7 極秘リハーサル(1)
片岡の家で一泊した後、朝一番で極上の野菜ごった煮スープで腹を満たした。
「今朝は早いなあ、あのふたりまだ寝てるぞ」
「徹夜してましたよね」
しみじみ思う。乙彦が身支度を整えて学校に向かう準備をしている間も、片岡と内川は微動だにしなかった。朝八時、普段だととっくに出発している時間帯だ。
「もっとゆっくりしてきゃあいいのに」
「いえ泉州さんにここにいることばれてたら、立場がありません」
「まったくだな、災難だった」
桂さんは乙彦の肩を叩いた。
「ほら、もっと食ってけ。朝のビタミンCは必至だぞ」
「いただきます」
皮の堅いオレンジを無理やり指でむいて口に押し込む。いつも思うが桂さんのこしらえる料理は決して豪華でもないしうちでよく見かけるタイプの献立ばかりだ。なのに味付けが違うのだろうか、しっかり身体に染み渡るような感覚がある。それでいて胃にももたれない。
「まあこれから、司とウッチーつれて少し身体動かすようにしないとなあ」
「え、また勉強するんじゃ」
少なくとも片岡は教える気満々だったが。桂さんは首を振ってオレンジを自分の分、ナイフでむいた。
「頭を働かす上では運動ってのが結構効果あるんだぞ。あんまり寒いとあれだが今日くらいの天気だとまあまあ、だろ。関崎くんはどういうスポーツがいいと思う?」
窓の外を眺めた。高層マンションの窓辺からは残念ながら見えない景色だが、小雪がちらついている。それでも青空は見える。
「雪合戦、でしょうか」
「おお、それもらい! それだと手間もかからんしな。手袋はビニールのもん持っていくように言っとこう」
──本気なのか、桂さん、それ。
本当は乙彦ももう少しのんびり過ごしたい気持ちもあった。
──泉州に居場所突き止められたらしょうがないな。
学校からも近い場所、しかも予餞会に向けてただいま追い込み中。生徒会メンバーも本当は泊り込みしたいのがやまやまだが諸事情で不可。とかいいながら規律委員の男子何名かはドレス作りに勤しんでいる。などなどあらゆる話を耳にすると乙彦ひとり知らん振りを決め込むわけにはいかない。これでも生徒会副会長の立場が重たい。
「桂さん、いろいろありがとうございます」
靴紐をしっかり締めた後、乙彦は思いっきり頭を下げた。
「それと、内川のことも、いろいろほんとに感謝してます」
「ウッチーな。そんな気にするな、っていうかな、俺の方がウッチーには感謝しまくりなんだぞ」
「そんな迷惑ばっかりかけてるんじゃ」
しょっちゅう泊り込みに行くわ、お世辞にも頭がいいとは思えない言動のあれやこれや、甘えまくり。片岡と相性が合ったからよいといえばそれまでだが、桂さんの負担も相当なものじゃないだろうか。少なくとも男子ふたりの食事代は莫大なもんじゃないだろうか。
桂さんは気のいい笑顔を見せながら、
「まずは試験が終わってからいろいろ話すがな。本当にウッチーのおかげで司がどれだけ変わったか考えるとすごいんだぞ。関崎くんがもともと司を可愛がってくれていて、あいつを見込んでそれこそ愛弟子ウッチーを連れてきてくれたってのがひとつ。そのウッチーが司のことをめっちゃくちゃ慕ってくれたってのがふたつ、もうひとつはそうさな、司がやっと大人になったってのか? 簡単にまとめるとそうなるんだが、いやいやまとまらねえよ。とにかく青大附高の受験が一段落したら、お疲れ様パーティーやろうぜ」
「はい!」
合格パーティーではない、お疲れ様パーティー。わかってくれている。
青大附高の生徒会室に到着すると、やはりというかなんというか清坂と羽飛が仲良く書類とにらめっこをしていた。他の連中はまだ来ていない。
「昨日は勝手言ってすまなかった」
「ううん、いいよ。それより今日早いね」
清坂は資料とノートを開きながら、タイムテーブル調整に勤しんでいた。隣りで羽飛がまた別の、機材準備の申請書に判を押している。
「他の奴は何時ごろ集まるんだ?」
「うん、お昼からって言っといたんだけどね。みんな忙しいし」
確かに本当は昼間からと聞いていた。無理しなくてもよかったということか。乙彦の顔をじっと見ながら羽飛が指でちょいちょいと呼ぶ。
「予餞会実行委員会の連中も昼から集合、これ絶対ってことで話がついてるんだ。けど今日は午前中にひとつ、大仕事があるんだぞ。知ってるか羽飛?」
「聞いてない」
「そっか、そうだよね。生徒会の人しか知らないかな」
少なくとも泉州が秘密をちらちらさせていたのは記憶にあるが。清坂は腕時計を脈のところで確認し、
「もう少しで準備かな。規律のみんなもスタンバイしてるかな」
「立村の姿はさっき見たぞ」
「ってことは南雲くんたちもいるよね」
──やはり規律委員がセミナーハウスで合宿しているってことか。
泉州が、清坂たちの目を盗んで得た情報なのかどうか判断しかねるので今は黙っておく。
「実力試験も終わったし、今日しかないよね。やるとしたらね」
「全くだ。そうだ美里、今日のあれ、誰かカメラ持ってきてないのか」
「難波くんが持ってくるんじゃないの? あの人カメラ小僧だから」
「まあ、否定はできねえな」
なぜか笑いあう。何か乙彦の知らないところで準備が整えられているらしいが、予餞会実行委員会の連中すらシャットアウトして何をしようとしているのか、乙彦には全く予想つかなかった。
「とりあえずこれ食え」
桂さんが土産に持たせてくれた極上オレンジを十個、袋ごとテーブルに載せた。ふっとさわやかな香りが漂う。気分は南国だ。
「うわあ、なんか気持ちがリフレッシュしちゃうね。ありがとう! けどこのオレンジ、おっきいね」
清坂がすぐ手を伸ばし、頬をオレンジに摺り寄せた。羽飛は一言、
「うわっ、まじうまそう、サンクス!」
簡単な礼を言った後、即かぶりつきだした。




