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3 郷土資料館にて(2)

 彼女をこの場所で見たのはたぶん二度目だ。

 ──確か、春だったか。

 記憶の隅から引っ張り出して見る。学校で高熱出してぶっ倒れ学校を休み、体調がだいぶよくなったところで散歩がてら立ち寄った先だった。あの時は確か隣に、

 ──雅弘がいたな。

 かなり驚いたがよくよく聞くと彼女の目的は、新井林との付き合いも含めて雅弘に日頃より頼っていただけのもの。もちろん新井林もその辺りは心得ていて今でも乙彦に、

「それでは佐川さんによろしく!」

 と言伝をするくらいだ。やましいことなど何もない。

 ──しかし、今は。

 乙彦は改めて目の前のふたりをじっと見据えた。隣の彼女……佐賀はるみの瞳はすっかり揺らいでいて、乙彦の顔を見るのも辛そうだった。


「どうしたんだ」

 思わず問いかけた乙彦に、霧島はにこやかに微笑みつ立ち上がり一礼した。つられて佐賀も一緒に頭を下げた。そのまま動かずにいる。

「関崎先輩申し忘れました。昨年はいろいろお世話になりました。本年もなにとぞご教授のほどを」

 ずいぶんと堅苦しい新年の挨拶を交わす。

「いや、俺の方こそよろしくなんだが、どうしてここにいるんだ」

「見れば分かるとおり、休みということもあったのでのんびりと散歩を決め込んでおりました」

 ずいぶんと人を食った言い方をする。つんと澄ました霧島狐と正反対に佐賀はおびえたように俯いている。時折そっと乙彦を見やろうとしてすぐに目を逸らす。

 ──雅弘の隣りにいる時はこうじゃなかったぞ。

 もっと堂々として、凛として、自分のかつての親友について語っていた。

 後ろめたさなど微塵も感じなかった。

「だがあまりここは、メジャーな場所ではないと思うぞ」

「関崎先輩は昨年の夏休みに自由研究をここでおつくりになったと伺いましたが」

「誰から聞いた」

「立村先輩にです」

 さらりと答えた。不思議はない。隠すこともない。

「ならそれで興味を持ったとか」

「左様です」

「俺は青大附中の冬休み自由研究でどのようなものを求められるか知らないのだが、お前たちもそれをするのか」

 思いついたので聞いてみた。落ち着いて考えて見るとこのふたりも中学生、学生の本分としての自由研究をしているだけとも考えられる。特に霧島の頭脳はピカイチとも聞いている。多少なりとも歴史について関心を持っているのであれば郷土資料館へ顔を出しても不思議はない。なんとなく気持ちが和んだ。乙彦は霧島にソファーへ戻るよう手で促した。戸惑うように佐賀が先に座り、霧島が余裕を持ち、

「失礼します」

 と一声かけて腰掛けた。せっかくだ、いい機会だし話すのも悪くない。


 ──阿木が持ち出した噂はこのことか?

 年末に沸き立った生徒会室での噂だが、ふたりの様子を伺う限りは手もつないでいないし単純に自由研究に打ち込みたかっただけなのかもしれない。まずは確認をする。

「単刀直入に聞く。俺の周りでふたりの噂を耳にしているんだが、いったいなんでここにわざわざ来ているのかを正しく教えてもらいたいんだ」

「僕たちの噂、ですか。ほう」

 芝居がかった口調で霧島は答え、隣りの佐賀に向かい、

「らしいですよ、佐賀先輩。どうでしょう」

 穏やかに尋ねた。隣で佐賀も困った風に首をかしげ、耳の上に丸めたお団子髪に手を当てた。」

「無責任かどうかはわからないし誤解であればいい機会だし解いておいたほうがいいと思う。今はまだ冬休みだからそれほど広まったりしないだろうが、三学期が始まってからだといろいろわずらわしいだろう。俺もそうだし、あの、その」 

 言葉をなかなか発そうとしない佐賀の様子が気がかりだった。雅弘の時と違って別の感情がいろいろあるのだろうか。明らかに雅弘に対しては慕っている先輩への態度だったし、勘違いした雅弘が舞い上がってしまったのも頷ける。だが、やはり霧島の前ともなると緊張してしまうのかもしれない。

 ──これは、新井林の立場どうなる。


「別に僕たちはやましいことをしているわけではありませんが、無責任な噂を立てる輩はどこもいますね。元生徒会長の教えを現生徒会長が受けてどこがおかしいんでしょうか」

 口元をゆがめるようにして霧島が答えた。腕に抱えていたコートを膝に置きなおし、かばんを重ね、

「立村先輩から、関崎先輩たちの自由研究が実に素晴らしいものであるというお話を耳にしまして、僕もそのきっかけがどこから生まれたのか興味を持ったのは確かです。僕の将来図を鑑みる上でも収穫があります。ただ冬は自由研究がそれこそ自由なので所詮何も必要とはしないのですが。自分なりに歴史を紐解くのもまた面白いのではと感じた次第です」

 よくわけのわからないことをぺらぺらしゃべる霧島。

「僕は同級生たちと話すよりも年上の人たちと接する時の方が気が楽なんですよ。立村先輩については精神年齢的にどうかと思えなくもない時がありますが、やはり英語の能力は秀でてらっしゃいますから刺激を受けることも多々あります。関崎先輩に対しても同様です。外部生でありながら堂々と生徒会役員へ打って出たそのお覚悟の程、感銘を受けるしだいであります。それと同じことですよ、先輩」

 霧島は狐の鼻もとをつんと上げた。

「僕としては単純に、佐賀先輩からいろいろと学ばせていただきたく、その上で本日お付き合いいただいた次第であります。特にこの辺りは佐賀先輩も地理にお詳しいとうかがっておりますので」

 ──ほう、そうか。駅前に来ることが多いんだな。

 佐賀に尋ねた。

「この辺り、詳しいのか?」

「……はい。エレクトーン習ってて、毎週通ります」

 かすれた声で、佐賀は俯いたままやっと答えた。

「そうか。だから雅弘の店によく寄るんだな」

 はっと顔を挙げた。いや、ちゃんと濡れ衣を晴らすための言葉に過ぎないのだが。霧島にも伝えておいたほうがいい。

「いや、実はその噂の内容なんだが、俺の親友ちの本屋にたまたまお前らふたりが手をつないで歩いていたという目撃談だったんだ。手をつなぐなどはかなり大げさな内容だと思うんだが、どういう事情にせよ誤解を招く内容ではあると思う。だが、たまたま立ち寄った本屋でお前たちが顔をあわせたり本を買ったりした程度ならたいしたことはないだろう。これから妙な噂が巻き起こった際にはきちんと俺の方から否定して置いてもいい」

「恐れ入ります」

 ゆっくり霧島は頭を下げた。また同時に佐賀を見やりつつ、

「これで誤解が消えていきますね、佐賀先輩?」

 語尾を少し上げ、問いかけた。

 

 


 

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