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5 三学期始業式(3)

 いまだに心臓の鼓動が収まらない。

 ──なんでだろう。

 結局生徒会室には顔を出さず放心状態で教室に戻った。クラスの連中が乙彦を呼び寄せていろいろ話しかけるがほとんど上の空、その後すぐに授業へと移ったこともありさりげなくかばんに例の缶を隠すことができた。


 厳密に言えば女子からの告白は全くの初めてではない。かの清坂に面と向かって言われたことを忘れてはいない。もっとも今は生徒会長という立場だし、何よりも騎士たる羽飛がしっかり寄り添っている以上乙彦への感情も友情以外残っていないだろう。これ以上妙な波風が起こらなければいいと、それだけを願っている。

 だが今回は。

 生まれて初めてのラブレターという、形に残るもの。

 ──どうして俺に、そんなことを書く必要があるんだ?

 わからない。気配すら感じなかった。清坂相手の時は前もってなんとなく、じわっとくるものがあった。もう覚えていないが清坂がなにかと乙彦に関わってこようとする様子を感じ取り、なんとかして逃げ出そうと頭をひねっていたはずだ。しかし、宇津木野の態度にはそんな警戒すべきものはひとつもなかった。ただ、一度だけ伴奏をしてもらって歌ったことだけ、あとは合唱コンクールのあの事件で背負って保健室に運んだこと、最後に歌をプレゼントするはめになったこと。

 ん、と手が止まる。

 ──立村は、まさか、それでか。

 去年の終業式後、立村と疋田に頼まれて歌い上げた「モルダウの流れ」、単純に「ピアノの女神様」と崇められている宇津木野のおめがねにかなっただけのものと思っていた。音楽に対するこだわりの強さゆえに、不完全な出来の合唱コンクールに参加することが耐えられなかったとかいろいろ話は聞いている。あれから一度も宇津木野とは顔をあわせることがないし今の今まですっかり忘れていた。

 ──あの規律委員コンビが計算づくで俺を音楽室に連れ込んだということか。

 あとで聞いてみたほうがいいのか、それとも知らん振りを決め込んだほうがいいのか。

 英語の教科書をめくりつつ乙彦はぐっと前髪をかきまわした。


「関崎、おっひさ!」

 五時間目が終わり今日はこれで終了だ。振り返ると我がクラスの下ネタ女王様がにやにやしながら待ち構えている。実はまだ、今年に入って一度も挨拶を交わしていなかった。無視したわけではないのだが。忘れないうちに新年の挨拶を交わす。

「あけましておめでとう」

「もうお正月なんて終わっちゃってるってば。それにしても関崎、あんた何かすごく一皮向けたみたいねえ。もう皮がむけて丸出しって奴?」

 聞きつけた立村があきれたようにこちらを見たが、すぐ疋田に呼び止められて話をしている。本当はそちらの方が気にかかる。

「美里から聞いてるけど、あんた生徒会役員として絶好調って話だけど、相変わらず張り切ってるねえ」

「別にそんなわけではない」

「無理しなくたっていいよ。あんたにさ」

 古川は乙彦の耳元にささやきかけた。息はかかるがなんも感じない。

「いろいろあるってのに、がまんして引いてくれたって感謝してたよ、美里がさ」

「だからなんだそれは」

 声を低めた。さすがに女子評議、状況をわきまえてくれている。

「わざわざ難波にいい役譲ってくれたってさ。美里も理屈に合わないことだって重々分かってたみたいだし羽飛も同感だったようだけど、事情が事情だからねえ」

「古川、それ、本当にあのふたりが言ってたのか」

 確認した。乙彦の見る限り清坂と羽飛のふたりは道理を捻じ曲げて難波に全権与えているとしか見えないのだが。古川は頷いた。また声を潜めて続けた。

「中学時代からひきずってるいろんなことがあるんだよ。あいつにはね。今やらないときっと一生難波の奴後悔するに決まってるから、最後のチャンスってことでさ。あんたもたぶん知ってるよねえ」

「霧島の姉のことか」

 じっと古川は乙彦の顔を覗き込んだ。

「知ってるんだね。そういうこと。美里はそれ以外のことも知ってるからさ、この時期以外にチャンスはないって判断したんだよ。面倒な事情があるからこれ以上何も言えないけど、関崎がこの三ヶ月を特別に譲ってくれたおかげで丸く収まりそうなんだよ」

「だから何がだ」

 それ以上古川は答えず、さっさと他の女子たちの元へ駆け寄っていった。どちらにせよ面倒な事情が絡んでいることはよくわかったし、古川が生徒会合宿時の言動をほぼ把握していることも理解した。どちらにせよ、頭が痛い。

 ──やはりいつもの奴らとしゃべるのが一番だ。

 生徒会室にはそんなわけですぐに行かなくてもいいだろう。乙彦は教室を出た後すぐに図書室へと向かった。約束通り、名倉と静内がいつもの席で待ち構えていた。


「関崎、さっそくなんだけど、合宿の話聞いたよ」

 開口一番静内が乙彦に、机を軽く叩いて言い放つ。

「名倉が言うには、なんか他の学校の交流会に目の色変えてたんだって?」

 もうそんなことまでばらしやがったのか。乙彦がちらと名倉に拳骨を食らわすまねをすると、すぐはたかれた。いつものことだ。

「目の色は変えていない。ただ、事情が事情なので話し合いはきっちりしただけだ」

「けど驚いたよね。関崎に女子高の友だちがいるなんて知らなかったよ」

「いや、俺は知ってた」

 名倉がおもむろにつぶやくのを聞き逃しはしない。肩を強引に引き寄せて理由を問う。

「どういう意味だ」

「苦しい、話せ。静内も覚えているだろ」

 全力で乙彦の腕を引き剥がした後、名倉はピストル打つ指で乙彦をつんとつついた。

「青潟工業の学校祭に行った時、関崎ずっと可南女子の生徒と長話してただろ」

 まずい、忘れていた。雅弘の学校祭で水野さんと話していたのを見られていた。確かあの時は入れ違いで水野さんが帰ったので、気づいていないと思っていたのだが。恐るべし名倉、油断はならない。

「そういえばそうだよね。中学の同級生とか言ってたよね」

 そんな話をした記憶もない。どこでそういう情報が流れているのだろう。厳密に言えば水野さんとは小学時代こそ同級生だったが中学に入ってからはずっと別クラスだった。

「となると、関崎はこう見えて意外と?」

「うるさい、そんな話関係ないだろ」

 手でハエを追い払うようぶんぶん振ってやる。

「いい機会だから聞きたい」

 名倉は静内も手で寄り添うように合図をし、小声で乙彦を問い詰めた。

「あの女子のうちどちらが可南の生徒会長なんだ? パーマのほうか、お下げのほうか」


 ──こいつ、どこまで見てるんだいったい!

 生徒会会計の鋭い問いに嘘は付けない。

「後者の方だ」

 顔を見合わせた後意味ありげに頷きあう名倉と静内に、乙彦は身を小さくするほかなかった。

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