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6 追い込み(3)

 ──やっぱあそうかあ。どうもくさいと思ってたんだよねえ、関崎やっぱいたんだあ。

 思わず身がまえる。

 ──さっきまで私たちもさ、学校でいろいろやってたんで連絡しなくちゃあって話してたんだ。明日は来るよねえ。こんなうち近くなんだからさ。

「ああ、もちろん行く」

 日曜は悪いがやはり午前中から学校に詰めねばならなそうだ。泉州の声はかなり響く。いったいどこからかけているのだろうか。気になる。

「ということはこの時間まで、生徒会室にみんないたのか」

 ──当たり前じゃないの。予餞会まであとちょっとでさ。んでね、さっき阿木ちゃんから極秘情報仕入れたからせっかくだし関崎にも教えてやろうかなって思ったのよねえ。

「なんだそれ」

 どうでもいいことのような気がする。それに阿木もずいぶんと情報通である。阿木が掴んだということは当然、名倉も知っているんじゃなかろうか。だったら奴から聞けばいい。

 ──二点あって、ひとつめはまあ私たちにあまり直結しないことだからおいとくとして、ふたつめがねえ。

 笑いをこらえているようだ。

「俺たちに関係あるのか」

 ──あるといえばあるよね。実はさっき、規律委員会の一年男子たちがね、セミナーハウスに泊り込みに行くのを見かけたのよ。今日、なんかいきなり合宿なんだって。

「規律がか? 南雲とか立村とかあの辺りがか」

 いや、立村からは特別そういう話を聞いていない。南雲にいたっては三学期に入ってから挨拶を交わす程度だ。

 ──そうなのよ。私たちもさ、ちょっとびっくりして聞いてみたらね、泊り込みなんだって。なんかこれちょっと妙だよねえ。しかもその男子たち、やたらと巨大な袋両手にぶら下げてて、その一部が裁縫箱とか折りたたみミシンとかやたらと手芸道具ばっかり。なんなのそれって感じだよね。

「規律委員は以前、手芸好きな集団の集まりと聞いたことがある。俺がいた頃はせいぜいマスコット作りだったがな」

 ──そんなレベルじゃあないって! もう笑っちゃうよねえ。阿木ちゃんが南雲にいろいろ聞いたら、どうもみんなでドレス縫うんだって。フェルト人形どころの話じゃないよ、ドレス、ウェディングドレス!

 自分で言った端から笑い出す。


 ──でもさそんなのどうでもいいんだ。でさ、関崎、そこに片岡いるの?

 勝手に話を締めくくり、泉州が乙彦に受話器の向こうから呼びかけた。

「いることはいるが、できればあと二時間あとがいい」

 ──へえどうして。

 ここで受話口を覆って、桂さんに確認する。

「あいつは、泉州さんに内川の勉強みてやってること伝えているんですか」

「さあどうだろうなあ。ま、悪いことやらかしてるわけじゃねえしいいんじゃねえの」

 きわめてアバウトな返事に迷う。片岡本人の顔を見て確認するのが一番いいのだが、できれば集中しているふたりを邪魔したくない。片岡よりもむしろ、内川のことを思えばだ。

「じゃあ話さないほうがいいですね」

「関崎くんに任せるぞ」

 

「いることはいるんだが、あいつ今、ひたすら勉強してるんだ。邪魔したくない」

 ──あいつがまともに勉強するわけないじゃんねえ。受ける。ねえ冗談言ってないで出してよ。それに実力試験終わったばかりじゃん。

 また大笑いしている。相当片岡の性格を把握しているようだ。おそらくだが、内川の前でみせるお兄さん雰囲気など泉州は想像すらしてないんだろう。

「たぶん泉州は信じないかもしれないが、本気で勉強しているんだ」

 ──あいつの考えてることったら小春ちゃんと野球と焼肉のことだけじゃん!

「いや、本当に今勉強中なんだ」

 らちが明かない。なんとなくだが泉州は乙彦の反応を面白がっているような気配がするのが少しいらつく。なぜそんなにまで乙彦に突っ込んだりするんだろうか。見かねてか桂さんが乙彦の肩をぽんと叩き、ふたりの篭る部屋へノックしに行った。

 ──悪いな。せっかく集中しているのを邪魔されたらたまったもんじゃない。

 あしらいながら乙彦がなおも泉州に手を焼いている時だった。

 

「関崎、ごめん、代わるよ」

 明らかに泉州の知っている片岡ではない声で、受話器を受け取った。後ろにはなぜか内川がぼけっと突っ立っている。つまり、見つめている。

「泉州さん? ごめん、待った?」

 大人びた口調ですっと背を伸ばし、

「実は今、関崎の後輩にあたる人と受験勉強しているんだ。だから関崎の話したことは嘘じゃない。今から二時間集中して英語の過去問題を解いているんだ」

 ずいぶん具体的である。乙彦の隣りでうんうん頷いている内川をちらと見やりながら、

「いつもならすぐ僕の方からかけなおすけど、今夜だけはそういかない。あと十日で受験日だから全力を尽くしたいんだ。悪いけどそれまで待ってもらえるかな」

 泉州がまた電話の向こうでぶつくさ言っていそうな気がする。しかし片岡のすまし顔は崩れない。

「僕もできれば、早い段階で泉州さんに、西月さんのことでいろいろと相談したいことがあるんだ。予餞会が終わってから改めてうちで話そうよ」

 小声で内川が、

「うちで、ですか」

 驚きの声を挙げている。女子であることは気づいているに違いない。

「それじゃ、関崎にも伝えておくよ。よろしく、おやすみなさい」

 最後まで片岡の気品あるお坊ちゃまムードは崩れることなく受話器が置かれた。

 すぐにさわやかな笑顔を浮かべた片岡は内川に、

「さ、勉強に戻ろうか。もう少しだからね、がんばろう」

 励ましつつ部屋に押し込んだ。見送りながら桂さんも乙彦に、

「きっとお嬢、腹抱えて笑いこけてるな今頃。あんな気取った司、お嬢見たことねえからなあ。あとできっと司、ネタにされてるぞ」

 扉の向こうを指差しつつへっへと笑った。


 ──ほとんどの奴からはどうしようもないお坊ちゃまとか言われてるのにな。

 奇跡的に内川が青大附高に合格した時、そのギャップに触れたらどうなるだろう。

 ──その時は泉州にも口止めしておかないとまずいな。

 折々にでも相談しておいたほうがよさそうだ。




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