第9話:偽りの聖杯の終焉、そして真の女神の降臨
「……あはははは! 壊してやる! 私が愛されない世界なんて、全部壊れてしまえばいいのよ!」
リリアーヌ王国の最果て、魔力が吹き溜まる「嘆きの谷」から、おぞましい絶叫が響き渡った。
そこにいたのは、鉱山から脱走し、禁忌の魔術に手を染めたミアだった。
彼女は、自分が盗み出した「偽の聖杯」に自らの命を捧げ、大陸全土を呪う「終焉の魔獣」を召喚しようとしていた。
空はどす黒く染まり、大地からは腐敗した魔力が溢れ出す。
「ミア……、もうおやめなさい。これ以上、醜態を晒してどうするの?」
暗雲を切り裂くように、一筋の光が舞い降りた。
魔導飛行艇から降り立ったのは、白銀のドレスを纏った私――レオノーラだ。
そして私の隣には、抜身の剣のように鋭い殺気を放つギルバート皇帝。
「お姉様……! またお姉様なのね! いつも私の邪魔をして……! でも無駄よ、この呪いは誰にも止められない!」
ミアが掲げた聖杯から、巨大な影が立ち上がる。
周辺の街を飲み込もうとする絶望的な力。
リリアーヌ王国の兵士たち、そして廃嫡されたアルベルトまでもが、その圧倒的な破壊を前にして膝をついた。
「レオノーラ、下がっていろ。私が斬り伏せる」
ギルバートが前に出ようとした。
けれど、私はその手を優しく制した。
「いいえ、陛下。これは私の……いえ、『レオノーラ』という悪役令嬢が、この世界に引くべき最後のピリオドですわ」
私は一歩、前へと踏み出した。
九回のループ、八十年に及ぶ死の記憶。
そのすべてを魔力に変え、私は掌の中に小さな、けれど太陽のように眩い「光の核」を生み出した。
「聖なる力? 奇跡? ……そんなものに頼るから、あなたは救われないのよ、ミア」
私は凛とした声で詠唱を開始した。
それは神への祈りではない。この世界の真理を書き換える、私だけの独自の魔導術式。
「――虚偽を穿て。絶望を糧に、希望の種を芽吹かせよ。……『万物浄化』!!」
私の体から放たれた光が、大陸全土を包み込んだ。
どす黒い雲は一瞬で霧散し、ミアの召喚した魔獣は、光の粒子となって消えていく。
枯れていた大地には青々とした草木が芽吹き、呪いに苦しんでいた人々の傷が癒えていく。
「な……っ、そんな……! 聖女でもないのに、どうして……!」
ミアの持っていた聖杯が、粉々に砕け散った。
彼女の「偽りの力」の源が消滅し、ミアはその場に力なく崩れ落ちる。
人々は目撃した。
天から降り注ぐ光の中に立つレオノーラの姿を。
それは「悪役令嬢」でも、「聖女」でもない。
自らの力で運命を切り拓き、世界を塗り替えた「真の守護神」の姿だった。
「おおお……! レオノーラ様! レオノーラ様万歳!!」
リリアーヌ王国の民も、帝国の兵士も、誰もが彼女の名を呼び、その場に跪いた。
かつて彼女を「悪女」と石を投げた者たちさえも、今は涙を流して感謝を捧げている。
その喧騒の中。
ギルバートは、世界に称賛される私を、誰にも触れさせまいとするように背後から強く抱きしめた。
「……やり遂げたな、レオノーラ。だが、これで君を神殿に奪われる口実ができてしまった。……嫌だぞ。君は私の、ただ一人の妻なのだからな」
耳元で囁かれる、熱を帯びた独占欲。
私は、跪く群衆の先に、泥を啜りながら私を見上げることしかできないアルベルトと、虚無の瞳で空を見つめるミアを一瞥した。
(――さようなら、私の過去。これからは、私のための未来を歩むわ)




