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2 新春冬期講習(1)

 冬期講習の参加者は少なく、それでもレベル差がはっきりしているせいか無理やり教室を分けられている。そのためいつもの外部生同士で集うことになり同じクラスの連中とは顔をあわせることもなかった。

 さらに今回はなぜか静内・名倉ともに不在という有様だ。ふたりとも親に連れられてそれぞれ長逗留するとのこと。最初やる気まんまんだった自由研究も互いの予定を付き合わせると無理があるということでお流れになってしまった。乙彦よりも残念がっていたのが静内だが、自業自得と言い聞かせて送り出した。

 ──おとっつあんおっかさんの手伝いが最優先だもんな。

 麻生先生の言葉が耳に残っている。勉強一筋ではないということか。


 他の外部生とも会話を交わし講習を受け、その後まっすぐ乙彦が向かったのは生徒会室だった。二年、三年の先輩たちもやはり帰省に関係してか全く姿を現さない。誰もいないかと思いきや鍵は開いていて、清坂会長と羽飛副会長が仲良く弁当を食べていた。ちらと覗き込むとふたりとも同じ造りの中身だった。

「関崎くんだ! あけましておめでとう!」

「ああ、今年もよろしく」

「お前さんもな、ほら、食うだろ。こっち来い」

 ずいぶんと静かな生徒会室だがしゃべることには事欠かない二人らしく、まだ弁当箱の中身は半分しか減っていない。乙彦も今日は握り飯にから揚げとブロッコリーを持たされている。どうせ生徒会室で食べるのならばと母が用意してくれた。

「今日はこれだけか」

「悪いなあ、そうなんだ、今日はこんだけだ」

 羽飛が笑いながら煮っ転がしを突っつく。乙彦の弁当……別タッパーに押し込まれたから揚げ……を見つけて物ほしそうに見つめる。

「一個食うか」

「サンキュー、ありがとさん」

「貴史! あんた品がないって言われるよ! それとあんたさ、なんでいつもちくわ残すわけ? しんじらんないこんなにおいしいのに!」

「しゃあねえだろ。俺の腹に文句言ってくれ」

 そう言い返しつつも羽飛はちゃんとちくわも平らげた。

「関崎くん、今日から講習ってことはバイトも?」

「いや、バイトは三学期始まるまで休みなんだ」

「じゃあ少しゆっくりできるね」

 清坂もあっという間に弁当を平らげ、蓋を閉めた。

「さーてと、今日は三人だけかあ、ね、関崎くん、今日立村くん来てた?」

 いきなり問いかけてきた。乙彦よりもこのふたりの方が詳しそうな気もするのだが答えておいた。

「いや、来ているかもしれないが教室が違った」

「そうか、立村くん理系の勉強は全部個室でやってるかあ」

 すぐに気がついたのか清坂は頷いて、羽飛に話しかけた。

「難波くんと更科くんはそれぞれ用事があってあさってからだよね学校に来るの」

「らしいぞ。あとの面子もほとんど参加しねえだろ」

「立村くん来てるはずだよね。あとで靴箱見てみよっか。初詣以来だよね会うの」

 話の様子からすると、すでに清坂と羽飛は立村と一緒に初詣へと出かけたようだ。ちゃんと年始の挨拶も済んだと見た。


「せっかくだし、関崎くん、ちょっと立村くんのことで話したいことがあるんだけどいい?」

 しばらく年末年始の過ごし方についてだらだらしゃべっていたところで、清坂が切り出した。

「今日三人しかいないからなあ、いい機会だろ」

 羽飛も了承済みらしく、清坂の腕を指先でつついて促した。なんだかいやな予感がする。夏休み前に刷り込まれた記憶からだろうか。理由つけて逃げ出したくなるが無理だ。ふたりの穏やかながらもまじめな視線から抜け出せそうにない。

「ああ、なんだ?」

「もう去年のことになるんだけどね。私が言ったこと覚えてる?」

「何をだ」

 用心、用心。羽飛もいるし妙なことは言われないと信じたい。

「立村くんのことなんだけど、様子が変だって関崎くんも思ってたでしょ。そのことの続き」

 ──そっちか。助かった。


「あの時私も裏づけ取ってなかったから言えなかったことなんだけど。貴史、言っちゃっていいよね」

「そうだな。先手を打っとく必要あるわな」

 このふたりは確認しあってから乙彦に説明しようとする。一心同体だ。

「実はね。中学で起きたことなんだけど噂でもう聞いてる?」

「聞いてないが。何かあったのか」

「うん、実はね」

 言葉を選ぶようにして清坂は指先で何度も机を叩いた。

「杉本さんがまた、学校で問題を起こしてしまったらしいんだ。あの子が悪いんじゃなくて巻き込まれたというのが本当のとこなんだけど。それでまた立村くんが突っ走らないかどうかって、心配なんだ」

 遠慮がちに説明した。目の前に巨大な葉牡丹の花が膨らんでいくのを見たような気がした。

「問題とは?」

「詳しいことは私も把握できてないんだけど、関崎くんは佐賀さんって知ってるよね。青大附中のひとつ前の生徒会長やってた子。あの子と杉本さんとがあまり仲良くなくて、学校側も佐賀さんをひいきしていて、いろいろあって杉本さんは傷ついているのよ」

「まあ自業自得といえなくもねえがな」

 羽飛の頭を平手で叩き清坂は続けた。

「終業式で佐賀さんが何かの理由で表彰されたことに対して、杉本さんが全校生徒の前で抗議して、結局論破されちゃったっていう、一言で言えばそういうことなんだけどね。細かく聞いてみると杉本さんの方にも理屈はあって、間違っているわけじゃないのかなという気はするの。でも、過去三年間いろいろあったのと杉本さんが悪気がないのにもともと敵を作りやすい人ということもあって、辛い思いを今してるみたいなの」

「いや、誰もが同じ対応すると思うぞ。我らがひしもっちゃんが変人なだけで」

 言い終わるや否や羽飛が「いてえ!」と叫ぶ。蹴られたに違いない。

「中学で起きたことだし私たちが口を出すことじゃないんだけどね。ただ、立村くんは心中穏やかじゃないと思うの。絶対に」

「確かになあ」

 今度は羽飛に制裁が飛ばなかったらしい。そちらにまずは安心した。


 あの葉牡丹の少女。

 夏休み前の視聴覚教室で偶然見かけたのと、学校祭の学内演奏会でその寝顔をちらと覗いたこと、それだけだった。立村の側に寄り添っていた。もう乙彦へ伸ばした腕は、立村が受け止めているのだろう。


 清坂は羽飛と何度も確認しながら語り続けた。

「立村くんの性格は私たちも三年間一緒だったからある程度はわかっているつもりなの。今回は特に杉本さんが学校から制裁されたわけじゃないし、むしろ気持ちがわからなくもない内容だからそれほどではないと思うんだけど、もし状況が変わった場合立村くんがまた、とんでもない行動に出るんじゃないかってことが私たち心配なわけ」

「とんでもないってなんだそれは」

「たとえば、いきなり杉本さん連れ出して汽車で駆け落ちしようとしたりとか、卒業式に乗り込んでいって馬鹿なこと口走ったりするとか、全くありえないことではないからなおのことなの」

 ──卒業式で公開告白したとか聞いたな。

 古川の言葉を思い出す。大げさな表現と思っていたがやはり本当だったのか。

「もちろん立村くんも馬鹿じゃないから、常識的に判断できるってのはわかってる。けど、いったん火が付いたら止められないのも立村くんなの。特に今の立村くんはいろいろと厳しい状況に置かれているし、これ以上マイナスになることさせたくないの」

「お前たち立村とはかなり親しいはずだがそれ伝えたのか?」

 乙彦が問うと、羽飛は乙彦に身をかがめるようにして訴えた。

「三年間それしてきたんだが、なかなか大変なんだよこれが。俺も同じクラスならもう少しなんとかできることもあるけどなあ、やっぱクラス違うとどうしようもねえよ」

「そうなの。今までは私たちが同じクラスにいたからいざとなったら身体張って立村くんを助けに走ることができたの。ね、貴史!」

「そうなんだよ。関崎、わかるか。これな、同じクラスにいるいないの差はやっぱでかいんだよなあ」

 羽飛と清坂はふたり、しっかり乙彦に向き直り、

「無理は言わない、ただ、もしもね、立村くんが妙なことしでかしそうになったらお願いなんだけどまず私か貴史に知らせてほしいの。私たちは立村くんのつぼみたいなところわかってるから、できるだけ早い段階でなんとかする。けど、いっつもそうなんだけど、手遅れで取り返しつかないことが多すぎるの!」

「関崎、お前もぴんとこないかもしれねえけど、あえてお前を見込んでの頼みなんだ。俺も美里も、もう神経ぴりぴりさせて胃薬飲むような生活耐えられねえんだよ」

「貴史、あんたいつ胃薬飲んだ? メーカー言ってみな!」


 途中ふたりのかけあい漫才に切り替わる中、乙彦は伝えた。

「わかった。よくわからないが立村については気を配っとく」

 ──やはり、何かが動いているということか。



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