13 年度末試験前(6)
霧島の思いつめた表情を思い出すと、やはり何か一肌脱いでやらねばならない気にさせられる。
──俺の電話番号をわざわざ調べて連絡してくるくらいだ。相当追い詰められてるんだろう。
直接具体的な事情について問いただしはしなかった。かえって霧島も話しづらいだろうしそもそも乙彦は三角関係のごたごたに首を突っ込む気などない。親友である雅弘の件で多少ぴりぴりしてはいるけれども、所詮濡れ衣、霧島の勘違い、同時に立村の思い込みの激しさゆえのもの。ただ、立村の兄貴分にあたる本条先輩とやらには正直面白くないところもなくはないのだが。
──霧島もへまやらかしたことは重々承知の助ってとこか。それなら、俺なりに仲介工作でもしてやろうか。まあ立村が頷くかどうかはわからんが。
さっそく動くことにした。忘れぬうちに行動。これぞ大切。
次の日の放課後、乙彦はあえて立村を呼び止めることにした。試験前で部活動委員会活動すべてが停止されているこの時期だからこそできることもある。
「立村、悪いが」
「どうした?」
いつもと変わらぬ静かな佇まいで立村が立ち止まった。帰りの会を早々に終わらせさっさと廊下に消えようとしていたところだがそうはさせない。一緒に肩を並べて廊下端を歩いた。立村も歩き出した乙彦に歩幅を合わせ、嫌がるそぶりもみせない。
「ええとだが、試験準備しているか?」
「してるけど大変だね。全教科目を通すのはなかなかきついよ」
「俺もだ。昨日も市立図書館で勉強してたんだが、量が多すぎてどう覚えればいいのかわからない状態だ。それはそうと立村、お前、英語のヒアリングの練習はしているか」
まさかいきなり霧島の話を持ち出すのはまずい。思いついた端から尋ねていく。立村も乙彦の心中を察することなく少し考えるようにして、
「一応はしてるけど。英語のテープとか、学校の教材とか、ラジオとか」
「ラジオか!」
思わず食いついた。そういえば最近試験勉強に忙しくてBCLもご無沙汰だ。いつか立村にもBCLについて説明してやろうと思っていたのだが、ちょうどいいタイミングじゃないかとも思う。続けた。
「実は俺も、リーダーの読み書きなどはなんとかそれなりにやっているつもりなんだが、聞き取りだけがどうしてもうまくいかないんだ。発音をうまく聞き取れないというのかなんというのか、何言ってるのか全くわからないんだ」
「教材、何使ってる? ラジオ講座とかそのあたりか」
興味深そうに立村が問いかける。いいぞその調子だ。
「いや、そっちはどうも続かないんだが、最近は真夜中にラジオで英語の放送局を掴むことが出来るんでそれを録音してるんだ」
あまりうまい説明ではないが立村の興味を引くには十分のものだったようだ。声がかすかに弾んでいるようだった。
「ラジオで、英語の放送局? ああそうか、関崎BCLやっているって話してたよな」
「よく覚えてたな」
「だってさ、クラス合宿で」
すっからかんに忘れていたが一度か、立村にはBCLについて事細かに説明していた。ちゃんと覚えてくれていたのはありがたい。立村は穏やかな笑顔で答えを返してきた。
「あんな朝早く、わざわざラジオ用意して、電波を捉えるために外に出てってよっぽど好きでないとできないだろうなって思っていたよ。でも、アジア系の放送局が多いって聞いたけど」
「いや、電波が弱くてなかなか捕らえられない時もあるんだけど、たまに英語の放送局が流れてくることがあるんだ。それで耳慣らししようとしているんだが、やはり雑音がきつい。全くものにならない」
「それはそうだよ。言葉が聞き取れないんだったら日本語だってわけがわからないよ」
「やはりきちんとしたテープを買って特訓したほうがいいか」
生徒玄関を出て、自転車置き場までたらたら歩いた。昨日今日と春めいてきている兆しがあるがまだ手袋は手放せない。ただ自転車で通うことには不便などない。
立村が、ふと思いついたように尋ねた。
「その雑音だらけのテープだけど、関崎は録音してるの?」
「ああ。だがほとんどはアジア系で中国語韓国語ロシア語ばかりで試験対策には役立たない」
意識してしゃべっているわけではないのだが、立村が妙に興味津々といった顔で近づいてくるので乙彦もつい調子付く。嘘は話していない。BCLを始めてから最近は、電波を拾い受信報告書を書くだけにとどまらず、カセットテープで録音も試みている。クリアな電波が捉えられた時にはためらうことなく録音ボタンを押す。英語圏はほとんどないにしても、耳が外国語自体に慣れてきたような気がする。
「ただ日本語以外の言語を耳になじませるのは結構面白いな」
「わかる。いろいろなものが聞こえてくるからな。関崎、今度よかったらそのテープを聴かせてほしいな。俺も勉強用のテープだったら貸してもらって聴いたりするけど、生のラジオ番組はめったに触れるチャンスないしな」
見事食いついてきた。これはチャンスだ。乙彦にとっても。
「そうか、だったらこれから俺の家に来ないか?」
勢い、これぞ大事。立村が答える間も与えず、
「俺も一度、立村に外国の放送局テープを一通り聴いてもらって、どんなことしゃべってるのかとか教えてもらいたいと思ってたんだ。せっかくだしうちに来い。兄貴や弟はいるかもしれないがちゃんとカーテンで区切られてるから大丈夫だ。栗饅頭もうちに残ってるからそれでも食いながら、英語の勉強しようじゃないか!」
友だちを家に呼んで一緒に勉強、これは悪くない案だ。ましてや立村は一年A組英語科で一番英語のできる奴、そいつの知恵を借りるのは決しておかしなことではないはずだ。
「え、今から?」
「どうせお前も今日は自転車だろ。一時間くらいいいじゃないか。もしお前の父さんに文句言われそうだったら、うちの母さんに頼んで謝らせるから安心しろ」
大抵こういう時の立村は困りきった顔で俯き、迷いながら頷くことが多い。それでも無理やり引っ張っていけばそれなりに楽しい。様子を伺うと立村は腕時計とにらめっこした後、
「関崎が迷惑じゃなかったら、お邪魔してもいいかな」
しごくあっさりした笑顔で答えた。立村にしてはめったに見れない表情だった。
──ずいぶん今日の立村は明るいな。
予餞会前後の裏事情を知る以上あまりつっこみたくはないけれども、教室で見る限り立村の態度は普段通りかもしくはいつもよりも楽しげだった。吹奏楽連中を中心とする音楽愛好者チームと集っていろいろ語り合っている。その名残が乙彦と接している時にもあるのだろうか。まあいい、とにかく互いにいい気分で青大附属関係者のいない場所でいろいろ語ることができるのはありがたい。金もかからないというのがなによりだ。




