4 生徒会冬合宿(20)
受けて立つ難波が、めがねをかけ直すそぶりをする。敵役ムードをわざとらしく出そうとしている。
「言いたいことあるなら言えよ」
「言わせてもらう」
きっと言い返す。本当は昨夜のスピード勝負で決着ついた以上みみっちく文句を言うなんて下の下だとわかっている。乙彦だって本当はがまんして黙っているつもりだった。
──だが、あれはあまりにもあんまりだ。
隣りで名倉が、
「関崎落ち着け、お前らしくない」
ささやくが無視させてもらう。そもそも乙彦らしさというのは、青大附高においてほとんど発揮していなかったようなもの。外部生のちょっと目立つ奴程度の認識しかないのだろうが、本来の乙彦は水鳥中学のシーラカンス。堅物過ぎてみな一歩ひいてしまう、女子なんて誰も寄ってこない、そんなむさくるしい奴だ。
「関崎くん、言う前に一点注意なんだけどね」
清坂だけが冷静に口を挟んだ。
「ここで言いたい放題するのはいいけど、いったん始まったらもう文句言うのは許されないと思う。だから、今日この場で話してほんとのほんとに決着がついたら、もうここから先は一切口出さずにしたがってほしいんだ」
「誰に」
「難波くんに。難波くんは今回のプロジェクトに最適だと思うから」
鼻高々な表情の難波に、すぐ清坂は呼びかけた。
「それと難波くん、今まで言いたいことあったんでしょ。全部ここでぶちまけちゃっていいよ。でもね、私たちの目的、忘れちゃだめだからね」
「目的?」
「そう。難波くんさっき言ったでしょ」
清坂がふたり男子を軽く牽制したのち、すぐ羽飛が仕切りなおした。
「ん、てなわけでじゃあ関崎、お前さんの異議についてまずは申し立てろ」
お安い御用だ。乙彦は立ち上がった。難波との間には適度な距離がある。とびかかったり殴ったりはできない程度の隙間だ。冷静に、まかりまちがっても中学時代と同じ轍は踏まない。
「俺は、青大附高にきて一年も経ってない。よってこの学校特有の文化とかそういったもんはよくわかってない」
乙彦は切り出した。ばかにしたように見返す難波の目をじっと捉えた。
「試験にやたらと論文形式のものが多いのはなんでなのかとか、小難しい文学書ばかり読んでいる奴がいるのはなんでかとか、公立上がりの俺には想像を絶する世界が繰り広げられているのはわかるし面白いことも多い。だが、それが他の学校における優位点と思ったことはない」
「優位点だと?」
目つき鋭く難波が返す。
「そうだ。優越心、と言い返せばいいのか。青大附高に入学するにはかなり成績がよくないとまずいだろうから、他の学校の奴よりもすごいと威張りたくなる気持ちもわかる。俺も死に物狂いで勉強して受かった人間だし、そりゃやらない奴よりはすごいと思いたい」
「ごもっとも」
鼻でせせら笑うようなその態度。これがもし純粋に難波の性格だとわかっていたら、さほど乙彦も腹が立たなかっただろう。軽蔑すればすむことだ。
更科や羽飛、また立村と接している時の難波はこうも高慢ちきではないしむしろ友だち思いのいい奴なんじゃないかと感じられる時だってある。しかし乙彦を始めとする外部生に対してのみなぜこうも敵愾心を隠さないのか。思い切りひっぺがえしてやりたい面の皮というのが確かに見える。
「難波に聞きたいんだが」
エキサイトし過ぎて足元が見えなくならないよう、乙彦は息を整えて問いかけた。
「なんだ」
「なぜ、青大附高が可南女子高校に『教えてやりたい』とか『自信を付けさせたい』とかそういった人を見下ろすような扱いをして挨拶しなければならないんだ?」
「見下ろすつもりはない。ただ現実を口にしただけだ。俺はあの学校の内部事情をそれなりに聞き知っている。教室の中を勝手にうろうろしやがってまともに授業が成り立たない、受験の際は自分の名前が書ければ誰でも合格する、卒業式当日、校門にはわざとらしくパトカーのおっちゃんたちが休憩している、などなどだ」
──否定はしない。
実際そういう噂があったからこそ、乙彦も水野さんの入学には不安を感じたものだから。奇麗事は言うべきではないのかもしれない、しかし。
「それはあくまでも噂だろう。難波、お前は実際可南女子高の生徒と話をしたり学校の中に入って観察したりとかそういうことしたことあるのか?」
「あるわけないだろ。女子高にもぐるほど俺も悪趣味じゃねえよ」
吐き捨てた難波の肩をを隣りの更科が立ち上がりさりげなくさする。
「なら、一面的な見方でもって生徒会の彼女たちにぶつかり、上から見下ろす格好で説教したり青大附高でございとばかりにエリート風ふかせて接しようというのは、明らかに先入観の塊としか言えない行動じゃないのか!」
テーブルを両手で叩いた。隣で名倉が腕を押さえようとする。悪いが邪魔だ。
「俺もはっきり言って女子高はぜんぜんわからん。だが、ひとりだけその、生徒会長の一年女子が右往左往しているということだけは実際聞いている。苦労しているとも話を聞いた」
「関崎、それいつだ。俺が先入観の塊というからにはお前も実際生情報を得ているんだろうな」
「ああそうだ。今年の正月三日に彼女と会った。市内のカラオケボックスだ」
押さえるような笑い声が聞こえた。たぶん泉州だ。にやにやしている。
「お前らしいところだなあ」
のんびりした声は羽飛のもの。
「確かにいろいろ問題のある学校だとは感じた。だが、彼女はその環境の中で少しずつ自分の場所をこしらえていっているし、さらに同じ価値観を持つ友だちをも増やしていっているようなんだ。具体的にどうとはプライバシーの問題もあるのではっきり話すことはできないが、他の学校で苦労して傷ついた女子とか、その他いろいろな事情持ちの人とか、さまざまな人たちを助けようと努力している。彼女ひとりじゃない。誰もが警察のご厄介になるような生徒ばかりではないし、何よりも可南女子の生徒会において彼女は全くいじめられていない。もちろん生徒会長としては問題山積みの面子らしいが、少なくとも彼女を守ろうと不良の先輩たちが立ち上がっているくらいだ。ヤンキーだとか札付きとか勝手なイメージを持つ俺たちとは別のところで、ずっときれいな世界が広がってる、そういう現実だってあるんだ」
乙彦の声だけが凛と響く。清坂がまっすぐ、乙彦を見つめているのがわかる。
「だからこそ、俺たちは可南女子高校生徒会に対して殿様面して乗り込むのではなく、一緒に学ぼう、一緒にやっていこうそういう気持ちで入っていくべきじゃないのか? 難波が青潟市内の高校全体に青大附高の文化を伝えたいのは間違っているとは思わない。だが、学校文化は青大附高がすべてじゃない。もっと他の高校、いや、中学だって小学校だって幼稚園だってある、すべてに対して敬意を持つべきだ。俺の頭がからっぽだから分からないといわれればそれまでだが、難波、お前の言い分には可南女子高に対する敬意など全然感じられなかった。だから俺は異議を唱えたい。そんな意識で話を進めるなら、俺は全力で阻止させてもらう!」
しんと静まった集会室の中、やがてぱたぱたぱたと手を叩いたのは清坂と、一拍ずれて鴨河先生だった。ふたりが微笑みあっているのが気味悪く感じられた。
「関崎くん、ありがとう。いいよ、もう座っていいから。それと難波くん」
乙彦に対し小さく会釈をした後、清坂は難波に向かい明るい声で呼びかけた。
「今、関崎くんが言ったこと、難波くんはわかって言ってるよね。絶対にそうだよ。ただ関崎くんには難波くんの説明のしかたがまどろっこすぎて伝わらなかっただけだって」
「清坂?」
戸惑ったように難波が顔を挙げる。乙彦が怒鳴っている間、難波の頬が紅潮しぎらぎら額をてからせていたようで、言い返すことすら出来ない様子だった。要は図星だったのだろう。乙彦の言い分は決して間違っていないはずだ。なのに、なぜといった風に。
次に清坂は乙彦の席に近づいてきた。立ちっぱなしの乙彦に真っ向から、
「関崎くんが心配なのはわかってる。でも三学期の間だけ、難波くんにすべて任せてもらいたいの。これは渉外の仕事として絶対に、難波くんにやり遂げてほしいの。ううん、難波くんでないと絶対にできないの」
「絶対とかなぜそんな断言をするんだ? 俺は別に難波の仕事を取りたいんじゃない。ただ考え方が」
思わず声が荒くなる乙彦に清坂は首を振った。
「関崎くんにはこれからたくさんお願いしたいことがあります。今だけは私のやり方を試させて! お願い!」
その後、乙彦を無理やり名倉が肩を押し付けて座らせた。同じように更科も難波になにやらささやいて腰掛けさせている。清坂は自分の席に座り、改めて宣言した。
「そういうわけで、可南女子高との交流の件は鴨河先生と難波くんにすべて一任します。先生、よろしくお願いします」
鴨河先生が何も言わず清坂に向かい片手を挙げて振っている。その手先を羽飛だけがじっと見つめていることに、乙彦はなぜか気がついた。
、




