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13 年度末試験前(9)

 結局立村には、霧島について語ることはできなかった。予期せぬ雅弘到来もさることながら、立村のめったにないはしゃぎぶりを見ているうちにどうでもよくなったと言った方が正しい。

 ──まあ仕方ない。別の機会もある。

 水を差さずにのんびりとBCLについて語ることが出来たことだけでも十分過ぎるほどの収穫だ。その夜も母に立村の人となりについて問われたので、かんたんに説明しておいた。一度乙彦が学校で熱だしてぶっ倒れた時に顔をあわせたことがあるはずなのに、母はすっかり忘れている。

「なるほど、『週刊アントワネット』の記者の息子さんか」

 父が妙なところで感心していた。


 一方、雅弘からは夜、すぐに電話がかかってきた。

 ──おとひっちゃん、あのさ。

「さっきは悪かったな」

 ──いやそれはいいんだけど、明日の放課後、ひま?

 やはりいきなり提案してきた。

「試験休み中だからいつもよりは早く帰ることができるはずだが」

 ──よかったよ。あのさ、実は俺の学校も試験準備期間なんだけど、全然勉強はかどらないんだ。特に英語、全然なんだよなあ。

 困りきった声を出す。確かに雅弘は英語が猛烈に苦手だ。さすがにアルファベットや基本的な単語は理解しているが、どうも接続詞で躓いているらしい。

 ──ほんと俺、おとひっちゃんみたいにあのだらだらした長文を一気に読むなんてことできないよ。ほんとどうしようって。うちの学校ももちろん留年あるし。

「留年避けたいのはお互い様だ」

 ──おとひっちゃんは心配しなくてもいいからいいよな。俺なんてぼろぼろだよ。どうしようっていつも思ってる。それで、おとひっちゃんに頼みなんだけど。

 さっそく切り出した。

「なんだ、言ってみろ」

 ──俺の試験勉強手伝ってもらえないかなあ。明日、うちに来て、一緒に勉強しようよ。もちろんおとひっちゃん自分の勉強しながらでいいから俺にも少し教えてもらえないかなあ。助けると思って、お願いだよ!

 切実な願いというのは中学時代からよく理解していることである。

 頼まれたら断れない、これも乙彦の信条。

「わかった、それなら俺も出来る限りのことはする。だがお前もちゃんとやれよ」

 ──わかってるよ。それとさ、おとひっちゃん。

 約束を取り付けた後、雅弘はまたも続けた、

 ──生徒会の話なんだけど、おとひっちゃん話してたよね。確かさっきたんをこっそり青大附高の生徒会の奴らと会わせたいって。いいなって思ったけど、ちょっと気になることがあるんだけどいいかな。

「何でも言えよ」

 青大附高では味わえない、頼られる喜び。言いたい放題言わせてやる。

 ──ざっきたんのことなんだけど。顧問の先生たちがやり取りしているのもそうなんだけど、なんか青大附高側の奴が妙にいばっているらしくってそれが可南の顧問の先生たちを怒らせてるところあるらしいんだ。

「そんなことがあったのか」

 とはいえ、予想の範疇ではある。青大附高の生徒は青潟のエリートと思われているところもあるし、教員生徒ともに自負もある。しかも相手があの、

「うちの渉外に問題があるのか」

 雅弘は否定しなかった。

 ──それだけじゃあないかもしれないけど、さっきたんはしんどそうだよ。


 やはり難波が威張りちらしているのだろうか。それとも鴨河先生だろうか。

 さすがにふたりとも常識をわきまえているのではと信じたい気もするのだが、あの水野さんが苦しんでいるのだから相当なものとも読める。

 乙彦の心を読んでか雅弘は殊勝なことを言う。

 ──おとひっちゃんが言う通り、俺思うんだけどさっきたんと生徒会の人たちと一緒に話をすれば、無理に生徒会活動しなくても楽になるんじゃないかって気はするんだ。けどあんな威張った奴らと仲良くしても、とか思われるのはいやだなあ。

「俺も身内の悪口を言いたくはないが、お前の腹立つ気持ちはわかる」

 やはりここは雅弘といったん密談する必要がありそうだ。あまり夜の長電話は親の目もうるさいし、雅弘だって水野さんのことを家族に聞かれるのは気まずいだろう。

「わかった、じゃあ明日、お前の家にまっすぐ行くからな。その時に相談しよう」

 ──ありがとうおとひっちゃん!

 明るい声で電話が切れた。


 いったん受話器を置き、部屋に戻ろうとするとけたたましくベルが鳴った。

「あらあらずいぶん今日は忙しいこと」

 母の言葉も無視して受話器を取ると、

 ──関崎先輩、ですか。

 か細い声が聞こえてくる。声のトーンからしてひとりしかいないと思うのだが、あえて問う。

「関崎ですが、どちらさまですか」

 ──霧島でございます。

 ずいぶん低く出たものだ。霧島が今度は乙彦を捕まえたというわけだった。

 ──今日、立村先輩と一緒にお帰りになったと伺いましたが、首尾はいかがでしたか。

「お前、見てたのか?」

 思わず声を裏返しそうになる。受話器の向こうで霧島はか弱く答える。

 ──はい。校門前で拝見いたしました。

 じゃあ声をかければいいじゃないかとも思うのだが、事情をすぐに思い出す。

「今日の立村は機嫌がよかったからな、お前と挨拶してもそんな起こらなかったかもしれないぞ」

 ──え、まさか。

「ああ、今日は俺のうちでBCLについて語ったんだが、やはり語学が好きな奴だけあって熱心に外国の放送局について聞きたがっていたんだ。お前も今度うちに来ないか?」

 ──今はご遠慮しておきます。でも、あの、立村先輩は本当に機嫌が?

「お前が思っているほどあいつ、怒ってないんじゃないか」

 少しだけ罪悪感があるのは、乙彦の趣味にかまけてしまい本来霧島から頼まれていた用件を一切伝えなかったことにある。

 ──いえ、僕だけは、たぶん許してもらえません。

 今にも泣き出しそうな声がかすれて響いた。

 ──お願いします。どうか、お伝えください。それでは。

 だから何を伝えろというのだろう? 丁寧ながらも一方的に電話は切れた。


 


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