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5 三学期始業式(2)

 二学期同様、始業式開始後すぐに授業へと移行した。あまりにも自然過ぎて一ヶ月間休んでいたという感覚が消えていくのが早い。宿題もそれなりに提出したが、夏休みと違って自由研究にさほど熱を入れているわけではないので特段盛り上がることもない。気がつけばいつもどおりにノートを取っている自分に気づく。

 ──慣れるのが早いよな。

 中学だと始業式当日は午前中でさっさと家に戻ることができるのに。これも高校ゆえか。


「関崎、悪い、少しいいか」

 あっという間に昼休み。給食のチャーハンも元気に平らげ、生徒会室へ向かおうとする乙彦を立村が先回りして呼び止めた。

「なんだ?」

「少しだけ時間もらえるか」

「わかった、どうした?」

 わざわざビニール袋をぶら下げて何の用だろう。立村はまじまじと乙彦を眺めた後に、

「ポケット、何も入ってないよな」

 ブレザーのポケットに指差しして尋ねた。

「ハンカチとちり紙くらいだが」

「そうか、なら入るな」

 そのまますぐ乙彦の背中を押すようにし中庭に出るよう促した。大雪が積もったせいか足跡がほんの少し。それなりに道は出来上がっているが迷路のように見えなくもない。風は冷たく、制服だけだと長時間は厳しい。息も白い。

「これ、頼まれものなんだけど、今すぐポケットの中に隠してもらえないかな」

 立村はそっとビニール袋から小さな箱を取り出し、あたりを見渡した。窓からちらちら様子を伺う生徒たちもいるようだが知り合いはいない。立村も同様らしく、

「もし何か聞かれても知らん振りしてほしいんだ。少し目立つ箱だからさ」

 そっと乙彦のポケットに押し込もうとする。丸い缶のようなものだが中に台紙がしいてあるらしい。ポケットに納まることは納まるが、丸い缶の輪郭がぽっと浮かぶ。

「なんだこれ」

「教室では人目があるから渡せなかったんだ。早いけど、バレンタインデーのプレゼント」

「はあ?」

 思わず立村の顔を覗き込む。真顔で言っているのか確認したい。立村は首を振りながら穏やかに笑みを浮かべた。

「大丈夫、関崎争奪戦に俺、参加してないよ」

「まさか、あの」

 ──葉牡丹の。

 口に出せず飲み込もうとすると、立村はすぐに誤解を解いてくれた。

「宇津木野さんから関崎に、感謝の気持ちを込めてって。疋田さんが預かってきてくれたんだけどやはり女子たちの目がいろいろあるし、中身が中身だからかえって誤解されたら大変だしってことで俺が代わりに」

「宇津木野か」

 すっかり忘れていた。終業式後の音楽室で、立村と疋田に連れられて「モルダウの流れ」を全力で歌い上げたことがはるか昔のことのように感じられる。いろいろなことが今年になりありすぎて上書きされてしまったかのようだった。

「そうなんだ。あの後疋田さんがすぐ郵送で宇津木野さんに送って、そのお礼ってことらしいんだ。まだ日本にいるけどそろそろイタリアに発つし、もう学校に挨拶に来れそうにないからってことで、お礼の手紙も入っているよ」

「別に礼を言われるようなことはしてないが」

 ポケットの上を軽く撫でて見る。「モルダウの流れ」を疋田の伴奏で歌い上げた時、自分の心地よさだけに酔いしれただけであり、宇津木野のためという想いはあまり感じていなかった。いわば音楽室をカラオケボックスにしたようなもの。そんな自己満足のために歌ったテープを感謝されてしまうとは、なんだか申し訳ない。

「疋田さんから聞いた限りだけど本当にうれしかったみたいだよ。素直に受け取っておけばいいんじゃないかな。とりあえず、渡したからな。それとくれぐれも他の奴らの前で開けるようなデリカシーのないことはするなよ」

「おい、立村」

 呼び止めるも立村は、ビニール袋をぶら下げたまま足早に校舎へ戻っていった。本当は立村ともう少し話がしたかったのだが残念だ。


 ──だが、ずいぶん義理堅いな。

 空は曇り気味、またまとめて雪が降り注ぎそうだ。手をこすり合わせ中に入る前に、包みの中だけ確認しておこうと思った。やはりポケットに丸い缶は目立つ。おそらく藤沖あたりに目を付けられるだろう。いや、静内、名倉の外部組に遠慮なくつつかれる可能性もある。妙な誤解を招かぬうちに小さくまとめておきたい。まあ、校則違反か否かについては当の規律委員である立村と疋田が持ち込んだものだし違反カード切られたりはしないだろう。ポケットから取り出し、ピンクの包みを破いて開いた。 

 ──なんだこれは。

 いかにも女子好みのピンク色の缶、その下に台紙のように差し込まれていたのは小さなメッセージカードだった。指先で封を切り、また小さな紙を引っ張り出す。ふちをピンキングはさみでぎざぎざに切り取ってあるその中には、新聞紙の文字の見出し程度に小さくなにやら綴られていた。文字のきれいさを読み取ることの難しい大きさだった。

 目に近づけて、読む。

 何度かまばたきして、読む。

 文章の意味を理解するのに、数秒要した。


 ──あなたの歌声に合わせて伴奏できたことを一生忘れません。ありがとう。

 ──関崎君、大好きです。

 

 署名も「あつ子」と名前のみ。

 ──あの、これは、いわゆるその。 

 乙彦は手紙とお菓子の小さな缶をもう一度袋にしまい直した。男子として生きてきて、生まれて初めての恋文らしきもの、確かにうっかり落としでもしたら大変なことになる。かくなるうえは急いでどこかに隠さねばならない。まずは教室に戻って絶対に見られそうにない場所に隠さねば。手紙だけでもばれないところに納めねば。そうだ、生徒手帳という絶好のはさみどころがある。震える手で手紙を取り出しなおし、生徒手帳の裏表紙にそれを納めた。学生証の裏であればまず落とすこともないだろう。


 





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