4 生徒会冬合宿(1)
一泊二日、宿泊先は大学内セミナーハウス。ほとんど秋のクラス合宿と変わらないが唯一異なるのは、朝から夜までまるまる滞在できるところだ。朝九時集合の翌日夕方五時解散。たいして外に出ない割にはゆっくりできそうだった。
「クラス合宿よりはね、少し余裕がないとね」
清坂会長が羽飛副会長と仲良くあれやこれや語り合っている。結局合宿テーマも内容も予定組みも気がつけばこのふたりだけで完結しまっている。他の連中は結局冬期講習に参加しなかったのだからしかたないにしても、乙彦にももう少し話を振ってほしかったものだと思う。だんだん生徒会メンバーがぞろぞろ集まり始めてきて新年の挨拶を交わす中、ようやく名倉の姿を見つけた。
「久しぶりだな」
「ああ、おめでとう」
あけまして、を付けるのを忘れた。乙彦は一歩他の面子とは離れたところへ名倉を連れて行き、
「冬休みはどうしてた」
尋ねた。確か名倉は親の実家での年末年始と聞いた。
「退屈だった」
しばらく考えた後名倉はしみじみとつぶやいた。
「もう、餅は見たくない」
「気持ちはわかる」
正月の香りも薄れてきたこの数日、まだ休みは続くものの来週からやっとバイトが始まる。すっかりだらけきった身体をしゃっきり戻せそうな気がする。
「静内から年賀所もらったか」
「ああ」
小声で名倉がまた尋ねてきた。他の生徒会役員たちには気づかれないようにしたいらしい。
「結構手が込んでたな」
「まったくだ。あんなこと書くなら電話の一本でもよこして博物館回りでもしたらどうかと思うぞ」
思い出す。静内からの年賀状は「あけましておめでとう」「謹賀新年」のような文字がひとつもなく、単なる手紙。いつからいつまで旅行中、今自由研究の続きをやっていること、今年もカラオケ燃えよう、などなど。明らかに乙彦宛てのメッセージと伝わってくるのだが、家族に見られたらかなり恥ずかしい内容でもある。元旦朝一番により分ける担当でよかったと胸を撫で下ろしたものだった。
「ハッピーニューヤー、名倉、おひさ!」
背中に気配を感じてはいた。なんとも言えない怪しい香水の香り。強烈で思わず振り向くと泉州が紙袋をぶらぶらさせながら立っていた。隣には阿木もいる。まだ新年挨拶はしていない相手ばかりだ。年賀状も出していなかったことを思い出す。
「今年もよろしくたのむ」
「こちらこそ。あ、名倉くん、ほら、これ食べる?」
阿木が乙彦をあっさり交わして名倉に小さい箱を手渡している。ずいぶん親しげだが露骨に名倉も身を避ける。無理やり背中を押すのが泉州で、
「ほらほら照れないで! あれ阿木ちゃんこれマカデミアナッツ?」
覗きこみつつ尋ねる。
「よし恵ちゃん気づいた? そうそう、今年のお正月に家族でハワイに行ったのよ。日本と違ってものすごく暑くって。思い切り焼けちゃった」
本人申告どおり阿木の鼻の頭は真っ赤に焼けている。
「いいなあ、ハワイの海ってきれいなんだよね。じゃあパスポートも取ってったんだ」
「もちろん! もう楽しくって帰ってきたくなかったよ。日本に戻ったらこんなに寒いんだもん。それでね、有名人とか結構いたらしくって、うちの母さんが目撃したって言ってた」
受け取らざるを得ず、名倉が礼もいわずマカデミアナッツの箱を握り締めている。礼儀としてまずいだろう。耳元で促した。
「ありがとうぐらい言えよ」
「ありがとう」
きわめて単調な言い方だったが、阿木の表情には満面の笑みが浮かんでいる。
「うわー、喜んでくれた? これ絶対おいしいから後で食べてね」
──そうか、名倉だけか。
結構露骨な阿木のお土産渡しも一段落し、今度は泉州の旅行先を確認した。確かこいつは年始に片岡の実家へ泊まりに行ったはずなんだが。
「泉州は結局どこに行った?」
乙彦が問うと、はっと思い出したように、
「そうそう、忘れてた私もお土産あったんだ! 関崎は知ってると思うけど、私さ、小春ちゃんとこへ泊まりに行ったんだから。阿木ちゃんにも話したっけ」
「そっか、小春ちゃん元気だった? 口、利けるようになってた?」
ひとしきり「小春ちゃん」という名を出して思い出話に興じている。決してここで片岡宅へ遊びに行ったなどとは言わない。あくまでも「小春ちゃん」の家へというのがみそだ。
「いや、まだかな。でもちゃんと筆談とか身振り手振りで意思疎通はできてたから大丈夫。私が生徒会に入ったなんて行ったら目を見開いて驚いてたよ。手紙で書いたんだけどね。信じてなかったみたい。それと阿木ちゃんもいることも、あと元評議連中が集まってることも」
「そうかあ。小春ちゃんもどってくればいいのにね」
しみじみ語り合う二人には割って入れず、こちらも少し離れたい気持ちもある。名倉に合図してさりげなくはずれようとした時、泉州が「あ、思い出した!」と香水の匂いに包まれたまま清坂の元へ駆け寄った。清坂たち元評議連中はいつのまにか揃っていて、紅一点の男子三人に囲まれている。
「泉州さん?」
「あのさ、これ、小春ちゃんからだよ」
泉州は笑顔で清坂に手紙と小さな紙袋を差し出した。
「小春ちゃん?」
「言ってなかったっけ? 私、今年に入ってから片岡の実家に泊まりに言ってさ」
──片岡、と言ったか!
心臓が少しびくりとする。泉州にためらいの色などなく、きわめて自然に説明を続けている。
「で、小春ちゃんとも話してね、清坂さんが生徒会長になったこと伝えたらもう喜んじゃって。雑だけどごめんって伝えるようにってこれ、預かってきたよ!」
「え、ありがとう、え、でも小春ちゃんが?」
戸惑っている清坂に、いつのまにか来ていた更科と難波がもの言いたげな表情を向ける。言葉は発しない。代わりに羽飛が清坂に、
「俺たちにも見せろよ」
からっと促す。
「うん、わかった」
そのまま袋を開き、薄い布らしきものを引っ張り出す。白いハンカチのように見えたがちろちろと紺色の刺繍らしきものが見える。そっと清坂がハンカチを開き、その刺繍の場所をじっと見つめる
「へえ刺繍かあ」
「貴史、これ見て」
指でつつき、それから泉州に向かい、
「もしかしてこれ、小春ちゃんが刺繍してくれたの?」
確認するように尋ねた。
「そうだよ。清坂さんが会長になるんだったら絶対うまくいくに決まってるから応援するって、白いハンカチ用意して大急ぎで刺繍してたよ。『fight』ってね!」
改めて指差し、説明をする。
「私の名前も入ってる……」
ハンカチを胸に押し当て、清坂がそっと目頭をぬぐった。
羽飛がその頭をぽんぽん叩き、隣りで居心地悪そうに難波と更科が顔を見合わせていた。




