4 生徒会冬合宿(15)
風呂でたまたま鴨河先生と隣りあったので、
「上がったら玄関でラジオ使いたいんですがいいですか」
と断っておいた。
「ラジオ? 部屋ではだめなのか」
「はい、実はBCLをやってます」
先生はBCLが何かを把握していないようすだったが、とりあえず電波が届く場所でラジオを聴きたいという意思だけはわかってくれたようで、
「十時過ぎになったら遅すぎるし、湯冷めしたら風邪引くぞ。早めに切り上げろよ」
の一言を返してくれた。一緒にいたのは名倉のみだったのも幸いし、風呂から上がったあとはすぐにラジオを抱えて玄関に直行することができた。
見るとすでに女子ふたりがトレーナとスウェトパンツ、さらにコートを羽織って待機している。阿木と泉州のみ、清坂はいなかった。名倉を通じて前もってふたりにだけは連絡はしておいたが、あの清坂のことだし羽飛と一緒に顔を出すかもしれないと危惧していた。
「ああ大丈夫。とりあえず外出ようよ」
ひっぱるのは阿木で、乙彦を即、無視して名倉にひっつく。名倉も最初は抵抗があったようだがいつのまにか黙ってそれに従った。その後ろから乙彦も泉州と並んで玄関を出た。もちろん完全防寒済みだが、靴下だけは履いていない。
「お風呂で会長には言っといたよ。ちょっとやぶ用あるから四人で外に出るって」
「それで問題なかったのか」
乙彦の問いに泉州はあっさり答えた。
「ちゃんと理由つけておいたからね。ほら、あのふたり」
セミナーハウスの庭から出て校舎に近い石畳のところで語らっているふたりのことだった。
「ちょっとうまく行きそうなムードなんで、協力してねってこと言っといたら納得してたよ」
「それはまずいんじゃないか」
「まずくないよ、実際阿木ちゃんそうじゃん」
──阿木はともかく名倉は迷惑している顔ありありじゃないか。
乙彦の本心を知ってか知らずか泉州は相変わらず濃い香水の匂いを漂わせている。髪をてっぺんに丸めてかんざしに似た棒のようなもので刺している。
「男子連中と相談があるらしいからどっちにせよ邪魔する人はいないし、いいじゃん私たちはその、何、BCLだかに付き合うってことでね」
「そうだな。とりあえず準備するからな」
メモ帳と鉛筆、それと懐中電灯。大学校舎のほうにはまだ灯りがついている。乙彦はすぐにラジオを地面に設置し、できるだけ長くアンテナを伸ばした。風呂あがりでまだほかほかしている身体とは反対に指先が冷え切る。一緒に泉州もしゃがみこんだ。
「外でラジオ聴くのがそんな面白い?」
「ああ、今、聴かせてやるから待ってろ」
今の時間ならたぶん、東欧の放送局が強い電波を発しているから掴みやすいはずだ。さほどチューニングするのも苦労がない。すぐに日本語放送を取り込めた。
「きれいな日本語だけど、もしかしてさ、これがいわゆる海外の日本語放送?」
「そうだ。今の時間はあと韓国や中国などのアジア系が中心なんだ。真夜中だともっといろいろな国の放送を聴くことができる、らしい」
「らしい?」
「早朝バイトがあるからあまり夜更かしはできないんだ。冬休みの間は多少挑戦できたんだが、AMラジオだとやはり限界があるな。短波ラジオが本当は必要なんだ」
泉州がどこまで把握しているかは分からないが、面白そうに相槌を打っているところみるとそれなりに興味は持ったようだ。
「男子はこういうの好きだねえ」
一方名倉と阿木はふたりきり、夜空を見上げている。それなりに会話は成り立っているように見える。
「盛り上がってるようだけど、時間なさそうだからこっち呼ぼうか」
「そうしよう」
泉州はすぐに立ち上がり、ふたりに近づいて手招きした。しかたなさそうに戻ってくる阿木と、心なしかほっとした顔で関崎の隣りにしゃがむ名倉と。
「とりあえず、話を進めるか」
「わかった、さっきも名倉くんに話したんだけどね」
少しふくれっつらしつつも阿木は泉州と並んで花壇の煉瓦に腰掛けた。
「可南女子高って、ゆいちゃんの行ってた学校なんだよね」
すぐに泉州がフォローを入れてくれた。
「噂、聞いたことあるんじゃないの、うちの学校から可南に追い出されたことで有名な女子がいたってこと」
「聞いたことはあるが」
会ったこともあるがあえて口を閉ざし、乙彦はラジオのアンテナを指で押さえた。
「難波くん、ゆいちゃんのこと今だに追っかけてるからねえ」
阿木が名倉に向かい、頷いてみせたが無視されていた。
──そういうことか!
思わずラジオをひっくり返しそうになる。それまで切れ目なく入っていたラジオ番組にいきなりノイズがとんだ。慌ててチャンネルを合わせなおそうとするも名倉に手で制された。がーがー音が響くのみ。
「知ってると思うけど私、三年の後期だけ評議委員に入ったんだけどね」
阿木が話を戻す。名倉がラジオの音量を無理やり上げる。
「ふつう評議委員はよっぽど揉めなければ三年間交代したりしないもんなの。けど、当時評議委員やってたゆいちゃんが可南に行くことになってやる気なくしてしまい、私が押し上げられちゃったのよね」
「そうだったよねえ」
穏やかに相槌を打つ泉州。男子ふたりはただ聞き入るのみだ。
「ゆいちゃんも難波くんが何かあるごとにつっかかってくるって愚痴ってたし、いわゆる天敵かと思ってたんだ。むかつく同士なだけなのかなって。そしたらびっくり。小春ちゃんとゆいちゃんが自殺しようとした時に」
「阿木ちゃん、それはやめときなよ」
やんわり泉州が注意するが、名倉が首を振った。
「詳しく聞かせてくれ」
口も利けない乙彦の代わりに、促してくれた。
「そうなんだ。ゆいちゃん、青大附中からよりによって可南に進学させられるなんてプライドが許さなかったんだろうね。仲良しだった小春ちゃんって子と一緒に自殺しようとしてスーパーの屋上に向かったのよ。詳しいことはわからないけどその情報を当時同じく評議だった難波くんが聞きつけて、それで慌てて追いかけて身体張ってゆいちゃんを止めたんだって。これ、更科くんから聞いたことだけど」
「止めたということは、助かったんだよな」
「生きてる。可南に通ってる。元気だって。けど、前はすっごく元気いっぱいだったゆいちゃんがすっかり青菜に塩状態でしょんぼりしてるってことも噂で聞いてる。それと」
阿木は何度も辺りを見渡した。そのしぐさに合わせて名倉も音量を上げる。うるさいくらい雑音が響く。
「高校に入ってからも難波くんは、ゆいちゃんの弟の霧島くんを捕まえては様子を確認したり、時間のある時はわざわざゆいちゃんちに偵察に行くらしいんだ。別に何か危害及ぼしているわけじゃないからみんなさらっと流してるけどね」
「そういうことか」
やっと言葉を発した乙彦に、泉州はゆっくりと頷いて答えた。
「霧島さんが難波くんのことをどう思っているかは別として、事情知ってる元評議の人たちは何とかしてそっちの決着も付けさせてやりたいんだろうね。本当は関崎に任せておけばいいってわかってても、そういう見えない裏事情ってのはあるんだねえ。あーあ、今小春ちゃんがいたらなあ」
じりじりぴいぴい、ラジオの発する音に包まれた冬の夜。
──藤沖の言った、「もうひとりの奴」は難波だったとは。
かなわない。この事実を知ってしまった以上、無理やり引っぺがすことなどできはしない。




