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1 水仙の白き花(5)

 歌いまくる気にもなれず三人でだべっているうちにやがて時間が来て外に出た。

 雅弘がいるだけであっという間に時が過ぎる。

「それじゃ、さっきたん、また電話するね」

「楽しかったわ、ありがとう」

 結局一曲も歌うことなく水野さんが白いコート姿のまま去っていったのをなんともなしに見送っていた。日が落ちるのが早すぎる。四時半まわるかどうかというのにもう影がくっきり出始めている。

「そろそろ帰らないとな」

「そうだな」

 男ふたり、バスに乗り込み空いている席に着いた。三が日最終日ということもあってかそれなりに席は埋まっていた。その一方で最奥の長いすはゆったり座る余裕がある。

「さっきたんと話せた?」

 雅弘の問いには事実を答えた。

「事情は把握した。大変だな」

「だろ? 俺も最初聞いてびっくりしたけど」

「何をすべきかがまだ見えていないみたいだな」

 あえて三人で居る時は話さなかったが、乙彦からすると水野さんがこれから先何をしたいかが見えないと手を伸ばせそうにないという辛さがある。

「どういうこと?」

「つまり、水野さんの周りにいる生徒会役員たちが好き放題しているだけで、ひとり傀儡扱いされているようなもんだ。もちろんがらっと変えることも出来るだろうが、肝心の水野さんがあれだけ孤独だとどうしたものかと思う」

「同じ学校だったらさ、俺もなんとかできるかなって思うんだけど女子高だしなあ」

 そうなのだ。乙彦ももし自分が可南の生徒だったとしたらためらうことなく生徒会室に乗り込んで怒鳴り込んだり果たし状突きつけたりするだろう。

「おとひっちゃん、俺、あまり生徒会のことってよくわかんないんだけどさ」

 ジャンバーのチャックを襟元ゆるめつつ雅弘が尋ねる。

「青大附高の生徒会って交流活動してるのかな。ほら、水鳥中学と青大附中の評議委員会みたいに」

「まだ詳しいことは聞いてない。一応渉外はいる」

 難波である。

「渉外ってなにやるの」

「他の学校の交流活動を主に仕切るんだ。たとえば他の学校の学校祭に挨拶に行ったりそれこそ何か手伝ったりとかな」

「そうかあ。副会長ってそういうことはあまりしないのかなあ」

「しなくはないがやはり専門の役付がいる以上は口出ししないだろう」

 あてずっぽで言ってはみたが、まさかすべて難波が切り盛りするとも思えない。

「じゃあ、俺、今適当に思ったこと言っていいかな。ほんとに、ちょこっとだけ」

 雅弘は唇をかみ締めるようにして、頬を真っ赤にしたまま俯きつぶやいた。手袋を脱いでぎゅっと組み合わせた。

「何でも言ってみろ」

「あのさ、可南女子高の生徒会と青大附高とで交流活動、無理かな」

 遠慮がちに、完全茹蛸状態で雅弘は言葉を搾り出した。


 ──俺もそう思っていたんだが。

 同じことを考えていたとは、さすが親友。以心伝心だ。

 口に出すのはやはりまだ早急か、と控えていたのだが雅弘の言う通りベストな方法はまさにそれじゃないかと思っていたところだった。

「無理とは言わないが、現段階で即答は難しい」

 あえて控えめに告げた。

「俺もそれが一番いいと思っているんだが、まだ青大附高の生徒会がどこまで活動していいものかを把握しきれていないんだ。まあ、かなりやりたい放題させてもらえそうな感触は確かにあるんだが、副会長の俺ひとりで決めるのはまだまずいだろう」

「そうだよね。俺の先走りだよな」

「そんなことはない。俺も同じだ。休み中に生徒会合宿もあるしその時に提案してみてもいい。一年しかいないし話自体は持ち出しやすいだろうな」

「チャンスは、あるんだよね」

 横目でちろと見つめる雅弘。やはり心配なんだろう。

「ただ、可南女子高側がそれを望んでいるかどうかが疑問なんだ。水野さんと俺たちは中学の同級生だから比較的連絡は取りやすい。たぶんうちの生徒会も交流そのものにノーは出さないと思う。だが向こう側が、どう出るか。水野さんがそれ望んでいるかだ」

「そっか。さっきたんがどう思ってるかは大切だよな」

 しばらく雅弘は両手に顎を乗せ前かがみで考え込んでいた。かばんを膝に乗せ腹で支えるようにして、

「まだ休みもあるし、俺もさっきたんに連絡してみる。その上でよさそうだったらおとひっちゃんにも伝えるよ。最終的には生徒会同士でのやり取りになると思うけどね」

 決意したように頷いた。


 ──雅弘はやはり。

 バスから降り、佐川書店の前で挨拶した後ひとり、乙彦は青く薄暗い空を眺め雪を踏みしめた。幸い雪は降らなかったので滑らずにすみそうだ。

 ──学校が離れたからといって無理に別れる必要などなかったんじゃないか。

 互いの気持ちがまだつながっている中、もう一度拠りを戻してもいいような気がする。乙彦とふたりで生徒会の話をしている時と、雅弘のいる時とではあきらかに水野さんの笑顔にも差があったし、隣り合いささやき合う姿には乙彦の割り込めないものが見え隠れしていた。

 中学二年から三年にかけ、雅弘は水野さんの一途な想いを受け入れた。本当はそれこそ噂となった佐賀はるみ元生徒会長への気持ちも存在していた可能性もゼロではない。曖昧模糊な感情を否定はできない。たとえ新井林の彼女だったとしても気持ちが動くのはどうしようもない。危うく路を踏み外しそうになりはらはら見守っていた乙彦だが、結局水野さんの手によって雅弘は救われた。他の男子の彼女を略奪するとかそういうのではなく、単に新井林を手助けしたいという佐賀の気持ちを理解し協力していただけのこと。単純明快な事実だった。そうでなければ新井林も、いまだ雅弘と会いたがったり話したがったりはしない。


 道端、雪がこんもり積もった庭の陰に白い花が咲いていた。雪が真っ黒くはね散らかしで汚れていてお世辞にもきれいな場所ではない。その中で中が黄色く外は真っ白い、まっすぐな花が一厘すっくと立っている。家にたどり着いた頃にようやくかすかに細かな雪が注ぎ始め、その花を揺らしていた。

 ──合宿まで、あと何日だ?

 カレンダーを確認しよう。乙彦は玄関に飛び込んだ。 

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