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6 追い込み(1)

 準備期間もほとんどない中実力試験期間に入り、正月気分が完全に払拭された中気がつけば二月に突入していた。いっそう冷え込みが深く、風邪で体調を崩す生徒も多々いる。欠席者の居ない日はない。

 その一方、校内で予定されている予餞会準備もただいま追い込みの時期に入っていた。もちろん生徒会役員も駆りだされるものの思ったより忙しくない。理由は、生徒会を引退した現二年の元役員たちが冬休みのうちにどんどん話をまとめてくれていたからだった。ある意味生徒会連中は蚊帳の外扱いされているが、清坂会長の、

「かえってそれがいいよ。イベントは生徒会が権威ひけらかしちゃうよりも自主的に動く人たちが活躍するほうがいいもん」

 の一声であっさり片が着いた。

 ──本当にいいのか? 一応は生徒会だぞ。

 乙彦としては今ひとつ頷けないところもある。高みの見物を決め込む格好で、要所だけ締めるような立場が現在の生徒会らしい。その一方で難波に預けた交流会準備は着々と進んでいるようで、そちらについては清坂もこまめに注意を払っているように見えた。

 ──古川の言っていることが正しいんだろうか。

 信じられない。どう考えても乙彦に感謝しているとは思えない。

 外部大学を受験する生徒もごく少数の青大附属の場合、予餞会は高校入試の終わった二月中旬を予定している。その後二月末から三月上旬にかけて期末試験へと突入だ。どちらにせよ余裕のあるスケジュールではない。


 実力試験終了後の土曜夕方、乙彦は着替え一式を詰め込んだボストンバックをかかえてそのまま片岡の家に向かった。生徒会室でそれなりに仕事もある中、今日だけは早めにあがらせてもらうことにした。理由は伝えてある。

「ふうん、関崎の弟分が青大附属受験するんだあ」

 泉州が先輩たちへのメッセージカードを書きつつ、乙彦を面白そうに見やる。

「そうなんだ。受験まであと十日もないから俺なりに何か手伝ってやりたいんだ。申し訳ない」

「いいよいいよ。どうせあすも学校来るでしょ」

 清坂も愛想良く乙彦を送り出してくれた。ほとんど生徒会でやるべき仕事が片付いているから、としておこう。隣りの羽飛も、また難波も更科も特段引きとめようとしなかった。

「でもほんっと私たち、楽させてもらってるよね、先輩たちに全部おんぶとだっこ」

「予餞会だけはな」

 羽飛が書類をいじりながらつぶやく。

「なあ美里、早いうちに卒業式準備について話、しといたほう良くねえか」

「うん、それも考えてたんだけどね。鴨河先生がね」

 清坂会長は首をかしげて答えた。

「卒業式は先生たちがほとんど仕切るから、私たちの出番あんまりないみたい」

 てっきり泉州に勘付かれるかと思ったがそんなこともなく、乙彦はすっかり暗くなった雪道を力入れて踏みしめた。

 ──二月のどこが春なんだか。 

 学校にいる間にもまた降り積もったらしく、一歩足を踏み出すたび靴に雪が入ってきそうになる。藍色の闇にグラウンドでボールを追いかけている姿が浮かび上がる。

 

 片岡とは学校が始まってからゆっくり話す機会がなかなかなかった。もちろんしゃべることはしゃべるのだが、いつもセットで藤沖がくっついていることもあってなかなか内川とのその後を確認することができなかった。

 せっかく家が近いのだから、乙彦の方から内川に声をかけてもよかったのだが、やはりこのふたりが揃っているところで受験勉強の進捗状況を確認したい気持ちもある。いや、むしろ、

 ──片岡と内川がどんな顔してしゃべってるのかは見ものだしな。

 どうやら楽しく冬休みも特訓できたようだし、それこそあと十日で受験日だ。もう追い込み時期ということもあって、この土日は片岡の家で寝ずの勉強に徹するらしい。陣中見舞いを持っていってやりたい気持ちもある。


「あっ、関崎先輩!」

 何度も通った片岡邸、オートロックを解除してもらいエレベーターで最上階へと向かう。すでに片岡と内川がエレベーターの入り口で待ち構え手を振って迎えてくれた。

「関崎遅かったね。生徒会の仕事?」

 もう内川を前にすると、片岡の口調もがらりとお兄さん風に一変している。もう慣れたので突っ込みはしない。内川も心底崇拝するような眼差しで片岡を追っている。ジェラシーも感じないでいられるのはひとえに、片岡が英語科でいかに甘ったれているかを知っているからだ。大目に見てやる。

「ああ、予餞会も近いからな。ほとんどやることはないんだが」

「どんなことやるんだろうね。一、二年の有志でいろんなイベントを予定しているって」

「想像つかないな」

 今までの例だと、各クラスごとに劇や合唱などを行うと聞いている。しかし今年はクラスの枠をとっぱらい、学校祭ののりとほとんど同じような感じで行うらしい。まただれかがフレンチカンカン踊ったりするのだろうか。

「さあ早く食べようよ。今さ、桂さんがね、身体のためにもつ鍋煮てるんだよ。鉄分とったほうが頭の働きよくなるからいいんだって。さ、関崎も手を洗ってうがいもして」

「うがい?」

 思わず問い返す乙彦に片岡は当然のごとく頷いた。

「あと、消毒液もちゃんと手にすりこめよ。今、内川くんは一番大切な時期だから、風邪引かせるわけにはいかないんだ」

 乙彦の読みが甘かった。片岡の内川バックアップぶりの全力さにただ、脱帽した。


 部屋に入るや否や、桂さんにがばりと抱きつかれ、

「よーく来たな、関崎くん、さて四人で今日はたっぷり鉄分補給しろよ!」

 なみなみと盛った牛もつ煮を差し出された。何度か片岡宅で食べるようになってから、だんだん舌が慣れてきたせいか最近は「うまい」と感じるようになった。味を調教されたとも言える。

「この土日が勝負だもんなあ。けどあまり根つめちゃだめだぞ。な、司、お前もあまりウッチーを無理させちゃだめだぞ」

「うん、わかってるよ」

 口先だけで本当はたっぷりこれからしごこうとする心根が見え隠れしている。冬休み以降詳しい事情を聞いたわけではないのだが、内川の成績が奇跡的にぐんと伸びたということは考えにくい。現実的に考えて、やはり厳しいことには変わりないのではというのが本当のところではないだろうか。乙彦としてはその辺りの事情をもっと詳しく聞きたかった。

「じゃあ、食べたら内川くん、風呂に入った後でうちの学校の過去問、もう一度解こうか。さっきは答え見ながらやったけど、今度はあえて全くみないでやってみよう」

「またですか?」

「大丈夫だよ。さっき、あれだけ解けたんだから。ちゃんと時間計ってやるからね。あと明日はヒアリングをもう一度やるよ。去年のヒアリング問題用のテープ、用意したからね」

「はい、片岡先輩、ついていきます!」

 にこにこしながらそれでも、テレビに未練のありそうな内川。この時間帯は確か、二時間時代劇が放映されているはずだ。見透かしたように片岡が微笑んだ。

「大丈夫、ビデオとってあるから、勉強終わったら一緒に観ようね」

 ──片岡、調教、完璧だ。

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