気なく部屋中央のソファーに目を向けた時だった。


 ──おい、なんだ、あいつら。


 自分が仁王立ちしているのがわかる。立ち止まってしまったのがわかる。存在感を消せないのがはっきりと自覚できる。

「あっ」

 乙彦と露骨に目が合い口を押さえて身を堅くしている女子と、

「関崎先輩」

 目を見開きつつも静かな笑みを口もとに浮かべている狐の化身と。 


 青大附中元生徒会長・佐賀はるみ。

 青大附中現生徒会長・霧島真。

 ふたりが肩を寄せ合って中央のソファーに腰掛けて、じっと乙彦を見つめていた。

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