第6話:新しいお家は皇帝陛下の寝室? いいえ、そこは私の「研究所」です
隣国・ガルディア帝国に到着して三日。
私は、用意された豪華絢爛な客室……ではなく、城の地下にある広大な魔導工房にいた。
「レオノーラ、またここにいたのか。朝食も摂らずに」
背後から、低く甘い声が響く。皇帝ギルバートだ。
彼は、魔術式の計算に没頭する私の肩に、当然のように自分の上着をかけた。
「陛下。この国の農地、魔力の循環が悪すぎますわ。これでは冬の作物が育ちません。……少し、この国の『地脈』を書き換えさせていただきました」
「……三日でか? 我が国の筆頭魔導師たちが十年かけても成し遂げられなかった難事業を?」
ギルバートが呆れたように笑う。
前世の八回におよぶループで、私は生き残るためにあらゆる学問を修めた。土木魔術、軍事薬学、古代文字の解読……。その知識は、平和ボケした前の国では「不気味」と疎まれたが、実力主義のこの帝国では「神の知恵」として扱われる。
「レオノーラ、君は本当に……。私が君をこの国に連れてきたのは、君を守るためだと言ったはずだが」
ギルバートが私の椅子を回し、私と視線を合わせる。彼の瞳には、守護欲と、それ以上に深い「独占欲」が渦巻いている。
「……君がこれほど有能だと、外に出すのが惜しくなる。いっそこの工房ごと、私の寝室の隣へ移そうか?」
「あら、陛下。私を閉じ込めるおつもり? それは『監禁』と呼びますのよ」
「君が望むなら、そう呼んでも構わない。……だが、君がこの国を豊かにすればするほど、君を狙う輩が増える。それが我慢ならないのだ」
ギルバートの大きな手が、私の頬を包み込む。
その時、工房の扉が荒々しく開かれた。
「陛下! 失礼いたします! ……先ほど、北部の荒れ地で突如として清らかな水が湧き出したとの報告が! さらに、数百年枯れていた『魔力の泉』が再起動したと……!」
駆け込んできた帝国貴族たちは、私を見て絶句した。
「……まさか、あの『悪役令嬢』と噂された女性が?」
「筆頭魔導師でも不可能な術式を……?」
私は優雅に立ち上がり、困惑する彼らに冷徹な微笑みを向けた。
「皆様、驚くには当たりませんわ。……これはまだ、私がこの国に捧げる『挨拶』の、ほんの一部に過ぎませんもの」
前の国で「無能な聖女」の引き立て役として殺された私は、もういない。
この国を、私の知略で世界最強の帝国へと変えてみせる。
その頃――。
最前線の泥溜めで、重い盾を背負い、泥まみれのパンを啜る一人の兵士がいた。
元王太子、アルベルトだ。
彼は、風に乗って聞こえてくる「隣国の新しき賢女」の噂を耳にするたび、血を吐くような思いで地面を殴りつける。
「……レオノーラ……。なぜ、あんなに輝いているんだ……。なぜ、私の隣には……いないんだ……っ」
彼の後悔は、まだ始まったばかり。
そして、鉱山で「元聖女」として虐げられるミアの叫びもまた、誰に届くこともなく、深い闇へと消えていく。




