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20微かな地響き(9)

 学校で多少は噂になっていないこともなかった。乙彦も耳にしていた。

 ━━立村が野々村先生と二人で逢っているらしい。かなり親しいらしい。

 もっともその理由はふたつあって、ひとつは今説明されたピアノの関係ということ、また学校で補習を担当してくれていることなど、決して後ろ暗いところはない。ただ、ちらっと静内も話していたがそれなりに周囲では違和感もあるようでそれなりにいろいろとささやかれてはいたらしい。

 女子たちがどう思っているかは別としても、男子たちは一笑に伏していた。ひとえに立村にはひとりの女子しか見えていないことが周囲からみてもありありとわかり、そこから揺れ動くなんてことは絶対にあり得ない。そういう確信をみな持っていたからだった。

 だが、今の立村には乙彦の知らないなにかがうごめいているようだ。

 それがなにか、なのかはわからないのだが。

 ━━ここだけの話だ、つっこんでみるか。

 幸い乙彦には、立村といやおうなしに共有しているものごとがある。


「立村、思い出したくないことであれば答えなくていいだが、聞いていいか」

「いいけど、何」

 とまどった風に立村が答える。

「あの、彼女のことだが、つまり卒業した、あの」

「ああ、杉本のことを言ってる?」

 立村の返事は妙に軽やかだった。

「いろいろあったけど、関崎も杉本とはきちんと話をしたってこの前話していたし、俺なりに思うこともあるけど、こちらでもきちんと話す機会あったから、もういいよ。気にしなくていい」

「気にしなくていいとはどういう意味なんだ?」

 どう考えても、乙彦に対して血を昇らせて抗議しやがったことは事実。気にしないわけがない。もっともこうやって家に招くくらいなのだから、気持ちは落ち着いているのだろう。

「あのあと、きちんと杉本に会って、今までのこととかこれからどうするかとか、いろいろ話をして、きちんと別れたから、それですべて終わっているんだ」

「お前ら、別れた、のか? そもそも付き合いもなにもなかったはずじゃなかったか」

 頭が混乱してくる。立村と杉本梨南との間がいわゆるつきあいなのかそうでないのかはよくわからなかったが、立村自身が「別れた」と話しているのであれば、たぶん、そういうことなのだろう。だがあれだけ想いをこめていた相手であれば立村ももっと、なにか、絶望的なものがあってもいいような気がする。それが全く感じられない理由が、正直乙彦にはわからない。

「立村、もう一度確認したいんだが」

 乙彦なりに頭を整理したかった。最初に浮かんだ、もしかしたらという疑惑を打ち消したかった。

「本当にそれでよかったのか。俺もお前になにか言うことできる立場ではないが、彼女に対してお前がどれだけ誠実に接していたかはわかっているつもりだ。それが一度会って話をして、それで終わらせたというのが正直信じられないんだが」

「物理的にも距離的にも無理なんだ。それはわかってる」

 また立村は明るく答えた。笑みが浮かんでいる。迷いはない。

「関崎が俺のことを心配してくれて言ってくれているのは理解しているよ。だけど、もうすべて終わったことなんだ。お互い別の場所で過ごすんだから、そこでよいことがあったらそれでいいよな、って感じかな。向こうからはしつこく勉強しろそうしないと青潟大学の推薦もらえないぞとかさんざん脅されたことだし、とりあえずは英文科の推薦もらえるよう、まともに勉強しないとまずいなくらいは思っているけどさ」


 ━━立村がこうも変わり身早いとはな。

 いや、どうもうさんくささが残る。作った明るさにも見える。

 ━━それなりに話をしたあとで、まさかとは思うが乗り換えた?

 立村に限ってそんなことはないだろう。そう思いたいのだが、どうも現場の証拠がいろいろありすぎて気にかかる。しばらく黙るしかなかった。


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