13 年度末試験前(8)
青立狩 高校一年・三学期編 13 年度末試験前(8)
乙彦もかねてより雅弘と立村との間にある確執について知らぬ振りをするつもりなどない。ことに最近起きた諸問題においても決して捨ててはいけない問題のひとつだ。いつかは話し合うことも必要だろうが、少なくとも今ではないだろう。
──まずい、母さん全然そのこと知らないしな。
愛想良く雅弘としゃべっている母を押しのけ、乙彦は雅弘の側に靴はいておりた。
「あれ、おとひっちゃん今日だれか来てるの」
「ああ、友だちが遊びに来てるんだ」
もちろん誰か、とは言わないでおく。
「うちの学校は試験前だしな。留年もあるからまじめにやっておかないとまずいんで、友だちと今いろいろやってるんだ」
「そうか、お邪魔だったかなあ」
頭をかきながら雅弘は困ったように笑った。
「タイミングの問題だけだ。俺も、どっちにせよお前に連絡しなくちゃいけないことがいっぱいあるんだ。あの、その、あれだ。ちょっと外出よう」
玄関を出ようとしたところでまた母が余計なことを言い出す。
「あら、おとひっちゃん、せっかくだったら雅弘くんにも上がってもらったら? さっきのお坊ちゃんとはお友だちでないの?」
「学校違うから別の話だ」
言い捨てて、とにかく外に出た。ここから先の話を万が一にも立村に聞かれるわけにはいかないものだから。雅弘もとりたてて不審に思わなかったらしく素直に外へ出た。
「あのな、実は」
乙彦は呼吸を整えた。
「水野さんのことなんだがな」
「ああ、さっきたんの学校のことだよね。俺、そのことでちょっと伝えたいことあったんだ」
立村さえいなければベストタイミングだったんだが今更愚痴ってもしょうがない。乙彦は続けた。
「うちの学校の連中と今打ち合わせしているんだが、可南のほうで行き詰ってるみたいだな」
「うん、いろいろあるみたいだよ。けどなんとなくうまく行きそうな感じ」
「そうか、ただ顧問同士のやり取りを待っててもしょうがないからな。今考えているのが、非公式にどこかで集まって普通の高校生的のりでやりとりしたらどうだって話なんだがな」
「へえ、なんだろそれ」
雅弘が身を乗り出してくる。詳しく説明したいのはやまやまだが二階に立村を待たせている以上しかたない。あいつが帰ってから電話をかけるなり、試験が終わってから相談するなりしよう。
「今友だちいるからまた後で連絡するが、それでお前は」
「俺? 実はさ、おとひっちゃんにだけ伝えようと思ったんだけど」
少し溜めを置くようにして、
「けど、青大附高側がちゃんと動いているようでほっとしたよ。そうだね、今度おとひっちゃんがリードしてさっきたんを青大附高の生徒会の人たちに引き合わせてくれれば一番丸く収まると思うよ。さっきたんも、おとひっちゃん以外青大附高の人ほとんど知らないはずだから前もって会っておけば安心するし」
ずいぶんと雅弘は水野さんについて詳しい。当然といえば当然か。乙彦は時計を覗き込み話を打ち切ることにした。
「それじゃ、また後で」
「じゃあね、おとひっちゃん。俺もあとで電話するよ」
ちらと二階の窓を見上げるようにして、すぐにそそくさと走っていった。
──なんかあっと言う間に話がついちまったな。
あれだけああだこうだとタイミングについて迷っていたのに、気がつけばこんなあっさり片が着いてしまう。やはり直接顔を合わせて話し合うのが一番だ。それに雅弘も本気で水野さんのことを心配していたのか、ずいぶんと細かなところまで相談していたようだ。
──雅弘を含めずに会うという条件だけがな、どうだろう。
このあたりはきっちりと相談したほうがよさそうだ。あれだけ雅弘が水野さんのことを心配しているのであれば、偶然を装って顔を出したくなるのも当然のことだろう。ただ今回の場合は裏事情も関係しているので、できる限り雅弘からは距離を置いておきたい。自分の親友をありもしない間男疑惑の対象として、生徒会の奴らから見られるのはごめんだ。
母からさらに栗饅頭をもらい、急いで部屋に戻ると立村がじっとテープに聞き入っていた。皿に栗饅頭を盛り付け、差し出すと、
「ありがとう。けどそろそろ夕食もあるし、遠慮しとく」
穏やかに答えた。そのまま、
「せっかく友だち来てたのに、俺のせいで邪魔してしまったようで悪いな」
謝られてしまった。慌てて乙彦も首を振る。
「そんなことはない。友だちはこの辺に住んでいる奴だからあとからでも連絡いくらでもいれられるが、お前はなかなかチャンスがないからな。そりゃ最優先だ」
「誘いづらい、ってことかな」
「それもあるが、一番の問題は家の距離だろう」
「確かにそれはある」
くったくなく立村は声を挙げて笑った。珍しいことだった。ここまで楽しげに振舞う立村を見るのは久しぶり、いや初めてかもしれなかった。
「あまりにも遅くなる時は本条先輩の家に泊まることもあるけど、やはりある程度帰り時間は気にするよ」
「俺の家に泊まってくれてもいいぞ。たいしてもてなしもできないが食い物と風呂くらいは用意する」
「ありがとう。いつか頼むかもしれないな。いつか分からないけど」
また遊びに来る約束をした後、立村を送るため玄関で靴紐を結んでいると母が現れた。ビニール袋に茶色い何かが見え隠れしている。匂いで分かった、ドーナツだ。
「これ、さっきいただいたばかりなんだけど食べ切れそうにないから、持っていってね。うちのおとひっちゃんのこと、これからもどうぞよろしくね」
「ありがとうございます。いただきます」
そつなく挨拶を交わす立村に、乙彦はなにげなく手元の中身をのぞいた。白いグラニュー糖がまぶされていて、いかにも手作りの品とわかる。乙彦は何度もこのドーナツを食べたことがある。
「うまそうだな」
「父と分けて、いただきます。ドーナツってさ、火が油に入ると怖いからあまり作ったりしないんだ」
──自分で作るのかこいつ?
にこやかに振る舞い続ける立村を送り出しつつ、これ以上余計なことを母が言い出さないことを望んだ。冗談じゃない、まさかこのドーナツが、雅弘の母さんのお得意手作りドーナツなんてことばれたら、どういい逃れすればいいんだ。




