8 青大附高入試(3)
親の持たせてくれた弁当を開いていいというのが学食のありがたさだ。とりあえず席のみぶんどっておにぎりを一個かじっていると、
「おっはよー!」
相変わらず朝から香水をふりかけて現れた泉州に思わずげんなりする。
「前から気になってたんだが」
まだ他の生徒会役員も来ていないことだし思い切って尋ねてみることにした。
「お前なんで香水を付けるんだ? 学校の校則にひっかからないか。一応俺も前は規律委員だったんで、もし注意されたら立場ないんじゃないかと気が気でない」
「ご心配どーも。けど私はねちゃんと許可もらってるからご心配めさるなってとこ。それにしても関崎、豪華なお弁当だね。二食分あるんじゃん?」
「やはり腹が空くからな」
たいして気を悪くしたでもなく泉州は遠慮なく乙彦のから揚げをひとつ奪った。小さい分なので目くじら立てずに食わせることにする。
「ありがと。今日はあんただけ?」
「俺は用事があって早く来ただけだからな」
かんたんに理由を説明しておいた。泉州も先日の電話で、片岡宅に可愛い後輩が通い詰めていて本日が決戦の時ということは理解していたようだった。
「そっかあ、関崎の後輩ねえ。で、正直なところどうなの、勝ち目は」
「はっきり言って、ない」
正直なところなので嘘は言わない。今この瞬間に問題ととっくみあっている内川には悪いが客観的な視点からするとそう言わざるを得ない。
「ずばり言っちゃうね」
「だが、片岡と一緒に努力はしていた。それは保障する」
「がんばってはいたけど、けどねってとこかあ」
泉州は頬杖を着いてため息を吐いた。
「附属中学ならさ、多少手心加えてとかコネ入学とかあるかもしれないけど、高校は実力一本勝負だからね。きついよこりゃね」
「ちょっと待て、今なんと言った?」
聞き捨てならない発言に思わずいきり立つ。
「あ、知らなかった? 青大附中の場合実力組とコネ組ってのが暗黙の了解で存在してるのよね。もちろん学校ではそんなこと言うわけないけどさ。やはり入学するとわかるんだよね。嗅覚って奴で、たぶんこの子は実力で、こいつはコネでとかさ」
「コネ、なんて許されるのかそんないんちきが!」
「関崎興奮しないでさ。今から説明するけど他の子には言うんじゃないよ。あんたが知ってるあいつもこいつももしかしたらコネ組かもしれないし、それでもみんな自分の持ち場でがんばってるんだからさ」
泉州が教えてくれた、青大附中入学試験における「縁故入学」すなわち「コネ組」とは、
「つまりね、青潟附中経営側でぜひ入ってほしいって生徒がいるのよ。生徒っていうか親の仕事とか立場とかいろいろなものが絡んでね」
「成績関係なくか」
「そういうこと。たとえばさ、Aさんが入学したら寄付金一口分納めてくれます、けどBささんだったら寄付金五口納められます。経営としてどっち取る?」
「A、Bそれぞれの成績にかかるだろう」
「じゃあさ、同じ点数取ってたとします。どっち入学してくれるほうが得?」
「入ってくる寄付金だけでいえばBかもしれないが、その後落ちぶれてAのほうが金持ちになる可能性だってあるだろう。そうしたAが十口納められるかもしれない。どちらが得とは言えないだろう」
「言い方変えようか。じゃあAさんのお父さんは会社員です、Bさんのお母さんは青潟の有名なお役人さんで教育委員会にも結構顔が利くそうです。さあどっち?」
「泉州今までの話聞いている限り、どう考えても許されることじゃないと思うんだが」
苛立ってくる。要は寄付金や学校にメリットのある生徒を最優先で入学させる枠があり、それがいわゆる「コネ組」というものなのだろう。しかし、そもそも学校とはそういうものではないはずだ。みな、学問の上ではみな平等だ。そりゃあ、家庭的に裕福な生徒もいれば厳しい奴だっているだろう。乙彦は明らかに後者だからなおのことだが。
「全部が全部コネじゃないよ。誤解するんじゃないよ。でもまあ、いろいろ裏事情があるってのは否定できないよね。ただ高校ではそもそも入学枠が少ないし、よっぽど強力なコネでもなければ成績がいい生徒以外は入れないよ。高校から入る生徒については成績よくてくそまじめでかつエネルギッシュな奴が一番! 今私の前にいるそこのあんたとかさ」
褒められていると考えていいんだろうか。黙っていると、
「でもさ、コネで入っても結局は苦しむことになるよ。今、難波がいないから話しとくけど、青大附中から可南に行ったって子のこと」
泉州は周囲を見渡して小声でささやいた。
「あの子、呉服屋さんのお嬢さまで見るからにコネ入学だったんだよ。成績も最下位が指定席ってくらいだったんだ。けど、中学時代は更科と一緒に評議委員勤めててさ、何をやるにも一生懸命、全力投球してたんだよ。勉強もあきらめないで、なんとかして授業についていこうとしてたって。それで難波がしょっちゅう勉強教えてやろうとしてちょっかいかけてははじき返されてたとか。私はあまり付き合いなかったけど小春ちゃんと仲良しだった子だったから、その話はよく聞かせてもらってた」
片岡の婚約者の友だちということか。
「けど、高校に入ってさらにレベルが上がって果たしてついていけるかってとこが出てきて、結局彼女の担任の先生の口ききで可南に推薦入学させたってわけ。もう少し上の学校にしろよとか思うけど、はっきり言ってその子の能力だと可南で精一杯なんだよ。つまりそういう子が、入ってたってことなんだよ」
開いた口がふさがらない。
──いったい、俺の中学入試はいったいなんだったんだ!
小学六年、青大附中入試、死にもの狂いで勉強した。
それこそ、内川以上に。たったひとりで。誰も教えてくれる人なんていなかった。片岡のような立場で支えてくれる奴もいなかった。もちろん家族は応援してくれたけれども勉強そのものはひとりでやるしかない。
試験後の手ごたえは確かにあったし、絶対合格すると自信があった。
なのになぜ、自分の名前が合格発表に張り出されてなかったのだろう。
わからなかった。ぼんやりしたまま家に戻った。横断歩道の信号が赤だったのに渡っていた自分に気づいた。
自分の実力不足だったのか、それともばかな間違いやらかしたのか。
理由は無理に知らなくてもいいと割り切り、いつか高校で入ってやると心に決めた。
「俺は中学落っこちてこうやって入ったわけなんだが、そういうレベルの奴らに負けたということだったのか」
放心状態で乙彦がつぶやいたのを泉州は受けて、
「まあいろいろあるさね。でも今こうやって受かったんだからいいんでないの。私たちの中学入試の時はさ、コネ以外にもかなり特殊な選抜方針があったみたいでねえ。総合成績がいいだけじゃなくて、文系科目、理系科目、それぞれがずば抜けている場合にあえて合格させるっていうものがあったらしいんだよね。でなかったら普通入らないだろって生徒がごろごろしてたってのは確かにあるよ。例えばさ、元評議委員長だったあの」
「立村か?」
なぜかぴんときた。泉州は頷いた。
「あくまでも噂だけど、彼の英語能力および文系能力普通じゃないよね」
「一週間あればどの言語もマスターできると豪語してるな」
大げさに言ってやる。
「そうなんだよ。あれだけ理系科目ができないのになんでうちの学校入ったんだろうって、前から不思議がられてたんだよね。少なくともトータルの成績で合格したとは考えにくい生徒が、結構私らの学年ごろごろしていたことは事実なんだよね」




