8 青大附高入試(4)
難波と更科のふたりを除いて、生徒会役員が一通り揃った。
「あのふたりはね、例の件で一生懸命動いているからさぼりじゃないよ」
清坂が説明する中、予餞会の仕切りおよび内密に進んでいる教師劇団の練習状況、および予餞会実行委員会を始めとする他委員会たちのタイムスケジュールなどを確認し合った。
「とにかく秘密にしとかねえとなってのが先生一同の強いお達しってわけなんだがな」
小声で羽飛がささやく。見たところあまり人はいない。せいぜい大学生くらいか。
「いつの間にか情報が漏れているらしいんだな。どこからだかわからんが」
「俺たちではないぞ」
釘を刺しておく。断じてそれはありえない。
「そりゃ当たり前だろ。関崎、お前疑ってどうするよ」
「別のルートか、もれたとすれば」
「もうやめようよ。うちらだけじゃないじゃんよ。ほら、規律委員会だって関わってるわけだしうちの学校の生徒ひとりも知らせずにやるなんてこと常識的にできるわけないって」
泉州が割って入って事なきを得た。
「とにかく、あと三日。終わったら卒業式準備と交流会ね。できれば交流会は春休みにやりたいんだけど間に合うかなあ。可南女子高から返事まだ来ないみたいだし」
──ちゃんと水野さんに連絡が入っていればいいんだが。
聞きたいのだがしつこく思われるだろうか。やはりここは雅弘に頼むしかないだろう。
一通り話し合うことはまとまり、さっそくランチタイムを早めに始めることにした。すでに乙彦も二食目の弁当に手をつける準備をしている。ほとんどの生徒が弁当だが、泉州だけは豪華なハンバーグランチをトレイに用意してきた。みな、ひたすら食いまくる。
「さっきの話にあったが、そういえば規律委員は明日の夜、泊り込みだろ」
「そうよ。本当は今日からにしたいけど、合格発表が明日あるでしょ。いろいろ痛くない腹探られたくないよねってことで。規律だけじゃなくて実行委員も混じるみたいよ。照明準備とか舞台監督とか、いろいろあるし」
よくわからないがそういうことなのか。清坂はすでにほとんどの連中の予定をすべて飲み込んでいるようで特に戸惑うそぶりも見せなかった。むしろ、楽しんでいるようにも見える。隣で相槌を打っている羽飛も同様だ。むしろ名倉たちD組の連中のほうが気が重そうにも見える。
「あっそうだ、ねえ関崎くん、今日立村くん、見た?」
「いや、見てないが」
いきなり清坂が尋ねてきた。来ないということは多分ないだろうが、
「さすがに規律委員だし来ないということはないだろうが、少なくとも俺は見ていない」「そっか、じゃあ今日来るかなあ」
今度は羽飛に確認している。羽飛も首をひねり、
「準備があるからなあ。セミナーハウスに全部衣装預けてるしあいつのスピードで間に合うとはどう考えても思えねえし、来るだろ、普通だと」
「そうだよね、じゃあもう少し待ってみようかな」
温かい紅茶を啜りながら清坂は頬杖をついた。
「さっきね、ゆいちゃんの弟くんが立村くん探してたから、会ったら連絡しとくって伝えておいたんだよね」
──霧島がか?
思わず腕時計を覗き込んだ。もう十一時半を回っている。
「俺も今朝あいつに会ったんだが、まだいたのか」
「関崎くんも? 何時ごろ?」
「今日、受験に行く後輩を見送った頃だから八時二十分は確実に過ぎてたぞ」
清坂だけではなく他の女子たちも顔を見合わせた。名倉だけが知らん振りでもくもくと菓子パンを食べている。
「遅刻は確実だろうな」
「ちょっと待って! だよね、そうすると貴史、さっき私たちが霧島くんに会ったのってついさっきだよね。九時半過ぎてたよね!」
羽飛も同意した。
「だな。風邪引いてたんじゃあねえの? 顔色めっちゃくちゃ悪かったぞあいつ」
「なんか体調悪そうだったからどうしたのかなって思ったけど、ずっと高校の校門あたりで立村くん待ってて。早く来ればいいのにな」
清坂の言葉を半分以上聞き流していた。
──あの、霧島が授業をさぼって立村をずっと探しているのか?
──仮にも、青大附中生徒会長の優等生がか。
信じられない。霧島の性格を考えれば決してそんな道を外れたことをするタイプではなさそうだ。エキセントリックなイメージがなくもないが、それでも先生たちから顰蹙買うようなことをやらかすタイプではない。ということは、
「よっぽどの緊急事態でもあったということか」
「まさか。それともやはりね、風邪で早引きするからって立村くんに伝えたかったのかな」
清坂たちはたいして気にしている様子もない。霧島が立村に過剰なほど懐いていて、最近ではそれもごく普通の認識をされていて、それでもまあいいんでないかと流している内容だろう。
「ねえ、美里」
それまで黙っていた阿木が、名倉の隣りからそっと右手を挙げた。
「どうしたの阿木さん」
「このこと、緊急で立村くんに伝えたほうよくない?」
「なんで?」
阿木は言いにくそうに顔をしかめながら、
「実はね。中学のほうでちょっと気になる話を聞きつけたんだ。これも噂だけど」
「お前さんずいぶん噂話捕まえるの早いなあ」
羽飛が軽くまぜっかえすのを無視して、阿木は続けた。
「ほら、噂になったことあったじゃない。年末あたりにさ、霧島くんと佐賀さんが手をつないで歩いているって。あの時はちらっと聞いただけだったけど、今、ものすごく噂が中学で広まってて、佐賀さんの彼氏がものすごく怒ってるらしいって話」
「佐賀さんの彼氏、って新井林くん?」
「そう。これも確証取れてないんだけど新井林くんが佐賀さんと大げんかしているところ見たとか、佐賀さんがこの辺を霧島くんと一緒に泣きながら歩いていたとか、いろんな噂が錯綜してるのよ。露骨にトライアングル鳴りまくり」
清坂が考え込むように紙コップをはじいた。
「そうなんだ。私も最近、新井林くんがよく高校校舎に来て話すこと多いからどうしたのかなって思ってたんだけど」
「でしょでしょ? そうなのよ!」
力強く阿木は訴える。
「それっていつごろからの噂?」
「あまり日は経ってないはず。私が聞いたのも夕方だもの」
しばらく阿木から情報収集を行っていた清坂は一通り納得した後、
「うん、阿木さんほんと頼りになる! ありがと。じゃあ私、ちょっとセミナーハウスまでひとっ走り行ってくるね。もしかしたら規律委員会の誰かいるかもしれないし、伝言だけでもしておいていいかなって思うし」
立ち上がりコートだけ着て駆け足で飛び出した。見送る羽飛の、
「美里、あとあいつん家に電話掛けてからでもいいんじゃねえの?」
呼びかけにも答えずに。
ざわつく生徒会役員たちの中でひとりだけ異世界に佇んでいたのは名倉だった。
「他の人間関係にそこまで首を突っ込む気がしれん」
もっともである。隣りに張り付いていた阿木がばつの悪そうな顔をして俯いていた。




