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3 郷土資料館にて(3)

 身を避けるようにして俯いている佐賀をあえて無視し、乙彦と霧島とはひとしきり冬休みの出来事について語り合った。なんでも霧島は年末年始に父親の仕事の都合で旅行していたとか、パーティーずくめで普通の食卓が恋しいとかいろいろだった。

「僕は将来父の仕事を継ぐことになるでしょうから、今のうちに学んでおかねばならないことがたくさんあるのです」

 つんと澄まして霧島は語る。いかにも自慢げなのだが本人はポーカーフェイスを気取っているのがありありと伝わってくる。無理するなと言ってやりたいものだ。

「それはけっこうなことだが、誰かと遊んだりしなかったのか」

「そうですね、立村先輩とはたまに」

「立村がか?」

 乙彦も何度か誘ってみたのだが、タイミングが合わなかったらしくいまだ冬休みまともに顔を合わせていない。どうやって捕まえたのか非常に興味がある。問うと、

「簡単ですよ。立村先輩の弱みをにおわせるようにするとすぐに向こう様から連絡をくださいますからね。そのあたりは把握しております」

「その弱みとはなんだ」

「言えるわけがありません。だから、弱みなのです」

 意味ありげに微笑む霧島の顔にぞっとする。こういう奴を弟分に控えさせている立村の心理について乙彦は興味津々であり、できればその件についてとくと語り合いたいと思っている。

「しかし霧島と立村の会話とはどういうもんなんだろうか」

「ごく普通の中学生と高校生が話すことに変わりありませんよ。ご存知の通り立村先輩は英語の能力だけはずばぬけてらっしゃいますのでいろいろ教えていただいたりすることもほんの少しはあります。ですがほとんどは僕の方が上ですね。頭脳的にもいろいろな面においても」

 ──立村、こいつのしつけなんとかしろよ。

 とはいえ青大附中においては孤立している霧島が唯一慕っている先輩のひとりであることも確かだろう。立村も学校で見る限りは附属上がりの友人達と穏やかに語り合っているようだが、群れを好む性格ではない。そこのあたりで引き合う何かがあったのかもしれないと、乙彦はひとり納得した。


「それでは、楽しいひと時をありがとうございました」 

 きりのよいところで乙彦が別れを告げると、ふたりとも立ち上がり一礼をした。佐賀も言葉をほとんど発しなかったとはいえきちんと品のよい挨拶をしてくれた。

「これからどうするんだ?」

「もう少し勉強したいことが多々ございますので。それにまあふたりで行くべきところがあるのです」

 思わせぶりな口調で答えた霧島は、ちらと佐賀を見つめて微笑んだ。


 ──なんだかひっかかるな。

 外に出るとだいぶ日も暮れかけてきた。雪は降っていない。そろそろ三時のおやつでも仕入れに家へ戻ろう。ぶらぶら歩きつつもう一度佐川書店に立ち寄った。

「ああらおとひっちゃん、ちょうどよかったわよ。ほら、裏口から入ってよ」

 雅弘のお母さんがレジを打ちながら乙彦に向かい笑顔を向けた。

「雅弘、帰ってきてるわよ」

 ジャストタイミング。立村を捕まえる時は外すのに、雅弘に関しては結構乙彦の勘はよく当たる。


「おとひっちゃん!」

 いつものように裏口から入ると雅弘の靴が脱ぎ捨てられていた。声をかけると転がるように雅弘が階段を駆け下り、手をひらひら振った。

「さっき来たって話、うちの父さんから聞いたからもしかしたら来るかなって思ってたんだけどさ。早く部屋に来いよ」

 もちろんそのつもりだ。乙彦は靴を雅弘の分とふたりぶん三和土でそろえ、ジャンバーを羽織ったまま部屋に上がった。雅弘の部屋からはアーケードの向こうから駅のロータリーまで広々と見渡せる。

「お焼きがあるからレンジであっためて食べようよ」

 雅弘が持ってきたおやきの中には粒餡がぎっしり詰まっていてあったかい。三時のおやつタイムにはぴったりだ。どこぞのお宅で食べるようなケーキセットよりはるかに腹持ちがいい。遠慮なくかぶりついた。

「今日は学校行ったの」

 雅弘の問いにすぐ答えた。

「ああ、午前中は冬期講習でまずは一段落した」

「じゃあ午後はうちにすぐ帰ってきたってわけなんだ」

「お前いなかったからな。久々に郷土資料館へ行って来た」

「ふうん。ああそっか。おとひっちゃん自由研究で使い倒してたもんなあ」

 しみじみ、お焼きを割って食いつきつつ雅弘はつぶやいた。

「でな、この前お前にも話したことと直結するんだが」

 いい機会だ。伝えておくことにする。

「この前話しただろ。佐賀さん、だったか」

「うん」

 雅弘の返事は短い。口の中にものが入っているのだから当然だ。

「この前手をつないでいるとか噂になっていた相手と一緒にいたんだ」

「えっ!」

 急きこむ雅弘。慌ててコップの牛乳を飲んで流し込もうとしている。

「手、つないでるってなんだよそれ」

「話しただろ。お前が一時期誤解されていた相手のことだ。これで完全に濡れ衣を払拭できたというわけだ」

「濡れ衣もなにもないからいいけどつまりどういうことなんだろ」

 立ち上がり雅弘は窓辺に立った。不思議そうに乙彦を見下ろし、

「おとひっちゃんが俺を信じてくれたんならうれしいけどさ。佐賀さんが新井林くん以外の男子と歩くなんて信じられないよな。だって新井林くん、佐賀さんを守ることに命賭けてるよ。まさかそんなことないんじゃないかな」

 新井林のことを考えると確かにやりきれないものがある。むしろ乙彦もどちらに同情するか問われたらためらうことなく新井林と答えるだろう。佐賀に対してはあまりよい感情を持てなくなってしまっている。あれだけ新井林が想っているというのに、一年下の後輩への気持ちをもてあましている様は、あまりきれいなものではなかった。

 ──雅弘は早いうちにあきらめて正解だったな。

「新井林もな、俺も三学期以降あいつの顔をどう見ればいいかわからないのが本音だ。あれだけまっすぐないい奴が、裏切られるのを見守るのは辛い」

「ねえおとひっちゃん、それどういうことかな」

「いやな、俺の目で見た限りなんだが」

 正直な所感を伝えたかった。雅弘以外には言えそうにない。

「佐賀さんはおそらく、一緒にいたあいつに惹かれてるんだろうな」

「おとひっちゃん」

「お前が驚くのもわかる。今までの俺には一番理解できない部分だからな」

 かつてのシーラカンス、色恋沙汰ノーサンキューだった乙彦の変わりように雅弘も驚いているのだろう。わかる、わかるがせめて青大附高で成長したと思ってほしい。女子の心の変化くらい、わかるようにはなったのだ。

「あいつの隣りでずっと俯いている佐賀さんを見ている限り、やはりそうなんだろう。雅弘、今度タイミングを見て新井林と何か食いに行こうか」


 雅弘はまじまじと乙彦を見つめ直した後、

「まさか、おとひっちゃんからそういう言葉が出てくるなんて俺、今の今まで想像してなかったよ」

 呆然とした風につぶやいた。


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