15 置き土産(3)
人の出入りが少ないとはいえ、やはりあれだけ立村が激すると目立つ。不思議そうに様子を見に来るものあり、またひそひそ話するものあり。さまざまだ。
「立村、言いたいことあるならまず座ろう」
乙彦は冷静に勧めた。たいていこういう場だとぶち切れるのは乙彦なのだが、今日ばかりは出会ってから数年来の「借り」を返すまたとないチャンスだ。
テーブルに両手を着き、立村はやりきれない顔で何度も頭を振った。へたしたら頭突きして慟哭するじゃないかと怖くなるくらいに。
「人を怒らせといてそれはないだろ!」
「怒っているのはお前のひとり相撲だ。それにとりあえずは」
万感の想いを込めて伝えた。
「一学期終業式での、例の借りを返すのも悪くないからな」
「借り?」
自分で言ったくせに戸惑う立村が一瞬硬直したまま天を見上げた。
「関崎、お前、そういうことか!」
脱力して腰を抜かしたように、椅子へとへたりこんだ。なにが「そういうこと」なのかはわからないがとりあえず思い当たる節があるのだろう。それはそれでよしということだ。
夏休み前日、乙彦が思い立って立村宅へ向かい、そこでいきなり清坂たちを呼び寄せてとんでもない告白をするようそそのかし乙彦を驚愕させたあのことを忘れてはいない。清坂がいうには完全なる立村のはかりごとらしいし見事なだまし討ちともいえる。内容が内容だけになかなかその件について蒸し返すことはなかったけれども、せっかくの機会利用させてもらおうか。
「今だから言えることだが、俺は心底驚いた。なんで清坂がそんなこと言い出すのか俺には不可解だったからな。立村、お前だけだ、わかっていたのは」
「そんな前のこと、なんで持ち出すんだよ」
いまだ顔の赤らみは消えておらず、ひたすら顔を乙彦から背けているままの立村に、乙彦は真正面から話し続けた。
「だが、結果としてはあの場にいた羽飛も含めて生徒会でいい関係になったわけだしそれはそれでいい。だが、人の気持ちを利用していろいろ策をめぐらせるのは俺としてはあまり好かないのも確かなんだ」
「悪かった、悪かったよ」
小さな子どものようにすねた口調で言い返す立村。完全に幼児返りしているのが見受けられる。相当乙彦の返した「借し」が答えているようだ。
「これも機会に俺の言いたいことをすべて言わせてもらう。黙って聞いてろ」
びしりと締め、乙彦は周囲を見渡した。声を潜めたのでだいぶ視線が散らばった。余計な噂をばら撒かれることはなさそうな、生協の雰囲気にひと安心した。
立村はしょげ返って俯きっぱなし。返事もなしのまま。
「彼女の件は俺も前から誤解を解きたいと考えていたがなかなかチャンスがなかった。こういってはなんだが、俺は最初から、彼女のような性格の人間は友人としても苦手なタイプだった。それを本来は最初に伝えればよかったのだろうが、いろいろな事情が絡み合ってそれも果たせなかった。そこまでは、わかるか」
乙彦の言葉に答えようとしない。聞いていないのかもしれない。わざとテーブルをたたきながら乙彦は続けた。
「一方でこの学校に入り、俺は初めて知ったんだ。立村の名前を知る生徒のほぼ百パーセントがお前の本心をしっかり見抜いているということを、だ。さまざまな誤解曲解はあったにしても、いわゆる彼女がらみのことで間違った認識している奴を、俺はなぜか一人も出会ったことがない」
かなり大げさだが事実ではある。
「いや、ひとりいるか。当の本人、立村、お前だけだ」
はっと立村が顔を挙げた。まだ頬の赤らみが消えていない。動揺ありありと浮かび上がっている。
「誰もがお前の、彼女に対する溢れんばかりの本心を気づいているにも関わらずなぜ俺に無理やりくっつけようとするのかそれが最初は理解できなかった。もちろん彼女の気持ちも、俺なりに想像はしていたが、受け入れられるものではない。きっちりけりをつけるべきだと機会をうかがってはいたんだが、俺も他力本願なところがあったのも事実だ。たぶん立村、お前が彼女になにかアクションを起こして俺の問題は自然消滅するであろう、と読んでいたからだ」
「関崎、そんなこと考えて俺と今までしゃべっていたというわけか!」
「いやそれはない。俺の思考の九十九パーセントは全くそちらに向いていない。たまたまこの前、彼女と再会して話す機会があったので過去の記憶がいきなり蘇っただけだ」
「関崎、そこまで言うか」
ため息交じりに、また俯きつぶやく立村。関係ない、続けるだけだ。
「てっきり俺は、彼女がお前の行動がどんなものかを把握できていないのだろうと考えた。だったら教えてやるのが当然じゃないかと思った。それで伝えたら、そんなの良く知っているといった顔で返事されてしまった。そういうことだ。お前の彼女に対する気持ちはとっくの昔にばれているし、お前が必死に隠そうとしてじたばたしても、もう無理だ」
立村は答えない。乙彦は話をやめない。
「知っているのであれば簡単だ。詳しい事情はわからないにしても、中学卒業式を境にもう会えなくなるのであれば、お前はお前なりにきっちり行動を取るべきだろう。将来については向こう側の立場も踏まえて考えねばならないが少なくとも、今までのような男子を見下すような口調は控えるようにとさりげなく釘は刺したつもりだ」
「余計なこと、なんで言うんだよ」
「そうでもしないとお前はずっと、俺と彼女をくっつけようとして、疋田を伴奏要員として送りこんだり遠くから見つめたりといった、回りくどいことしかしていない。そういうところもお前のよさだとは思うが、いわゆるその、誰が彼がというようなことについては向いていない。むしろイエスかノーかきっちりけりをつけるべき問題だろう」
もう何も答えようとしない。立村はもう顔も挙げない。
「俺がお前に言えることはひとつだ。もう彼女がここから出て行くのであればきっちりけりをつけるべきだ。人にそれを勧めてきたお前ならば、自分でも習うべきだ」
思い切り力を込めて言う。
「しつこいようだが、俺はきちんと彼女に、そういう感情が一切わかないことを断言しておいた。もう動かない。同時に今まで彼女がお前にしてきたような振る舞いをし続けることはよくない、断じて排すべしとも。少なくとも俺が清坂にされたような行為を、立村が彼女にしたとしても、露骨に傷つく言葉をぶつけられる心配はほぼない。約束したことは死んでも守る人間なのであれば。どちらにせよお前が彼女のことしか見ていないのは、大げさなようだがお前を知る人間、全員が知っている。ばれて恥ずかしいことではない」
「そういう問題じゃない」
震える声で立村はつぶやき、今度は静かに立ち上がった。怒る気力も失われたのかふらふらとよろめきつつコートを着直し荷物を手にした。
「また、明日」
言い訳も何もせず、立村は乙彦に冷たく挨拶をした後、生協から出て行った。頬を紅潮させたまま、ずっと目を伏せたままで。




