13 学期末試験前(3)
内川から雅弘の噂を聞くことはあまりなかった。乙彦の親しい友人程度としか認識していなかったと思うのだが、意外に雅弘は顔が広いものだと感心する。
「雅弘がか」
「そうなんですよ。いいですよねえ。関崎先輩は彼女いるんですか」
せっかく細かい内容を聞き出そうとしたのに内川は特にこだわるでもなく話を乙彦に持ってくる。喉が詰まって咳き込みそうになる内容だ。乙彦が答える前に外野もにやにやしながら様子を伺ってくる。
「そうだな。関崎くんは結構もてるんだろ? そんな感じするなあ」
「関崎、そう?」
片岡も乙彦のクラスにおけるおとなしい生活を知らないわけでもないだろうに、くったくなく問いかけてくる。
「同級生なんだからある程度は把握しろ。そんな華々しい噂などない」
「B組の人は?」
「やはり関崎先輩、彼女がいるんですね!」
みな好き勝手に乙彦の彼女が誰か彼かを予想したがる。片岡の言う「B組の人」とはとりあえず静内だろうが、それは安易な発想じゃなかろうか。見えないところでは多少のやり取りがないとも言えないが、少なくとも表立って特定の誰かと交際なんてことはしていないつもりだ。誤解はさせたくない。
「そんなことにかまけている暇なんて俺にはないんだ。今日はたまたま学期末試験の準備があるから生徒会に足を向けてないだけで、それ以外はめちゃくちゃ忙しいんだ」
「やはりお忙しいんですか」
拍子抜けしたように内川も肩を落とす。何を期待していたというんだろうかこいつ。
「とにかく、高校は彼女作りの場所じゃないってことは覚えとけ。気合が入るのはわかるがな」
勉学にやる気が出るきっかけとなるのであればそれもいいだろう。乙彦はあえてなあなあにして終わらせた後、
「片岡、こんな奴だがどうか最後まで面倒みてやってくれ。頼んだ」
空になった皿を前に片岡へ深く一礼した。
片岡と内川が部屋に篭った後、乙彦はテーブルを借りて自分のための勉強に専念した。今までなら桂さんとハリウッドバイオレンス映画のビデオににかじりついていられたが、今回の試験は進級出来るか否かがかかってくるかなり大掛かりなものだ。手を抜くわけにはいかなかった。桂さんも、
「じゃあお前ら、三時のおやつの頃には戻ってくるからまじめに勉強しろよ!」
用事を見つけて外に出て行った。大人がいないのはやはり気が楽だ。桂さんのような気の置けない人であっても、やはり疲れる時はある。
籠に山盛りの温州みかん。まだジンギスカンで腹が満たされているので手を伸ばす気にはなれない。英語のリーダー問題集を開いたままふっと息を止める。
──雅弘が、水野さんと歩いていたのか。
予想できないわけではない。
雅弘は高校進学してからも水野さんに対して事細かな気配りを続けていたではないか。
嫌いであれば決してできないことだろう。
自校の学校祭に招いたり、ことあるごとに相談に乗ったり、乙彦を呼び出して三人で話し合いをさせたり。雅弘の手に余るようであれば乙彦の助けも求めるくらいだ。内川が言うまでもなく雅弘の気持ちはまさに透けて見える。
水野さんもそれは同様だろう。何も嫌いで別れたわけではないのだ。どこかの三角関係の余計な一投として扱われるような存在ではない。
乙彦は問題を一問写し取った。
──なんだかあの本条とかいう人に雅弘をさんざんあげつらわれたわけだが、こんなのあっさり裏が取れる。俺の思い込みとかふざけたこと言われたがそんなことはないぞ。俺だけではない、内川がちゃんと目撃しているんだからな。佐賀にちょっかいかけているなんて、百歩譲って初期の頃ならともかく今だに引きずるわけがない。第一もし知られていたらあの新井林が雅弘を生かしておくわけがない。
乙彦からしたらどの方向から見ても雅弘は潔白としか思えないのだが。
──だが、あの時にありもしないガセネタを広められたわけだから、俺としてはきっちりとそれがありもしないデマなんだと証明する必要は絶対にある。
となれば何をすべきか。答えはひとつだ。
──試験が一段落したら、雅弘と水野さんを呼び寄せてうちの学校のとんでもないガセネタをぶちまけて、無実の証明をするため相談しよう。嘘で塗り固めるならまずいが、こちらは正しいことをきっちりと正しいと言うわけのことだしな。
ここまで考えたところで、つい目の前のみかんに手が伸びた。皮が指で気持ちよく裂けるのが心地よい。白い筋がついたまま一気に口へ放り込んだ。
──だが、水野さんには言うべきではないだろう。雅弘には話すにしても、やはり別の女子と揉めているなんてことを伝えたら水野さんは傷つくだろう。その辺もせっかくだし雅弘と相談したほうがよさそうだ。
勉強に集中しているうちに、片岡と内川が仲良く部屋から出てきて、みかんをすぐに手にして食べ始めた。休憩時間か。
「桂さんまだ帰ってきてないね。少し休んだらまた始めようか」
手綱を緩めていない片岡に、内川は相変わらずの笑顔で頷いた。




