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13 年度末試験前(5)

 すでに事情はある程度把握している。ここは乙彦も無視するわけにはいかない。清坂や羽飛にも前もって頼まれていることでもあるし、ちょうど腹も空く昼下がり。

「とりあえず、外に出るか」

 下手に青大附属関係者に見咎められたらことだ。いくら大学図書館が充実しているからといって、青潟市立図書館に足を運ばないという保障などない。さらにこの霧島のしょぼくれた格好を見る限り、本人だってあまり観られたくはないだろう。

 ──俺も決して人のことは言えないがな。

 うなだれたままの霧島を促し、乙彦は階段を下りた。幸いふたりを知っている連中はほとんどいない様子だったのが幸いだった。外も日が当たってきたせいか来た当初よりはぬくもりもある。市立公園のど真ん中。ならベンチでホットドックにかぶりつくのも悪くない。ちょうどタイミングよくホットドックの売り子さんがひとり、あつあつのホットドックを一本百五十円で売っている。たっぷりマスタードをかけてもらい二本持ち帰った。ベンチでおとなしくしている霧島に一本手渡した。

「ありがとうございます。いただきます」

 小声で礼を言い、霧島はお上品にちびちびかじりだした。


 ──だがなんで、わざわざ俺に?

 霧島と新井林との恋いくさに割り込んだ立村が、はたしてどんな御灸を据えたのかは聞いていない。予餞会後立村には詳しいことを聞くすべがなかった。向こうも規律委員の活動が想像以上に忙しいらしく、ほとんど教室にいない。口実で逃げ出しているのかと思ったが規律委員の相棒である疋田も同じくせわしいようなので、かえって邪魔ができない状況だ。

「そろそろ中学も年度末試験じゃないのか」

「はい。なんとかなります」

 そりゃそうだ。学年トップなら。乙彦は重ねて尋ねた。

「俺の電話番号よく知ってたな」

「当然です。クラス名簿はすぐ手に入ります」

「誰が横流ししたんだ。立村か?」

「いいえ、僕が独特のルートで手に入れただけです」

 よくわからないが、クラス名簿がある以上霧島くらい聡い奴が見つけられないわけもない。こちらも知られて困るものでもない。

「だが、お前の先輩はどちらかいうと立村だろう。どうなんだ、あいつとは」

 黙りこくった霧島に畳みかけた。

「立村に言えないから俺に連絡してきた、というところか?」

 怒るつもりはない。たぶんそういうことだろうと予想はしていた。立村が一度切れたら第三者が止めるのも難しいということは承知していたし、目の前の霧島がこれだけしょんぼりしているところ見ると、よほどのことをしでかしたのだろう。

「僕のことを、立村先輩は誤解してます」

「本当にそうなのか」

 深い意味はなかったのだがかえって霧島を追い詰めてしまったようだ。顔を挙げようとしない。

「紛らわしいことを言ってしまったのは確かです。ただ、僕の伝えたいことと、先輩の勝手な思いこみで、行き違いになってしまって」

「それ立村にそのまま伝えていいのか? 俺はあいつと同じクラスだから、お前がそうしてほしかったら明日の朝にでもきっちり伝えるぞ。正真正銘の真実か?」

 いつもの霧島だったら当然のごとく噛み付いてくるだろう。一種の挑発だ。狐面の霧島がいきなりコーンと鳴いて天に駆け抜けでもしない限りは。

「もしそんなに立村へ謝りたいのだったら、俺ももちろん相談に乗ってやれなくもない。だがな、お前がやらかしたことはもう高校の人間にも伝わっていて、このままだと霧島、これから針のむしろだぞ。立村もそう簡単にはお前のことを許さないだろうしな」

 ここから先は少し当てずっぽだが、早いうちに釘を刺しておいたほうがいい。

「あくまでも噂だが、お前は佐賀の相手を俺の親友だと勘違いしているらしいとも聞いているんだが、それは絶対にありえない。身びいきだからじゃない。あいつにはちゃんとした本命の相手がいるんだからな。たぶん立村もそのあたりを見抜いてお前のことを叱ったりしたんだろう。要はお前が早合点したのが発端なんじゃあないのか?」

 霧島がはっと顔を挙げた。

「どうしてそこまで」

 まずい、しゃべりすぎた。しどろもどろになりつつ乙彦も答える。

「いや、俺はかつて水鳥中学生徒会の生徒会長だったからな。そのあたりのごたごたは多少知っているし、お前の気持ちも少しだけわかる。確かに雅弘は一時期佐賀に気があったらしいからな」

「やはりですか」

「誤解するな。要は一瞬の気の迷いだったんだ。それが証拠にごたごたのあとすぐ雅弘は本命の女子と交際を開始した。今でも細々続いている。そんな奴がまさか、佐賀に改めて手を出すなんて破廉恥なことやらかすわけがない。俺も一度はあいつを怒鳴りつけたことがあるが、、結局のところは濡れ衣だったと判明した。お前を責める権利はない」


 霧島はぽかんとした顔で聞き入っていたが、そっと首を振って立ち上がった。

「ごちそうさまでした。ありがとうございます」

 そのまま毛糸の手袋を丁寧にはめた。

「立村先輩にお伝えいただけますか。僕はしばらく高校には参りませんので」

「簡単なことなら伝えるが」

 じっと乙彦の目を見つめ、しばし沈黙した後霧島は、

「立村先輩の言う通りでした。先輩に許してもらえるまで僕は待ちます」

 そこまで一気につぶやき、うるみがちな眼差しのもと、

「それだけお伝えいただければ、たぶん先輩は理解してくれると思います」

 別れの挨拶を一方的にすませ、静かに背を向けた。


 

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