13 年度末試験前(1)
予餞会が拍手喝采の嵐で幕を下ろし、そこからすぐに年度末試験準備に入る。全科目の勉強が必要というのもあるがなによりも、
──留年。
という恐ろしい現実から逃げねばならない。青大附高の場合通常の試験であれば赤点とってもせいぜい追試が関の山だが、年度末試験に関しては点数が取れなかった場合「再追試」さらには駄目押しで「再々追試」が行われる。これだけしつこく行う理由はひとえに、
──留年生を出したくない。
との先生方の親心なのだが、実際それで潜り抜けられなかった場合は致し方なくもう一年過ごさざるを得ない羽目になるわけだ。実際、他クラスでも何名か留年生がいると聞く。
「留年はしたくないよね」
生徒会も試験前一週間は強制的に休みとなる。他の学期であればまた別だが、年度末試験だけはどんなことがあっても獲らねばならないもの。かくて部活動もほぼ同様の扱い。
「確かにな。俺もしばらくは行事続きで忙しかったから頭が鈍っているかもしれない。どう思う名倉」
「俺はあまり生徒会に深入りしてない」
──深入りしてくれよもっとな。
会計というポジションは異質なところがあり、ある意味名倉の個人作業に任せられているところがある。しかも適性がぴったり合ったのか、名倉の仕事振りには誰も文句のつけようなどなかった。口うるさい難波や羽飛も特に突っ込むことなどない。
ただ、しかし。
ひさびさの「外部三人組」での放課後図書館勉強タイムで和やかな時を過ごしながら乙彦は思う。
──予餞会二次会にせめて、名倉がいてくれたらなあ。
カラオケボックス内で締められた話題を、名倉と共有することができないのが残念至極だ。外部生が自分しかいない環境がいかに心細いものなのか、あの時いやというほど思い知った。
「関崎どうした。まだ問題集一ページも進んでないぞ」
「疲れているんだ」
名倉と静内がとつとつと話題を紡いでいる中、乙彦は数学問題集の等式を紐解きつつ、心中で大きな吐息をついた。
──雅弘、水野さんにどう伝えればいいんだ。
今だ、全く、動いていない。
完敗、とか言えない、予餞会二次会でのひと時。
もう一週間以上経ったというのに乙彦にはまだやけどの火ぶくれ状態のような何かが気持ちに残っていた。
理由は分かっている。あの先輩だ。
いや、先輩という言葉がまどろっこしい。
──本条里希 元青大附中評議委員長。まさしく伝説のナンバーワンだった人。
たかが一切しか違わないのになぜああも圧倒されてしまったのだろう。
さんざん満座の中でせせら笑われ、論理がなってないと蔑まれ、最後まで「関崎くん」と「くん」付けで通されて、最後はあきれられ。
──俺のどこが論理的でないっていうんだ!
数日間は腹の煮えくり返りをどう処理すればいいか分からない。もし誰かにぶちまけられる話であればたとえば名倉とか、藤沖あたりにでも、
「何様のつもりなんだあの本条って奴は! たかが俺と一年違いなだけで、しかも青潟東に行ってる他高校の生徒なのに、なんでああも口出ししてきやがるんだ、ざけんなよ!」
くらい文句言いたいところだった。いや、藤沖はあれでも元生徒会長だから無理だとしても、せめて名倉あたりならば同じ外部生のよしみで理解しあえたんじゃないかとも思う。そもそも名倉は本条先輩なる存在自体、知らないのではないか。
──だが、あの部屋にいた連中だけの秘密となれば、必然、名倉には言えない。
乙彦に強制的に課せられた、「可南女子高校の生徒会長と二人でお茶しているところにわざとらしく生徒会メンバーが割り込んで、雅弘と彼女との仲が真実か否かを追究する」とかいう信じ難いミッション、これをどうやり遂げろというのか。
──俺に友だちを裏切れってのか。あいつは!
もし乙彦が内部生であれば「先輩」と呼ぶのもやぶさかではない。しかし、心の中では許されるだろう。断じて、あいつを、乙彦は自分の「先輩」として崇めることはない。たとえ結城先輩の愛弟子でかつ、立村にとっての完璧な偶像だったとしても、だ。
──立村にもこの事実を教えるべきじゃないか。
きざすものも確かにある。納得いかない指令をやり遂げねばならないという現実、その中の登場人物である一人、立村に本来であれば事実を伝えて今後の行動を思案したいところもある。だがそれすら許されない。本条先輩……成り行き上やはり表向きは呼ばねばなるまい……の言い草だと、
「俺の弟分には自分から伝える」
つもりでいるらしい。人見知りしやすく本質的には内気な立村が、横紙破り上等な本条先輩にあれだけ懐いているのか、その理由も何度考えてもたどり着けない。もしかしたら都合いいように丸め込むつもりなのではないかとすら疑いたくなる。
──今はまだ、年度末試験が控えているからなんとかごまかしも聞くが、これからどちらにしても雅弘と水野さんに事実を伝えねばならない。どうすればいいんだ、俺は。
「関崎、どうした」
連続してため息をついているのを不審がられたのだろう。名倉に怪訝な眼差しで射られた。
「たいしたことない。疲れてるんだ。今だに予餞会の疲れが取れてない」
「重症だな」
「でもわかるよ。今回は評議委員会自体で手伝うことなかったからノータッチだったけど、やっぱりよかったよ」
静内がいつものさっぱりした笑顔で語りかけてくる。なぜかほっとする。
「先生たちの劇がか」
「それもあるけど、全体としてバランス取れてたし、イベントもこういっちゃなんだけど学校祭みたいに無茶な番組じゃなかったし」
「いや、一番無茶だったのが先生たちか」
ふきだす静内は声を挙げて笑う。同時に周囲の視線がきつくなる。慌てて声を潜める。
「うちの担任が悲劇のヒロインだもんね。てっきりどうなるかと思ったけど。うわあ、なんか不覚にも涙が出たよ。特に肥後先生がラスト近くに『我が名はローエングリン!』って名乗るところ。受け狙いでやってるんじゃないんだってことがどの場面見てても伝わってきて、なんか本物の演劇見ているような気分になったよ」
「俺もそれはわかるような気がする」
あきれてうんざり顔しているんじゃないかと予想していたがさにあらず。乙彦の感想に若干近いところもある。
「うちの担任もね、想像してたより歌もうまいし、妙なところでクラス一丸マイナス一って感じになったな。クラスの居心地はよくなったしそういえばこの学校って演劇部がないんだよね。担任を顧問にして作っちゃえばいいのにって思ったよ」
──静内もそれなりにクラス内で楽しんでいるだな。
外部生でありながらいつも一線引いて過ごしてきたようなところのある静内だが、目の上のたんこぶだった清坂が円満に一歩クラスから退き、野々村先生の名演技もあいまって現在はまとまりのあるクラスに育ったということだろう。
「だが四月にクラス替えだ」
名倉がさらりと釘を刺す。
「あっそうだ。でも今からそれも楽しみ。関崎みたいに三年間同じ奴と顔合わせなくてもいいし」
「嫌いな奴と別れられればいいがな」
いつのまにか問題集よりもクラス替えの話にそれていく。英語科の乙彦には関係ないことだった。




