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6 追い込み(2)

 腹いっぱい食い終わった後、客人の礼儀として皿洗いをした後少しゆっくりソファーに腰掛けた。胃がこなれたところで片岡と内川は部屋に二時間篭ってとことん勉強する予定で、その後休憩を入れ十二時くらいまでぶっちぎると豪語した。

「司の鬼スケジュールなんだが、それでもやっちまってるよなあ、なあ? ウッチー?」

「はいっ!」

 返事もよろしい。信じ難いこの変貌。片岡がどういう魔法をかけたのが興味深い。まだ六時半で余裕もある。とりあえず七時から追い込み特訓に専念している間、乙彦と桂さんはのんびりとハリウッド映画でエキサイトする予定だ。結構映画の好みが合う。とことん、ばん、ばん、ばんやりあうのが好きなのだ。


「ところで関崎くん、生徒会にうちのお嬢が元気にがんばってると聞いたんだがどうだ、うまくやってるか?」

 お嬢、とはすなわち泉州よし恵のこと。生徒会役員同士なので仲いいも悪いもないのだが、嫌ってはいないことを伝えておく。

「すごく、助かってます。青大附属の知らないことを一杯教えてもらってます」

 事実ではある。桂さんと片岡は顔を見合わせて楽しそうに微笑んだ。

「泉州さんは見たとおり姉御肌だから、どんどん仕切っていくの向いてるよね」

「全くだ。お嬢よくがんばってるなあ。ほら司も、負けるんじゃねえぞ」

「わかってるよ。実力試験、それなりに今回もがんばったしね」

 いつものだらだら口調ではなく、いかにも育ちのよいお坊ちゃん風にはぎれよく答える。相変わらず尊敬しきった眼差しで崇める内川に本当は、

「お前が拝みまくってるこいつは英語科の教室じゃあさんざん世間知らずのぼんぼん扱いされてるんだぞ、知ってたか」

 くらい言ってやりたいのだがもちろん控える。

「んで、生徒会っつうのはどういうことやるんだ?」

「さすが中学とは違うなって感じなんですが、さしあたってはあと二週間で予餞会があるんでその準備で忙しいです。予餞会委員会ってのが一応あるのでイベント関係の準備はほとんどそっちでやってくれてて、俺たちはほとんど書類とか、予算とか、そういうことにかまけてます。本当はクラスイベントとかそういうのもっとやるべきだと思うんですが、青大附高ではあまりそういうことに力入れないみたいなんで」

「いやいやんなことないだろ」

 まぜっかえしつつ桂さんは頭をかき回しながら、

「青大附高の予餞会っつうのは昔から有名でな。学校祭とはちょびっとやり方が変わるってのを俺の悪友連中から聞いたことあるぞ。たぶん先生がたが全部仕切ってるだろ」

「そうです。先生たちも詳しい話を教えてくれません」

 清坂があえて何も抗議しないのが不思議だった。青大附高の予餞会は去年の場合、ほとんど先生たちがお膳立てして、それに生徒たちが乗っかって合唱したり寸劇したりコントしたりという感じだったらしい。正直あまり面白くなかったようで、生徒会役員の現二年先輩たちはそれをなんとか打破したい気持ちが強いようだった。ただ、教師陣の機密情報は非常に堅く、当日になるまでほとんど何が起こるかわからないのだそうだ。

 乙彦が一通り説明すると、片岡と内川が仲良くささやきあっている。

「お前ら気持ち悪いぞ」

「いや、先輩、それいいですね。先生たちが何かするですか」

「去年は合唱だと聞いた」

「劇もやるんですね」

「学校内の有志たちと聞いてるが」

「ってことは演劇やるんですか!」

 何か内川の目の輝きが違う。片岡がすぐに気づいてか笑顔で制した。

「内川くん、もう少しだからね。じゃあさっそく始めようか」

「ええ? 片岡先輩もう少し楽になってから」

「早く始めれば早く終わるし、そうしたら関崎たちとまたおしゃべりしよう。そうだ、今日はせっかく泊まってくんだからさ、ビデオで一緒に時代劇観よう。関崎ももちろん付き合うよね」

 ──嫌いではないが。

 内川が万が一青大附高に合格したら、ためらうことなく「時代劇研究会」打ち立てそうな気がする。片岡が全面バックアップするだろう。それはそれで見てみたい。


「そいじゃ、これからシネマタイムに突入するとすっか。ん?」

 桂さんが電話のマークを何気なく覗き込み、

「おやや、留守電だ。誰だろな」

 電話のサブディスプレイを覗き込み、受話器を耳に当てた。

「お嬢か。久々にラブコールかなあ」

 聞き捨てならない発言に思わず耳をそばだてる。桂さんは乙彦の様子を見やってにやにや笑う。サイダーとみかんを用意してくれる。遠慮なくいただいた。

「いやな、泉州お嬢と俺たちとは並々ならぬご縁があってな。司もさんざんおもちゃにされちまってる。そのことある程度は聞いてるか?」

「聞いてます」

 はったりに近いが、片岡と親しいことはだいたい把握しているつもりだ。

「そうかあ。お嬢は外国に連れてきゃあめちゃくちゃもてるだろうに、日本じゃ背の低い野郎どもの劣等感びしばしだからしんどいよなあ」

 確かに泉州の背の高さには脅威がある。

「納得してるだろ。まあ、お嬢もしゃべってみりゃあきさくなねーちゃんだ。言いたいこと言いまくるが腹の中はなんもないから仲良くしてやってくれよ」

「泉州さんから聞いたんですが」

 桂さんがビデオ準備している間、思い切って聞いて見ることにした。片岡がいるとなかなか触れるのに迷いがあるが、実際泉州があっけらかんと話してくれたことだからまあいいだろう。

「この冬休み、泉州さんは片岡の実家に遊びに行ったそうですね。生徒会の合宿の時、すごく楽しそうにしゃべってました」

「ああ、めちゃくちゃ楽しそうだったもんなあ。お嬢はなあ。司は今回ウッチー最優先主義のためご遠慮したが、そのぶんお嬢がその場を掻っ攫って盛り上がったぞ。関崎くん、今度は一緒にどうだ。ウッチーも次回は参加予定だぞ」

 ──あいつ、いつのまに。

 信じられないほど義兄弟の契りが固すぎる。あえてそこには触れずに続けた。

「泉州さんの親友がそちらにいらっしゃると聞きました」

「ああ、小春ちゃんな。喜んでたぞ。同い年の友だちがほとんどいなくてほとんど大人とちびっこばっかりの環境で過ごしてたからなあ。お嬢が遊びに来てくれてほんとよかったよ。司のとーちゃんかーちゃんもほんと喜んでたぞ」

 ──とーちゃん、かーちゃん。

 桂さんの、片岡家との距離感が全くつかめない。本当はお坊ちゃまの教育係という言ったってビジネスチックな関係のはずなのだが。雇用主を仮にも「とーちゃんかーちゃん」はないだろう? 未知だ、わからない。いったいこのファミリーはなんなのだ。


 電話が鳴った。

「ほいほい、やっぱりお嬢だな。噂をすればなんとやらだ」

 鼻唄歌いながら桂さんが立ち上がった。すぐに受話器を取り無言で待つ。すぐに、

「やっぱりお嬢かあ、今、司は猛勉強中だからな。あ、そいでな、ちょうどお嬢のご学友が鎮座ましてるんでちょいと代わるわ。待ってろよ」

 受話器を置き、そのまま乙彦を無理やり腕とって引っ張り出す。丁重にお断りしたい。

「いえ、今日はあの、特に用、ないし」

「水臭いこと言うんじゃねえの。ほらほら」

 半ば強引に受話器を握らされてしまった。かくなるうえは覚悟するしかない。乙彦は第一声、

「悪い、関崎だ。今日は勝手に早帰りしてしまいすまなかった」

 深く頭を受話器持ったまま下げた。

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