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13 年度末試験前(7)

 立村がこうもあっさりついてくるとは思わなかったけれども、もちろん嫌ではない。

 夏休みに一度、自由研究の中身を見せるために強引に引きずり込んだことはあったけれども、あの時よりは楽しそうに見える。むしろ乙彦が誘ってくれるのを待っているようにも、というのは勝手な思い込みだろうか。どちらにしても家まで自転車で乗り付けた後、母に一声かけて二階に立村をあげた。今日は兄弟ともにまだ帰っていないらしい。さっさとカーテンで仕切りをつくると立村はほっとしたようにかばんを脇に置いた。

「栗饅頭持ってくるからな」

 一年、クラスで顔をつき合わせてきて理解したのは、立村という人物が尋常ならざる人見知りの激しい性格だということだった。中学時代はピンポイントでの付き合いだったのでさほど気づくことはなかったのだが、他人の家で過ごすことをどことなく嫌うところがある。母が様子見に来ることに抵抗があるというのだろうか。礼儀正しく振舞うのはもちろんだがどことなく距離がある。そこんところが、ゆったり構えている片岡と違う。

 ──まああまり、今日のところはふたりだけでのんびりというのが一番だな。

 乙彦もこの一年で、自分ながらずいぶん丸くなったものと思う。


 階段を下りて、手のひらサイズの巨大栗饅頭を四つ皿に載せ、コーラを一本持っていこうとすると母がちらと上を見上げて、

「あのお坊ちゃん、夏休みに一度、いらしてくれたわよねえ」

 尋ねてくる。やはり覚えていると見える。

「ああ、来たことある。母さん覚えてたか」

「確か、お母さんが本当にお若いきれいな方だったわねえ」

 ──親がきれい?

 この辺はよくわからない。第一乙彦は立村の母と顔を合わせたこと自体がない。

「この前、父母会でねえ、まあきれいな人がいらして。わざわざ挨拶されてしまったわよ。まだまだ女学生という感じでね。もうたまげてしまったわよ。確か、立村さんとこの息子さんでしょ」 

 どことなく母の口ぶりには遠慮がちなところがある。

「立村はそうだけど親の話はしたことないな」

「それならいいけど、まあ、ちゃんとしなさいよ」

 ──何がだろう。

 持って回った母の口調に戸惑うところはあるが、要は食い物が用意できれば問題なし。乙彦は部屋に戻って、机の上に飲み物と栗饅頭をそれぞれ並べた。

「うまいぞ、食えよ」

「ありがとう」

 すぐに手に取り、ビニールを外してかじりつく。飲み物を飲みつつ一息ついた。


 カセット自体はティッシュケースの空き箱にたくさん詰め込んでいたこともあって、すぐ立村の目についたらしい。半分栗饅頭をかじったところで、

「もしかしてあれ、全部録音したものかな」

 問いかけてきた。さっそく一本手渡した。英語ではなく、ロシア語のものだったが。立村は手にとり、まじまじとケースを眺めた。

「ロシア語か」

「この辺では比較的はっきり声が聞き取れるんだ。日本語放送が中心なんだが途中からロシア語が混じることもある」

「聴かせてもらっていいかな」

 ラジカセを用意してさっそく再生した。流れてくる内容は取り立てて面白いものでもないのだが、その国独特の言葉の使いまわし……「○○通信によると」「信用できる情報筋から」など……が妙につぼにはまりふたり笑い合う。立村も笑顔で一本聴き終えた。

「関崎からいろいろ聴かせてもらっていたけど、確かに面白いな」

「次は中国、韓国それぞれいくか」

 テープを交換してみる。やはり日本語放送ばかりなのだが、東欧の放送局と異なって割りと軽めの音楽番組が入っている。視聴者の声を読み上げる番組も混じっているし、その国の流行歌、およびベストテンも流れている。

「ヨーロッパの放送局でやってるベストテンはよくテープ交換したりして聞くんだけど、アジアはあまり聴いてなかったな。そうか、こういう感じなんだ」

 日本の楽曲とは微妙なリズムや音色が異なっていて、その違いがまた面白かった。ひとりで聴いているよりも立村の素朴な感想がやはり、妙に受ける。

 一通り聴き終えた後立村は感心したように乙彦を見上げて礼を言った。

「関崎がここまで詳しいとは思わなかったよ。すごいもの聴かせてもらった。ありがとう。最近なんだよな、海外の放送局にはまったのって」

「そうなんだ。俺も今年の夏休みまではあまり興味なかったんだが、たまたま本屋で立ち読みしてたらBCLってものがあると知って、それではまったんだ。金もほとんどかからないし、せいぜいベリカードをもらうための受信報告書を書く程度の郵便代くらいですむ。本気でやるとなるといい短波ラジオが必要なんだろうが、俺にはそこまで手を出す気ないしな」

「短波ラジオ? そうか、中波だとどうしても限界があるってことか。電波を取り込むにあたっては」

 それなりに立村も理解しているらしい。

「ああ、AMラジオも悪くないがやはり、感度がきつい。もっと他の国の音楽や言葉を知るに当たっては短波が欲しいんだが高くて手に入らない」

「バイト代は?」

「学費に化けている。正直ぎりぎりだ」

「そういうことか」

 立村はしばらく乙彦のラジカセとテープを交互に眺めていたが、

「中古だと安いのいろいろ出回ってそうだけど、もし見つけたら教えるよ」

 さらりと答えた。

「今日聴かせてもらって思ったんだけど、なんか海外の放送局が日本と同じニュースを流すにしても、国によって全く内容が変わってくるんだろうなって気がしたんだ。うちの親たちにも前からそういう話聞かせてもらってたけど、今日腹の底から納得できた。ただ日本語放送だろ? 日本語で流すってことは日本に住む人たちになんらかの意図があって情報を流しているってことだろうしさ。なら、その国の言葉でどう案内しているかを知る必要があるのかなとか、いろんなこと考えたんだ」

「だが俺の頭では、英語もおぼつかない。他の国なんてわけが分からない」

「俺も似たようなものだけど、やはり直接その国の言葉で聴いてみたいってのもあるな。国の立場によって全然見方も変わってくるだろうし。そのあたりも調べてみたいなって思った」

 妙に立村は饒舌だった。合間に栗饅頭を平らげて、目を輝かせて、

「もう一本聴かせてもらっていいかな」

 乙彦にねだった。


 階段から声がしたのはそのタイミングでだった。

「おとひっちゃーん、雅弘くんが遊びに来たわよ、降りてらっしゃーい!」

 ラジカセにかじりついていた立村がはっとした顔で乙彦を見やった。明らかに動揺している。

「ちょっと待ってろ」

 さすがに今日、この場でふたりを鉢合わせさせる気はない。乙彦はカーテンから出てすぐ階段を駆け下りていった。


   

 

 


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