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1 水仙の白き花(2)

 部屋に通された。カラオケボックスと一言で言ってもさまざまな部屋があるのだがここは扉もしっかりしていてゆっくり過ごせそうな雰囲気ではある。六畳程度のこじんまりした作りだがソファーがちゃんと用意されているのでくつろげそうではある。

 ──さすがに水野さんを迎えるとなるとな。

 雅弘もレベルの低いところは選べなかったのだろう。きっとそうだ。乙彦はウーロン茶を注文した後マイクを手にした。今年初めて歌うことになる。

 ──まだ来そうにないし、一曲くらいいいだろう。

 今年は歌謡曲よりも比較的大人しめの歌を中心に歌っていこうと思っている。父も今年の夏ボーナスでは家族用カラオケキットを買おうかと話している。やはり歌は家族をまとめ友情を深める。これは真実だ。

 曲本を開いて番号を確認し打ち込む。せいぜい一曲くらい、なら。


「おとひっちゃん、退屈してなかったみたいだね」

「いやお前が遅かったからだぞ」

 気がつけば十五分ほど経っていた。いったいどこほっつき歩いていたのだろう。乙彦もしかたなく次、また次と曲を入れて時間つぶししていたのだが。雅弘が扉を開けて顔を出した。水野さんはいない。乙彦が雅弘の後ろを覗き込むと、

「さっきたん、あとから来るって言ってたよ。店に電話くれるって」

 聞いてもいないのに説明してくる。余計なことだ。

「ええっと俺もグレープジュース頼んでくるね」

 雅弘がすばやく外に出て、カウンターまで走っていく。ずいぶんこまこまと動きたがる奴だ。この調子で青潟工業でも過ごしているのだろうか。何はともあれうまくいっているようでなによりだ。

「でさ、おとひっちゃん、一応さっきたんとも電話でいろいろ話してたことがあるんだけど前もって話をしたほうがいいかな。おとひっちゃんがよければ、だけど」

「水野さんがかまわなければ聞きたいが」

「じゃあ話すけど、やっぱしさっきたんかなり苦労しているみだいなんだよ」

 雅弘はジュースが届くのを待ちかねるよう扉を見ながら、

「やはりいきなり生徒会長なんて、無茶だよ。かわいそうだよ」 

 吐き出すようにつぶやいた。


「水野さんが自分で立候補するとはどう考えても思えないんだが、どういうきっかけだったんだろうな」

 乙彦が水を向けるとすぐに、

「なんか、さっきたんのクラスってものすごく荒れてたらしいんだ。ほら、窓ガラス割るとか授業ボイコットとかすごいらしくってまともな学校生活送ることが出来る環境じゃあないみたいなんだ。信じられるおとひっちゃん? クラスで退学した人が四十人中五名ってすごくないか?」

「確かにそうだ」

 母数が多いからまだクラスも成り立ちそうだがもし英語科だったらどうなっているんだろう。背筋が寒くなる。

「それだけじゃあないんだよ。最近はそれでもましになったらしいんだけどいじめ問題なんかもあるらしくって面倒なこといっぱいなんだ。その中でさっきたんがいたら、そりゃ目立つよね」

 ──目立つどころかターゲットにされるんじゃないか?

 一番気になるところを尋ねてみる。

「まさか水野さんいじめられてたとか言わないよな」

「それがさあ」

 雅弘はしっかり言葉を溜めて答えた。

「しっかり信頼されちゃってるんだよ。聞いてて俺もびっくりしたんだけどね。さっきたん何度も女子同士の果たし会いの場で立会人させられたりしてるなよ。一度や二度じゃないんだって。それからいろんな問題が起きた時に、公平な立場から意見を聞きたいからって問題起こした奴らがさっきたんを指名してくるんだ。さっきたんが自分から売り込むんじゃなくてみんなが、頼ってくるんだよ」


 ──どっかの学校のどっかの俺とほとんど似ている状態か?

 雅弘はさらに説明を続ける。きらきら光り続けているミラーボールなど無視だ。

「最初、ええって思ったよ。さっきたんそりゃ生活委員三年間やってたくらいだしまじめだからかえっていじめられるんじゃないかって心配してたんだ。けど、なぜかみんな不良もいじめられてる人も、ついには先生たちすらもさっきたんに助けを求めてきてて。さっきたんもどうしていいかわからないのにさ」

「ということはなにか。水野さんは学校で評価されてるということか」

「そうだよ。されすぎちゃって、とうとう学校のいけにえにされちゃったってわけだよ。さっきたんだってまさか生徒会長を一年のうちにしなくちゃいけないなんて想像すらしてなかったしおろおろしている間に外堀がどんどん埋められちゃっててってことみたいなんだ」

「それで、水野さんは今」

 まだ連絡の入る気配もない中、乙彦は確認した。

「選ばれちゃったんだからしかたないってことでそれなりにがんばってるみたいだよ。けどさあ、生徒会室自体がもう崩壊していて溜まり場になっちゃってるとかとにかくまともな活動が出来る環境じゃないんだ」

「俺たちのいた頃の水鳥中学よりひどいのか」

 雅弘はおもむろに頷いた。


 ──気楽に歌っている場合じゃなかったってことか!

 話を聞いているうちにどうしようもなく身体が燃え盛ってくる。決してカラオケルームが酸欠になったからではない。乙彦の中から猛々しく荒れ狂うものが湧き出してくる。年末に雅弘が話してくれた時も驚きはしたけれども具体的な情報が少なかったこともあってまさかここまでとは思わなかった。救いなのは水野さんが露骨にいじめられたり嫌がらせされているわけではなく、優等生不良問わず慕われているという事実のみ。

 青大附高とは事情がかなり異なるが、いわゆる一年生中心の生徒会に放り込まれたような状況は決して心地いいものではないだろう。味方も少ないとなれば。

 ──自分の学校の生徒が頼りにならなければやはり、外部の奴らが手助けするのも当然だ。同じ立場でこれからやらなくちゃならない奴が手を差し伸べてどこが悪い? 青大附高生徒会という立場でもっと何か、動けないか?

 幸い乙彦は生徒会副会長。動く権利は確かにある。雅弘に感謝雨あられだ。


「すいませーん、お連れ様いらっしゃいました」

 呼びかけられて雅弘がまたちょこまかと扉に飛びつく。開いたその先には、白いするんとしたロングコートに黄色のマフラーを巻いた水野さんが微笑みながら立っていた。髪はやはり、お下げのままだった。

「さっきたん、連絡くれれば迎えに行ったのに」

「大丈夫、ちゃんと路、わかったわ」

 雅弘とはにかみながら会話を交わした後、乙彦を認めると、

「関崎くん、あけましておめでとうございます」

 そのまま丁寧に頭を下げた。



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