2 新春冬期講習(3)
冬場に似合わない清坂の熱い情熱がマグマのごとく流れ込んできた。
側でちゃんと掃除してくれている羽飛の存在もありがたい。
──ちゃんとやるべきことは意識してたということなんだな。
その点には素直に感服した。単なるひまわり女子ではない、それなりに先々のことを考えて物事を組み立てている。乙彦が清坂の言動で目にすることが多いのはいわゆる女子らしい部分であり閉口したくなるものばかりだったので、意外と言えば意外だった。
──こういう形でやるべきことだけやってもらえるのがベストだな。
手綱を抑える羽飛に期待する。
その上で、心を決める。
──いい流れだ。聞いてみるか。
「今の話で相談があるんだがいいか」
ふたりのかけあい漫才が一段落したところで乙彦は持ち出した。
「なあに?」
「俺としてはすごい刺激を受けた。あとでぜひノートを読ませてほしいんだが実は」
切り出し方によっては怪しまれる。いや、別にやましいことをしているわけではない。
「この冬休みなんだが、久々に中学時代の仲間と会っていろいろ話したんだ」
「へえ、関崎もそういうやからがいるんかい」
「当たり前だ。誰でもそうだ」
軽く切り返し乙彦は続けた。
「その中に一人、いわゆる生徒会役員になったのがいた。まさかとおもう相手だったんで俺も正直驚いたんだが、本人はいたってまじめでなんとかして学校をよくしたいという一心で立候補したらしい。もちろん後ろ盾に先生たちもいたらしいが」
「そうなんだ。どこの学校?」
迷ったが言うしかない。
「可南女子高だ」
清坂が口に手を当てて羽飛と顔を見合わせた。
「女子高? 関崎くん、女子の友だちいたの?」
「友だちというよりも知り合いに近い」
さすがに誤解されたくないのであいまいにぼかしておく。相手はなにせ清坂だ。
「ちょっとびっくりしちゃった。関崎くんって中学の時から絶対硬派って感じだったから」
「もっともだ、お前さんあんまりそっち系には疎そうだったからな」
──今でも鋭くはないんだが。
もし誤解されていたらたまったもんじゃないがとりあえずそのまま話していく。
「その、可南女子の人って一年だよね。私たちと同学年?」
「そういうことになる」
「役職は何?」
また迷うが仕方ない。事実なんだからしょうがない。
「生徒会長なんだ」
「うっそお、一年生の生徒会長って私とおんなじ?」
「なんか伝染してるんじゃねえ?」
「何がよ何が!」
またつつきあう二人。もういつものこと。乙彦は気にせず話すことにする。
「だが、彼女はもともと生徒会長のような目立つ場所に立つタイプではなかったんだ。俺も彼女のことはそれなりに知っていたが、少なくとも自分から何かをするタイプでは決してない。まじめな性格なんだが」
「そう、まじめなのね」
しみじみと清坂がつぶやき、「お前と正反対な」と羽飛が返す。
「話の流れからすると彼女は、そのまじめさを買われて生徒会に立候補するように勧められたと聞いている。もちろん一年生で生徒会長という重責を担うのは相当な覚悟が必要だったと思う」
「まあね、確かに」
「お前のどこに重責なんかあるんだよ」
目の前の清坂美里と、カラオケボックスの中で静かに座っている水野さんのふたりを心で見比べる。しっかり登山準備を整えてエイエイオーと叫んでいる清坂と、ただ着のみ着のまま連れてこられ呆然としている水野さんと。この差の開きはすさまじいものがある。
「友だちも交えていろいろ話を聞いていたんだが相当、あの学校での生徒会活動は厳しいものがあるようなんだ」
言いかけた乙彦を清坂は遮った。
「わかる。言いたいことわかる。こういったらなんだけど可南女子高についていい噂あまり聞かないもん。私も友だちで可南に入った子いるけど、楽しそうには見えないよ」
「美里そりゃねえだろ。訂正しとけ」
「けど」
羽飛が少しだけきびしめに清坂を制した。
「お前の目からみたらそりゃつまらなそうに見えるかもしれねえが、中に入ってる奴からしたら天国かもしれねえぞ。俺たちだって同じだろ。青大附属に入ったら最後灰色の青春とか言ってた奴らのこと思い出せよ」
「はいはい悪かったわね。そうね、住めば都よね」
ふくれた風に清坂は言い返した。改めて乙彦に向かい合い、
「その、生徒会長になった人は覚悟があるのね」
じっと乙彦を見つめて問いかけた。
「関崎くんの友だちなら、いい加減な人じゃないってのは想像つくよ。だからこそ、あの学校の状況を噂で聞いていればいるほど辛いだろうなって思う」
「俺も同感だ。彼女の性格に合った学校文化とは思えない」
そこで、と切り出した。
「合宿でも話すつもりでいたんだが、できれば生徒会同士の交流もこれから先のテーマとして掲げてもらえると俺としてはうれしい。中学時代の、評議委員会メインの交流会も俺にとっては有意義なものだった。立村がその『大政奉還』をどのような意味合いで使ったかは別として、青大附高生徒会をこれから先幅広い視野のもと育てていく一環として、他高との交流会も積極的に行うというのはどうだろう」
最初に乗ってきたのは羽飛だった。身を乗り出して、
「すげえな、そうだな。確かにそうだ。美里どうだ、他の学校の連中とのつながりつくって盛り上がるってのも面白いんじゃねえの」
さっそく手元のメモ用紙を引っ張り出しつつ隣りの清坂に、
「なあにお前ひとり考え込んじまってるんだよ、お前こういうのやりたがってただろ」
盛り立て盛り立てしている。
「わかってる。今まじめに私も考えてるんだから」
清坂はノートを開き、また閉じた。目を伏せて何かを考えている様子だった。やがて見守る乙彦と羽飛に顔を向けた。感情が消えたように見えた。
「関崎くん、その、可南女子の生徒会長さんなんだけど、連絡付けられる?」
「ああ、たぶん」
雅弘に頼めばなんとかなるだろう。清坂は頷いた。硬い表情ながらも、
「この件、生徒会合宿まで内緒にしてもらえる? 生徒会関係者含めて今の段階では誰にも言わないでほしいの」
「隠し事することでもないと思うが」
乙彦の問いに清坂は困ったように首を振り、
「わかってる。私もぜひ、可南女子の生徒会長さんと一緒い話す機会欲しいなって思ってる。きっと同じ一年生生徒会長でしかも女子同士なら分かり合えるかなって気するし。関崎くんの友だちだからきっといい人だろうし。でね、それでね」
握りこぶしを小さく作り、清坂は告げた。
「この件、渉外の難波くんに任せたいと思ってるの。合宿の時に関崎くんからぜひ議題に挙げてほしいんだけどその時、私も難波くんを推すようなこと言うからそれでやってほしいの。今、理由言えないんだけどごめんね」
──難波に? なんでだ? 渉外だからか?
乙彦の疑問符が残った状態のまま、清坂と羽飛はお互い意思通じ合ったらしく納得顔で頷き合っていた。