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7 極秘リハーサル(5)

 あまりにもすごいものを目の当たりにしてしまったせいか、集会室を出て廊下をとぼとぼ歩く生徒会連中に言葉はほとんどなかった。宿泊用の和室が並ぶ廊下でやっとみな深呼吸し、

「目の毒だな」

「まったくだ」

「先生たち何か勘違いしてるよ」

「気持ちだけでいいのに」

 それぞれの感想を伝え合った。

「予餞会がなぜほとんど生徒たちの手で行われてないのかが謎だったんだがやっと理解できたような気がする」

「要するに、教師たちのストレスと趣味を兼ねてってことね」

「このこと美里たち知ってたのかな」

「たぶん知ってた。あの言動だと」

 その清坂と羽飛がどこにいるのかをまずは探したかった。みなの憶測通り清坂はかなりの確率でなぞの劇団練習に関して情報を得ていたはずだ。それをほとんど知らせずに生徒会役員全員を引き連れてきたというわけだ。責めるつもりはないが理由を問いたい。

「とりあえず俺としては、会長副会長を探してもう少し詳しい事情を聞きたいんだが、お前らどうする?」

「関崎くんあの人たちどこに行ったか知ってる?」

 阿木が問いかけた。言われてみるとその通りで、乙彦もあのふたりが規律委員の連中に「陣中見舞い」と称して大量のお菓子やら珈琲やら飲み物やらを用意していたくらいしか知らない。ということはどこかの部屋に誰かかしらいるのだろう。もっとも規律委員といっても全員ではなさそうで「有志」というのがひっかかる。

「じゃあさ、せっかくだしみんなで規律の奴らにご愁傷様って言ってこようかあ。だってきっとみんな疲れ果ててるよ。何やってるかわからないけどあのお嬢様集団にドレス作ってやってるんだから」

「ドレス作ってるって、まさか!」

 初めて頭の中で一本につながった。そういうことか。元規律委員として勘が働かないことを恥じたい。そういうことだ。

 どの部屋にいるかはすぐにわかった。戸が開けっ放しのまま清坂の笑い声が聞こえる。同時に羽飛がなにやらいなす声もする。覗いて見ると部屋には三人、生徒会ふたりおよび立村が白いドレスを部屋に平たく広げて、なにやらちくちく針を動かしていた。


「おっじゃまー!」

 阿木が声のトーンを心持ち上げて呼びかけた。

「行ってきたよ!」

「噂どおりすごかったね」

 D組女子はふたりとも陰で会長に対してささやいているのとは別に、さりげなくフレンドリーに接している。女子の微妙な温度感に少し退く。

「そうでしょ! 先生たちびっくりしてなかった?」

「そりゃあもう、すごかったよ! それにしてもずいぶんネグリジェあつめたよね」

「全くだよなあ」

 羽飛がつまらなさそうにあくびをする「まね」をする。露骨に振りだとわかる。隣りで一生懸命針を動かしている立村に対して、

「このドレス誰着るんだ?」

「わからないけど、たぶん主役」

 言葉少なに立村が答えた。小脇に裁縫箱と裁ちばさみ、糸切りはさみを用意して、白い木綿糸で白い布花をこしらえ縫い付けている。はっきり言ってこれは苦行だと思う。立村の裁縫はお世辞にも上手ではない。手の先が決して器用な奴ではない。

「ねえ、『ローエングリン』やるんだって?」

 泉州がしゃがみこみ、襟ぐりをつんとつついた。

「面白そうなことするとは思うけど、それにしても派手だよこのウェディングドレス。まさか全部作ったわけじゃないよねえ」

 立村が顔を上げて説明しようとするのを清坂がすぐに制した。

「あのね、今回規律委員の一年男子だけが特別に集まって昨日から泊り込みで衣装作りしてたの。先生たちでもともと出来上がっているものもあったけど、やはり男の人だから体型に合わないの。この演劇、生徒たちには出来るだけ知られないようにやるってことで照明音響も先生たちで固めるの。ただ衣装だけはみんな忙しいでしょ。そうだったよね、立村くん?」

 立村が頷く。顔色からしてあまり良くない。さては徹夜か。

「それで、南雲くんがこっそり先生たちに話を通して、誰にも気づかれないように規律委員の有志四人に声かけて、みんなで縫えるところは縫ったり新しく仕立てることできるとこは仕立てるってことでことにしたの。ほら、このウェディングドレスなんだけどね」

 羽飛があとを引き取って続けた。

「これなあ、たまたまスーパーでウェディングドレスの貸衣装バーゲンみたいな奴やってて、そこで一着千円で投売りされてたのを買ってきたんだと。規律委員会ってのは違反カード切るのが仕事かと思ってたがそれは表の顔なんだなあ。なんか暇あると手芸店とかホームセンターをうろうろしてよさげなもん探してるんだとな。ただこれはかさばるだろ、でかいだろ。隠し場所はっきりいって学校の中ねえだろ」

 みな頷く。さすがにウェディングドレスは生徒会室にも隠せない。

「そうなの。それで今回はこっそりセミナーハウスに泊り込む形で準備を進めることにしたんだって。女子はひとりもいないけど、やはり全員で泊まっちゃうと秘密がばれちゃうし本当に少数精鋭でやることにしたんだって。南雲くんの発案よ」

「南雲すごいな」

 思わず乙彦がつぶやくと、聞き捨てならぬとばかりに羽飛がきっと乙彦をにらんだ。

「けどなあ、こんな超不器用な奴にひとりウェディングドレスの花飾りを任せて、あいつらは別室でひたすらドレスの裾だしとか小物作りに専念してるんだぜ。みろよ、この悲惨な有様。立村、今日これで何回指刺した?」

「数え切れないよ」

 乙彦はドレスの裾いっぱいに施された小さな花飾りを手に取った。こういったらなんだが、どうせ舞台衣装なのだから小さな安全ピンを用意して全部留めるだけでも十分な気がする。何も手作業でこつこつやる必要もないのではないか。

「ねえ、貴史、悪いんだけどみんなと手分けして、さっき運んできた飲み物とかお菓子、集会室の先生たちに運んでほしいんだけどいいかな」

「おっけ、わかった。じゃあ悪いが生徒会役員のみなの衆、ここにおいてる食い物と飲み物全部向こうに運んでもらおうか。腹も空いてきただろうしなあ。先生たち朝七時から集まって練習してるんだぞ、気合入ってるよなあ」

 ひとり、立村の側に座り動かない清坂に向かい、

「んじゃ、俺たち荷物置いたらさっさと生徒会室に戻ってるから、お前もきりのいいとこで来いよ。昼過ぎから予餞会実行委員の奴らも来るしな、その頃までに戻ってればOK]

「ありがと、じゃあよろしくね!」

 結局追い立てられるように生徒会役員連中は荷物運びに駆りだされた。一番重たいペットボトルのダンボールを抱え最後に部屋を出た乙彦が、荷物を抱え直すため腰を入れ何気なく振り向いた。タイミング悪くふたりの会話がしっかり聞こえてきた。


「立村くん、ほら貸して。もう誰もいないから、お花付けるのは私が全部やったげる」

「いや、いいよ。これは仕事だから」

「あんたがやってたらいつまでたっても終わらないってば。あのね立村くん」

 諭すように清坂が語りかけているのが聞こえた。

「出来ないことを無理にしなくてもいいんだから。立村くんが他に出来ること、私いっぱい知ってるんだから。大丈夫、私に任せて」

 

 どう考えてもカップルのいちゃつきにしか聞こえない会話だが、あのふたりにとっては違うのだろうよくわからないが。

 乙彦はダンボールをしっかり腹で押さえて集会室へと向かった。

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