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8 青大附高入試(1)

 予餞会を仕切っている二年先輩たちかつ元生徒会執行部メンバーたちの尽力もあり、現生徒会メンバーたちはそれぞれの仕事準備に専念できた。同時進行で進められている可南女子高校生徒会との交流も水面下で難波と鴨河先生が動いているらしい。もっとも今のところまだ返事が届いていないということで難波はやきもきしているようだ。

「難波くんそういらいらしないで」

 見かねた清坂がぴしゃりと言い放ったこともある。

「うちの学校だってこれから入試あるし予餞会だってあるし。どこの学校だって忙しいに決まってるじゃないの。少し落ち着いたら必ず礼儀としてなんらかの返事は来るから」

「だが普通はすぐ礼くらいいうのが普通だろ」

「それ、私たちの価値観。他の学校の人たちに押し付けちゃだめ」

 ──清坂もなかなかまっとうなことを言うな。

 ひそかに感心した。


 正直、学校行事もさることながら乙彦にとって今一番の関心事項は予餞会でも可南女子高との交流会でもなかった。いや、交流会については雅弘を通じて水野さんにやんわりと伝えてはいるのだが、まだ向こう側からの返事はない。いくら生徒会長とはいえ顧問や先輩役員たちを差し置いて動くのは難しいのだろう。しばらく様子見でいいと思っている。

 ──内川、大丈夫か。

 明日行われる青潟大学附属高校入学試験。一年前、乙彦も身体をがちがちにして乗り込んだものだった。やることはやったがそれは中学受験の時だって同じことだし、高校入試はぐっと募集人数も減る。ある程度の「運」も必要なレベルだと思う。そこでよくぞ無事に、しかも英語科にもぐりこめたものだ。乙彦の人生運半分は使い果たしたんじゃないかと思うときもある。

 ──内川も運の悪い奴ではないと思うが、現実問題どうなんだろう。

 片岡の家に泊まった時も、内川に弱気な部分は感じられなかった。本当だったらもっと現実を見据えて落ち込んでいても不思議ではないのだが。たぶん片岡がその点手綱をしごいているのだろう。内川限定で言えば、片岡の家庭教師ぶりはまさに当たり役だ。受かるかどうかは時の運だが、少なくとも二学期末の通知表は高い評価が得られている。片岡にしても「やることはやった」と言い切っていいんじゃないかと思う。


「片岡、明日なんだがな」

「うん、休みだよね」

 青大附高では入試当日生徒たちは一切校内に入ることができない。ゆえに予餞会準備はどうしてもセミナーハウスや生協、その他別の場所を探さねばならなくなる。もっとも大きなイベントと言えるのは有志たちによる演奏やクイズ大会程度のもので学校祭のように派手な飾りつけが必要なものは、表向きない。例のあれを除いては。

「関崎は学校に来る予定ある?」

「当然だ。試験終わったらすぐ予餞会だろう。それなりにやることもある」

「生徒会は大変だね」

 一般生徒の片岡は当然休みとなる。たまたま藤沖がいないのをよいことに片岡は教室で乙彦の隣りにしゃがみこんだ。

「俺も一応、朝、内川くん見送りに行くよ。試験終わったら迎えに行く。そう約束してるんだ。関崎もよかったら一緒になんか食べようかなって思ったんだけどな」

「行きたいのはやまやまなんだが、この前お前の家に泊まったことが生徒会役員全員にばれている以上、もう少し落ち着いてからにしたいんだ。内川のことは俺では面倒見切れないが、お前がいろいろ良くしてくれて助かった。あいつに代わって礼を言う」

 改めて頭を下げた。

「そんなどうしたんだよ関崎。あーあ、でもあと一日かあ」

 片岡はため息をついた。

「やっぱり今日これからお守り買ってこようかなあ。受験に強い神社ってどこになるかな」

 ──片岡も実はひそかに内川の合否を「運」まかせにしてるんじゃないのか?

 どちらにせよ明日は早めに校門前で待ち受けて、気合を入れてやりたいものだ。

 片岡とも試験当日の集合時刻を打ち合わせた後、乙彦は教室を出た。

 合格発表は試験次の日とかなり気ぜわしい。理由としては、ほとんどの生徒が公立高校と併願しているため早めに状況が判明したほうがいろいろと望ましいというところのようだ。他の私立高校もほぼ同様と聞く。

 一応内川も併願しているが、青大附高というレベルの高い学校を選びすぎた事情もあって、公立高校は一ランク下げたと聞いている。確実に合格できそうな学校を選んだということだ。賢明な判断だと思う。


 生徒会副会長関崎乙彦としての仕事は、主に実行委員会や他の有志たちの進捗状況を確認することにあった。非常に楽なので実はあまりやることがない。みな予定通りに準備を進めているようだし、予餞会イベントそのものが今年は少ないこともあり大枠は出来上がっている。あとはせっかくゆとりを持つことができた分じっくり細かく拘っていくことにしたという。

「まあ、俺たちもこれが終わったらしばらく日本からおさらばだからなあ」

 先生たちが企画している謎のイベントについても、なんとなく把握はしているらしいがあえて誰も何も言わない。ただ規律委員の先輩方が言うには、

「南雲たち一年がどうしても拘りたいことあるらしくってな。予餞会前日はセミナーハウス泊り込むって言ってたぞ。まあ規律だけじゃねくて実行委員の連中も家が遠い奴とか、それなりにいろいろ事情がある先生たちとか、そのあたりも揃ってるみたいだからなあ。大人の引率者はごまんといるし」

 ──ということは、先生たちは予餞会前日寝ずのリハーサルとするということか。

 すぐ、先が読めてしまう自分に複雑なものを感じた。

 立村もたぶん泊り込みのメンバーなのだろう。無事ウェディングドレスの飾りつけは完了したのだろうか。気になるがあえて教室内では聞いていない。


「関崎さん」

 さてそろそろ生徒会室に戻ろうと、玄関ロビーを通って二階に向かう階段を昇ろうとした時だった。呼び止められた。振り向くまで誰かわからなかった。新井林が険しい表情でジャンバーを腕に抱えたまま立っていた。職員玄関から入ってきたようだった。

「新井林、久しぶりだな」

「お久しぶりです。すぐ終わります、少しだけいいですか」

 顔をこわばらせたまま、新井林はスリッパのまま乙彦を階段の脇に連れて行った。人気はそれなりにあるが新井林が中学生ということもありみな無視してすれ違っていく。

「どうした? 誰か呼び出したいのか?」

「関崎さんに聞ければ一番ありがたいです」

 小声ながらも重い声で新井林が尋ねてきた。

「今年の正月なんですが、関崎さん、あいつに会いましたか」

「あいつとは誰だ?」

「佐賀です、佐賀と」

「元生徒会長か」

 考え込む。嘘は言いたくないのでとりあえず、

「一応会ったが」

 とだけ答えた。新井林はじっと乙彦の目を見つめ返しながら続けた。

「あいつと、だけですか」

「いや、たまたまだが」

 これは言っていいのかどうか迷うが、やはり嘘は嫌いだ。

「霧島、今の生徒会長と一緒だった」

「どこで会いましたか」

「家の近くの、郷土資料館だ。去年の夏、自由研究で世話になったからな」

「具体的な日時は」

「冬期講習最終日だ」

 ここまで、乙彦は一言も嘘を言わなかった。

「あいつら何してましたか」

「館内のベンチで座って話をしていた。自由研究の相談とか言っていたが」

「そうですか」

 

 いきなり新井林は一礼をした。最敬礼だった。

「おいおいどうした」

「貴重な情報感謝します。また、一緒に歌いに行きましょう」

 ちっとも歌いたくなさそうな表情で今度は軽く頭を下げ、そのまま新井林は職員玄関から全力疾走して去っていった。

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