4 生徒会冬合宿(10)
──なんだこの異様な雰囲気は?
清坂と羽飛が根回ししていたのだろうということは何となく感じられるのだが、妙にみなが動揺しすぎているような気がする。渉外で乙彦とは火花を散らしている難波というのもあるのかもしれないが、それにしても妙だ。全く気づいていないのは名倉だけのようで、
「なんだこれは」
小声でつぶやくのみだった。わからなくたっていい。とりあえずは羽飛と清坂の手さばきを見守るしかない。どういうやり方であったとしてもだ。
「関崎くん、もう少し詳しいこと、聞いていい?」
からりと清坂が笑顔を向けた。いつもながらまぶしすぎて目を焼きそうだった。心して答える。
「分かる範囲であれば答えるが」
「その生徒会長さんなんだけど、可南の女子なんだよね」
「あそこには男子は入学できないはずだ」
いたって乙彦はまじめに答えたつもりなのだが、一瞬のうちに爆笑に包まれる。もちろん顧問も一緒だった。清坂は混じらずにさらにきっちり質問を重ねた。
「それはわかってるんだけど、関崎くんはそのお友だちの人以外の生徒会役員の人と会ったことある? 私、友だちで可南の子何人か知ってるんだけど、関崎くんは?」
「親しい相手はいない」
だから、何故笑うんだろうか。特に泉州と阿木が顔をつっぷしているのは解せない。
「生徒会長さんなんだよね。一年で大変だよね」
「清坂も同じだろうし、比較はできないが」
ちらと清坂の表情がはにかんだように見えた。
「でも私はまだ、友だちがたくさんいるから平気だけどその生徒会長さんは、生徒会で仲良しの友だちとかいないのかな。やっぱり先輩ばっかりなのかな」
「確か、そうだと聞いている」
水野さんから聞いた限りだと、親しい友だちは全く生徒会の中にはいないらしい。先輩役員たちはおとなしい水野さんを可愛がってはくれるけれども扱いはあくまでも傀儡。自分の意思を通じ合える環境ではなさそうだ。すべて説明すべきかもしれないが、やはり先入観を持って入ってしまうとかえって水野さんの立場を悪化させてしまいそうな気がする。
「そうかあ。大変だね」
軽く相槌を打った後、清坂は羽飛に話を振った。
「貴史、あんたどう思う? いきなりさ、うちの学校から交流を求められたりしたら、可南女子高校の生徒会の人たち、どう思うかなって」
「まあ、最初は驚くんじゃねえの? 先生、ちょっと聞いていいっすか」
受けた羽飛はボールを次に鴨河先生に投げた。あっさり受け取る先生。すっかり生徒たちと同化している。午前中の先生らしい振る舞いはどこへやらだ。
「他高校との交流についてか?」
「そうそう。俺が知ってる限りだけども中学時代俺、青大附中で交流とかやったこと一回くらいしかねえけど生徒会ってどうなの。確か、関崎のいた水鳥中学となんかやっただろ、あれくらいか?」
「遠くの学校とは泊り込みで意見交換をすることもそれなりにある。意外と青潟の学校とは学校祭を訪問しあったりする程度なんだがな」
今度は泉州が阿木と、
「ねえ、また合宿みたいなことするのかな」
などと私語をかましている。あまり気にはしないでおく。清坂がやはり鴨河先生の答えに食いついた。
「遠くの学校って姉妹校とか提携校とかそういうとこですか?」
「伝統的に校風が近い学校ということにはなるな。青潟市内の学校だと、やはりどこかずれが生じてしまうというのもあってあまり積極的な交流活動は今まで行ってこなかった。あえていえば年に一度程度、青潟市内の生徒会同士で集まり意見交換を行うことはあったがな」
ということは、可南女子高校との交流はほとんどといっていいほど今まではなかったわけだ。予想していた通りではあった。
「そうだったんですかあ。先生、じゃあひとつ、提案していいですか?」
清坂は羽飛と顔を合わせて頷いた後、ぐいと身を乗り出した。
「これ、私にとって中学時代からの宿題みたいなものなんですけど」
ひと呼吸置いて、
「青大附高で一回、全校生徒が自由に参加できる他高校との交流会を開きたいんです。これ私が生徒会長に立候補した時から考えてたことなんですけどね。ええっと、去年私と一緒に評議委員やってた人なら分かってくれると思うんだけど。ね、難波くん?」
露骨に更科を飛ばして難波を名指しにすることに、何か意味でもあるのだろうか。しばらく難しい顔をして腕組みしていた難波は、ふんぞり返ったまま清坂の方を見た。
「交流会か、わからないわけないだろが」
「だよねだよね! ほら、立村くんが評議委員長だった時絶対これだけはやりたいって言ってた交流会! あの時は結局関崎くんのいた水鳥中学生徒会の人たちとしか集まれなかったけど最終的にはうちの学校で興味あるって人がいっぱいきてくれたよね!」
口を挟む必要があるのは乙彦のような気がする。挙手して間に入る。
「あの時は会場が青大附中だったからしかたなかったが、もし水鳥中学に来てくれたんだったらそれなりにうちの学校の連中も集まった可能性がある」
「わかってる関崎くん、だからちょっと待って」
あっさり清坂に交された。すぐに難波に話を持っていく。
「学校内で委員会に参加してない人たちがたくさん足を運んでくれたじゃあない? あの時はうちの学校の教室借りるしかなくって一回こっきりで終わっちゃったけど、どうせだったら他の学校の生徒会の人たちと協力して持ち回りで集まるって方式、面白いと思わない?」
「確かに面白そうだね」
相槌打ったのは難波の隣りの更科だった。
「結局評議委員会は立村くんがああいうことになったのでそれきりになっちゃったけど、どうせだったらそれを生徒会主導で提案したらどうかなって思ったの。ある程度の運営ノウハウは私とか、ええっと難波くんとか、更科くんとかいるし。それに関崎くんもいるしね。最終的には意気投合した青潟市内の生徒会同士で場所を持ち回りにして交流してもらったり、場合によっては別の会場借りたりとかも出来るんじゃあないかなって」
ここで清坂はぐるりと全員の顔を見渡した。
「けど、いきなりたくさんの学校にって、私もちょっと自信ないんだよね。そこでなんだけど、関崎くんが提案してくれた可南女子高校の生徒会、そっちだったらちょうどつてがあるじゃない? 関崎くんがお友だちいて、その人が生徒会長ってすごいよね。だから正式にっていうよりも最初は軽いお友だち感覚で学校に遊びに来てもらったり、こっちから行ったりして、そこから少しずつ広げていくってのはどうかなって」
「悪くはないんじゃないか」
ぶすっとした顔のまま難波が答える。妙に堅い。
「うん、絶対いいと思う。それで難波くんにお願いなんだけど」
じっと、きりりとした眼差しで、
「渉外としての第一弾として切込隊長として、可南女子高校との交流会企画、全権任せたいんけどな。誰にお願いすべきかすっごく悩んだんだけど、やっぱり難波くんが適任だと思うの。関崎くんにももちろん手伝ってもらうけど、評議委員としての経験は大きいよやっぱり。お願いしちゃってもいい?」
──おい、そういうことか!
口が動かない。そりゃ難波は渉外だし適任といわれればそれまでだ。しかし可南女子高校の生徒会長を助けたいと案を持ち込んだ乙彦をなぜないがしろにするのかわからない。思い切り文句を言おうとした瞬間、羽飛が一瞬両手をあわせて拝むようなポーズを取り、すぐ解いた。約束したことを思い出した。
──羽飛の奴、こういう風に持っていくってわけか!
乙彦のぐらぐらした足元の揺れ具合を知ってか知らずか難波は表情を崩すことなくあっさりと、
「わかった。その代わり俺の手足として働く奴をひとり指名させろよな」
清坂の返事も待たずに、
「更科と組ませてもらうがそれなら文句ないだろ。同じ評議出身だ。それと俺に任せてもらった以上はしばらく余計な口を挟むなよ。しばらく俺なりに情報集める時間をもらえるとありがたいんだがな」
もっともな案を即時に清坂に要求し、あっさり飲ませていた。




