1 水仙の白き花(3)
雅弘が水野さんを迎え入れて自分の隣りに座らせた。自然、乙彦と向かい合う形になる。正面で改めて挨拶を交わす。
「あ、新年あけまして」
言葉がうまくでない。こんなんだったら調子にのって歌いまくるんでなかったと思う。雅弘も乙彦と水野さんを交互に見やりながら、
「ここだったら人にもじろじろ見られないですむからね。さっきたんにはちょっと、来づらい場所だったかもしれないけど。ごめんね」
労いながらすぐジュースを部屋の中の電話からかけた。
「ううん、大丈夫。このあたりの地理はだいたいわかるから」
雅弘に笑いかけ、改めてはつかねずみのように俯く。
──全く変わってない。
少し暗めの照明にミラーボールがぐるぐる回っている。うるさく感じるが仕方ない。止めようがない。
雅弘が水野さんに確認せず注文したのはヨーグルトドリンクのようなものだった。すぐに受け取り硝子のテーブルに置いた。まだ口をつけないで乙彦をやさしく見つめている。
「あ、あの、今日は正月そうそうあの」
「佐川くんから聞いたわ。ありがとう」
──雅弘の奴、またわけわからねえこと言ってないだろうな。
じろりと雅弘を見るが全く気にしちゃいない様子で水野さんに、
「あ、そうだ、持ってきてくれた?」
などと声をかけている。どうやら水野さんが雅弘に頼まれ物をしていたらしく、ピンク色の大きめな包み紙を取り出し手渡している。乙彦が見咎めるのを気にしてか、
「佐川くんの学校の人に頼まれてあずかったものがあったの」
はにかんだ。すぐに雅弘も中をのぞいて確認し、
「うん、高校の友だちの妹が受験でいろんな学校の情報を知りたがってて、さっきたんに頼んだら集めてくれたんだ。女子高のこと全然わかんないから助かるよ」
なんだかうそ臭いとも思えるがまあいい。気にする必要はないだろう。
ふたり仲良く微笑みあう様子は、ちょうど一年前のふたりとほとんど変わらない。あの頃と違うのは雅弘と水野さんが曲がりなりにも「付き合っていた」ということだけだった。
──雅弘、こんなに仲がいいのになぜ別れたんだろう。
親友だからこそあえて触れない一点。
雅弘曰く、高校進学したらなかなか逢えなくなるしそれを考えればけじめをつけて友だちに戻ればいい、とのこと。中学卒業式に決断したのだとも。その後の事情を考えると残酷な展開と思えなくもないが今だにこんな親しげなのはやはり、憎からず思うところもあるのだろう。さすがに乙彦は水野さんを「さっきたん」とは口が避けても呼べない。同時に絶対呼び捨てにもできない。「さん」で呼ぶことの意味が大きい女子だった。
しばらくふたりは楽しげに語らっていた。互いに冬休みどのように過ごすのか。年末年始水野さんは親の田舎に泊まりこんでいたとか、凧揚げの手伝いをしたとか、きわめて日本的な正月を過ごした話にみな和んだ。
「うちは正月二日まで休み、今日から初売りなんだ」
「忙しいのね」
「でもちゃんと初詣にも行ったし、泊まりじゃないけど親戚周りもしたし。結構それなりにのんびりしたよ。あ、それでおとひっちゃんは?」
黙っていた乙彦に雅弘が水を向ける。別に気を遣わないでもいいのにとは思うが聞かれたらそれなりに答える。
「正月はきっちり遊んだが明日から講習なんだ。よりによって五日間ぶっちぎりってのはどういうもんだと思う」
「講習って冬期講習? 学校の授業?」
目の前のふたりが信じられないといった顔で乙彦を見つめる。他の学校は違うのか。
「そうだ。その後生徒会の連中と合宿が一泊二日であるんだ。青潟青年の家で泊り込み、延々と明日の生徒会について語り明かす予定なんだ」
「へえ、すごいなおとひっちゃん」
「生徒会で合宿なのね」
尊敬するような眼差しを水野さんから受け取った。ちょうど話の切り替えタイミングがつかめたようだ。乙彦はさっそく、
「水野さん、単刀直入に聞きたいんだが、可南の生徒会長に就任したというのは本当か」
切り込んだ。嘘とは思っていないにせよ、水野さんの口から確認したかった。
「おとひっちゃん、だから嘘じゃないって」
あきれたように雅弘が間に入るのを水野さんはやんわり止めた。
「驚くのも無理ないわ。そうなの。なぜか、そうなってしまったの」
「大変だよな」
乙彦の言葉に、水野さんは泣き笑い入り混じった表情でこっくり頷いた。
「俺がある程度話しておいたから、さっきたん、話したいところだけしゃべればいいよ」
雅弘の気遣いに何度も頷きながら水野さんは語り始めた。白いコートを脇に置き、手をきちんと膝に重ねたまま。紺色のすとんとしたニットワンピースをまとっていた。
「私、なぜこんなにあの学校で高く評価されているのかがよくわからないの」
首をかしげ、静かに。
「私、頭もよくないし気もきかないし、そんなに成績がよいほうとも思わないのだけどなぜかクラスでは優等生の扱いをされてしまっているの。最初は遅刻しないからかなって思っていたけれど」
「遅刻しないのは常識だと思うんだが」
乙彦の言葉に水野さんは頷いた。
「私もそう思うの。でも、可南では遅刻をしないということ自体がすごいこととして受け止められてしまうし、授業中ちゃんと席についているだけでも褒められる。それだけじゃないわ、制服の裾を伸ばさずに着ているとか、お化粧しないとか、マニキュアしないとか」
「それ、常識過ぎるほど常識じゃないのか」
また乙彦もつぶやいてしまった。水野さんが並べる日常は決してハードルの高いものとは思えない。人間だから遅刻の一度や二度はもしかしたらありうるかもしれないが、単純に校則を守っているだけで高く評価されすぎるというのは確かに疑問だ。
「それで目だってしまったのかもしれないの。それで十月に私、先生に呼び出されて生徒会長に立候補しなくてはいけないってお説教されちゃったの」
「先生に呼び出しか?」
「関崎くんは立候補したの?」
問い返される。もちろんイエスだ。
「他の人たちも?」
「ああ、そうだ。うちの学校はそれなりに先輩たちがつばをつけていったが先生がたがひっぱることはなかったな」
思い起こせば生徒会役員改選において教師の出番はほとんどなかった。規律委員の先輩たちは学校祭中何かにかこつけて生徒会室に乙彦を引きずり込んで顔を売ってくれたけれども最終的には自己判断で立候補した。今のところ現在の生徒会役員はすべて自分自身の意思で身を投じたはずだ。水野さんのように「ひきずりこまれた」奴はいない。
「それって水鳥中学時代の生徒会と状況が似ているよね、おとひっちゃん」
乙彦が言いたかったことを雅弘ははっきり口にした。
「今のさっきたんは内川くんと同じような立場にいるんだと思うんだ。いきなり先輩ばかりの生徒会に引きずり込まれて戸惑っちゃって、でも結局二年間でしっかりやり遂げた内川くんみたいにね。おとひっちゃん言ってたよね。内川くんを生徒会に口説き落とすって時絶対あいつなら大丈夫だって、そう断言してたよね」
どんぐり眼を大きく見開きながら雅弘は訴えた。部屋の中では相変わらずミラーボールがうるさくまわり続けていたが乙彦にはそれが真っ白い雪のように水野さんの肩へと落ちるように見えた。