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9 予餞会前日(2)

 放課後はさすがに暇などなかった。生徒会室に篭る連中および職員室で内輪の諸事情について相談する一群、などなどいろいろだった。乙彦はとりあえず予選会当日のタイムスケジュールを確認するため体育館に陣取った。

「例の件は八時からだな」

「そう聞いてます」

「了解だ」

 二年の先輩たちに暗号じみた言葉をかけられる。夜八時から一部の予餞会実行委員および規律委員数名が見守るなかセミナーハウスで「ローエングリン」リハーサルが行われる。本来であれば体育館で行うべきところだが、やはりばれてはまずいし生徒たちのイベントだって相当力が入っている。景品も用意されているとかいないとか。


 タイムスケジュールを大まかに掴み、司会を務める放送委員とタイミングを打ち合わせ、吹奏楽部の連中の練習を様子見したりしている間に気がつけばもう五時を回っている。生徒会室に戻ってみると泉州と阿木、名倉の三人がひっきりなしに訪れる各委員たちからさまざまな頼まれごとをしているようだった。

「どうした」

「会長さんたちがみんな先生たちに呼び出されてったから私たちが留守番」

「でも楽よ。私たちわっかりませーんで通せるから」

「用件だけ言ってさっさと帰ってくれるから助かる」

 なるほど、確かに清坂・羽飛のふたりがそろっていたら無理難題を吹っかけられたり居座られたりして大変だろう。今残っている三人はさほど顔が売れているわけでもないので、知らぬ存ぜぬで通すことができるというわけだ。


 しばらく四人で好き勝手にしゃべるうちに清坂が戻ってきた。おつきの羽飛も、難波も更科もいなかったが代わりに南雲がくっついてきた。

「うわあ、南雲くんどうしたの?」

 露骨に声を華やがせる阿木に愛想良く笑いかけ、南雲は清坂に、

「あれれ、やっぱいないっかあ、りっちゃんは」

 心持がっかりした口調でつぶやいた。

「規律委員なんだから生徒会室に来るとも思えないけど、でも変ね。立村くんの性格上すぐにセミナーハウスに向かったと思ったんだけどね」

「俺もそう思っててさ。いろいろ打ち合わせようと思ってたんだけどなあ」

 ふたり、目の前に乙彦たちがいることを無視して語り続けている。相変わらず南雲の態度はいかにも女子受けしそうな適度な軽さを保っている。次期規律委員長がほぼ確定で、今回の教師劇団提案も実は南雲の提案らしいという噂もちらちら聞こえてくる。立村もおそらく巻き込まれたのだろう。結果、あのウェディングドレスと指が血だらけといった有様。お疲れ様の一言につきる。

「でも八時からでしょ、例のリハーサル」

「まあね。さすがにその頃には戻ってきてくれるだろうしまあいっか。それじゃあ俺もそろそろセミナーハウスもどるわ。もう今超修羅場」 

 ──修羅場だろうそりゃ。

 用が済んだのか南雲はさっさと生徒会室から出ていった。はたして南雲の仕掛けた教師劇団の「ローエングリン」が生徒たちの冷ややかな目線にさらされるのか。なぜそんな奇妙な提案をしたのか、非常に気にかかる。一通り予餞会が片付いたら立村経由で詳しい話を聞いてみよう。


 生徒会役員たちはあえて怪しい「ローエングリン」のリハーサルに参加しない方針でいた。できるだけ内緒にしたいという先生たちの恥じらいを大切にしたいという清坂会長の意見と、

「できるだけ醜いものは見たくない」

 とする役員たちの意向もあった。やはりちらとみた限りだと、先生たちのやる気が溢れているのだけはよくわかるしありがたいとも思うのだが、実際舞台にあがるとなんだか白けてしまいそうな気がしてならない。特に今年卒業の三年生は結城先輩を代表とする、自分らでオリジナルの舞台イベントを作り上げてしまえる能力の持ち主と聞く。その三年生たちがはたして、受け入れてくれるものだろうか。

 ──先生たちの努力が空回りしているのだけは見たくないよな。

 なんとなく同情めいたものを感じてしまう。それが伝わるのもやはり避けたかった。

「じゃあ、私たちはこれでそろそろ上がろうか! 明日は最初の挨拶が終わったら袖幕で観てようね! たぶん私たちなんもやることないよ。実行委員の先輩たちが全部手を回してくれてるしね」

 一通りやるべきことが片付いたところで清坂が締めの言葉を放った。いつのまにか羽飛たちも戻ってきていて、訪れる生徒たちもほとんどいない。みなほっとしたように伸びをしてあっという間に身支度を整え、先にD組女子ふたりからさっさと姿を消していった。

「俺たちも行くか」

「そうだな」

 乙彦も本当はすぐに戻りたかった。内川の様子を伺いたいというところもあったのだがさすがに今日は無理だとわかっていた。それに、

「これが終わったらそろそろ静内誘ってなんかやろう」

「なんかというとあれか」

「そうだ、関崎の大好きなあれだ」

 マイクを持つまねをする。しばらくカラオケには行く暇がなかったし、次の週を回れば今度は期末テストが襲ってくる。タイミング的にはちょうどいいだろう。

 適当に挨拶して生徒会室を出た。まだ清坂を始めとする元評議委員上がりおよび羽飛は残るらしく、しっかりテーブルに向かいお茶を注いでいる。

「関崎くん、もう帰るの」

「悪い、明日は早く来る」

「うん、じゃあ明日ね」

 軽く手を上げて名倉と一緒に外へ出た。とりあえずは明日、ひとがんばりしよう。


 名倉と自転車置き場で分かれ、乙彦が校門前まで漕ぎ出した時だった。

 ──なんだ?

 一瞬ブレーキをかけそうになりあせった。髪の毛をひとつに結った女子とその後ろに背を丸めて歩いている男子がひとり。ゆっくり自転車をこぎながら近づこうとして、やめた。かすかに揺れているその背中、時折目をこする手つき、すべてにおいてつながらないものを感じたからだった。

 ──おい、まさか。

 自転車を止め、しばらく乙彦はそのふたりを見送っていた。横顔を覗き込んでもいけないような気がした。一度でも顔を見れば絶対に忘れない乙彦の認識力を省みれば、そこにいるふたりが誰なのかは疑うまでもなかった。

 

 ──けどなんであのふたりが?

 男女のカップル、青大附属では決して珍しいものではない。

 だがしかし、あのふたりの組み合わせは、ありえない。

 葉牡丹の花と、白狐と。

 ──泣いてたんじゃないか。

 女子の表情は伺えなかったがすっと背を伸ばし堂々と前を進んでいる。

 その陰でひとり、うな垂れている男子がひとり、とぼとぼ歩いていく。

 ──どうした霧島。


 目撃したのは自分だけだろう。それが救いだった。あえて頭から霧島の惨めな姿を取っ払い乙彦は急いだ。早く家に帰って内川に電話しなくてはならない。片岡が面倒を見てくれていることは知っているがやはり、水鳥中学生徒会の先輩としてすべきことがある。

 

 

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