4 生徒会冬合宿(6)
十五分から二十分、かなり時間のロスはあったが女子もかなり遅れてきたので対して文句言う奴もいなかった。羽飛が清坂にすぐ近づき、
「貴重な十五分だったよな」
意味ありげにささやきかけ、
「ほんとね、全くよ」
半ば投げやりに返されている。見ると女子たちもどことなく表情が重たい。乙彦の隣りで名倉がまた阿木に、
「名倉くん、まだ午前中だよ。元気出そうよ、ね」
と明るく声をかけられている。ぶっきらぼうに答える名倉はすぐ乙彦に、
「どこも揉めてるな」
一言でまとめてくれた。もっともだ。女子チームも相当煮詰まっていると見た。
──何が目的なんだろうな。
よりによってこんな不毛なビデオを新年早々見せ付ける意味がわからない。
──そりゃ外部と内部の面倒な問題がゼロとは言わないが、せめて三学期始まってからでもよかったんじゃないのか。
鴨河先生の意図が正直読めない。清坂会長の情熱に水をぶっかけるような現実の見せ付け方もさることながら、これではっきり言って生徒会の泥沼状態突入決定ともなるような展開に頭が痛い。ついさっき羽飛と少しだけまじめに会話したが、あれでは時間が短すぎる。やはり羽飛とは今晩しっかりさしで話す必要があると感じた。難波や更科は……まだ時間がかかりそうだが。更科はともかくも難波はここに来てからろくすっぽ話をしようとしない。そこまで乙彦に苦手意識を持っているのか、やはり自由研究の恨みが深すぎるのか。しばらくは様子見を決め込むほかない。
「さて、みなさん揃ったかな」
面白そうに鴨河先生が全員を集会室に迎え入れた。主に畳敷きの大広間、だだっぴろい。九名しかいないと実に寒々しい。暖房が効いていないせいもある。
黒ぶちめがねの鴨河先生はまだ三十代半ばで国語科担当だ。主に三年生を担当していることもあり乙彦たちとは今まで接点がほとんどなかった。生徒会役員に選ばれてからも実際生徒会顧問として話すことも数少なく、せいぜい清坂に話しかける程度だった。こうやって普通に会話を交わすことも、合宿が初めてなのではないだろうか。
「全員揃ってます」
清坂がひとりひとりの顔を確認した後報告した。
「そうだね。それでは会長さん、これからひとつ提案なんだがいいかな」
「はい、先生お任せします」
何かを知っているような気配が感じられる。清坂はいたって明るく答えている。乙彦の後ろで羽飛が、
「なんだろなあいつ、何か隠してるよな」
と難波たちにささやいているところみると、本当に知らないのだろう。
「羽飛も知らんのか」
「ああ、肝心のことはちっとも言いやしねえ」
あれだけべったり張り付いている清坂の忠実な騎士というのに……本人が否定しようとも第三者的目線からみるとそうとしか思えない……意外なことではある。
それぞれすぐ隣りにいる相手に話しかける間にも、鴨河先生は自分のかばんに詰め込んだ細長いビニールバックを取り出し、ラケットに似た木の板を取り出した。「木の板」というよりもどうみてもそれは、
「先生、なんで羽子板持ってきてるんですか?」
目ざとく見つけた泉州がすっとんきょうな声を挙げた。気持ちはよくわかる。
新春の風物詩、羽子板だが乙彦はこの歳になるまで一度も試したことがない。
藤娘や道成寺、浅妻船などそれなりに「羽子板」の押し絵を見たことはテレビやデパートなどでちらりと目にしたことはある。しかし、鴨河先生のボストンバックから無造作に、木目がくっきりとした状態で現れるとはさすがに予想外だった。二枚ある。色気も何もない。セットで取り出したのがいかにも「羽子板の羽根」といいたくなるようなかわいらしい羽根だった。鳥の羽を赤く染めて黒い鉛のようなものに差し込んだもの。小ぶりだった。
「せっかくの冬休みで正月明けだし、めったにやらないことをやったらどうかと思ったんで、あえてこしらえてきたというわけなんだよ。日曜大工にしてはなかなかのものだろ? ちゃんと鑢もかけてるから、とげがささる心配もなさそうだ:
高く掲げて自画自賛する鴨河先生。羽子板というよりも「鏡よ鏡よ鏡さん」の王妃様気分にも見える。笑いをこらえている男子連中とは違い、女子たちは興味深そうに羽根に手を伸ばし、
「うわあ、いいな、これ、先生いいですね。羽子板なら畳の上でもできちゃうし。私もよくうちで羽根突きやるんですけど、あまり騒ぐと下に響いてうるさいって怒られちゃうし思いっきり打ったことないんです。そもそもお正月って雪が積もってるから、とてもだけど羽根つきなんて出来ませんよね! あ、貴史、あんた今目が光ったよ。あんたそろそろ燃えるもの感じてるんじゃないの?」
楽しそうに見入っている。羽子板に対しての親和性はかなりある。
「ああそうだな、先生、もしかして俺たちにこれでさっきの不毛なビデオの感想を発散しろとでも?」
にやつきながら今度は羽飛が割って入った。鴨河先生も羽飛に一枚羽子板を渡すと、
「本当はドッジボールやバドミントンあたりが室内スポーツとしていいんだろうが、さすがになあ、それは激しすぎるだろ。だったらそれこそ会長の言う通りこういった一癖あるラケット遊びで互いにストレス発散したらどうかという提案だよ」
いかにも先生らしい言葉でまとめようとすると、
「俺たちもやったよな、中学の時な」
意外にも難波が更科相手に思い出話をかまし始めた。
「評議委員会でしょっちゅうだったろ。本条先輩が結城先輩と休み時間に羽子板でこてんぱんにやっつけたとか、反対に立村にはやられちまってたとか、そうだな、トーナメントやっただろ。ありゃ燃えたな」
「ほんと。けど羽根つきのダブルスは難しいって結論にならなかったっけ?」
懐かしげにみな「羽根突き」への思い出を語り始める。それこそぴんときてないのは恐らく乙彦だけのようで、
「俺も、そうだ、やったことある」
隣りの名倉までが寝返りやがったときた。
「奈良岡の家で遊んだことがある。小学校の時だ」
──やったことないのは、俺だけか!
別にいいじゃないか。正月の遊びといったら羽根つき以外にもカルタ、百人一首、凧揚げ、福笑いなどなどいろいろあるではないか。自慢じゃないが乙彦も今年の正月は今挙げたものすべて消化している。子どもの頃は雅弘を引っ張り出して、今はとりあえず兄と弟を連れ出して。羽根突きだけ乙彦の生活に入ってなくたっていいじゃないか。
「関崎、羽根突きの経験はないのか」
「全くありません」
「そうか、だったらいい機会だ。とりあえず最初は手慣らしに羽根をどこまで突き続けられるかを競うことにしよう。ペアでそっちの勝ち抜き戦をやった後、今度は外部生チームと内部生チームで対抗試合してもいい。その後はメンバーをごちゃまぜにしてもいい。せっかく畳の上でできる球技なんだし、とことんはしゃぐが勝ちだよ」
──球技、なのか?
かなりの疑問が残るが、新しいことを試すに越したことはない。正月文化ではない、ひとつのラケット系競技へのチャレンジだ。自分なりに落とし所を見つけた後乙彦は改めて羽根に手を伸ばした。ピンク色の羽根の下にくっついている錘を握ってみる。今まで感じたことのない心地よい重みを感じた。




