第5話:底なしの絶望、泥を啜るかつての「主役」たち
王宮の地下深く。冷たく湿った独房の床に、ミアはうずくまっていた。
かつての輝くような金髪は泥に汚れ、聖女の微笑みは、見る影もなく恐怖に歪んでいる。
「……信じられない。私が、こんなところで終わるなんて……。私はヒロインなのよ!? 誰か、誰か助けて……!」
そこへ、重々しい足音が響く。
鉄格子の向こうに現れたのは、聖女の「奇跡」を暴いた元凶――私、レオノーラだ。
そして私の隣には、影のように寄り添う皇帝ギルバート。
「お姉様……! お姉様、お願い! 私が悪かったわ! 全部、魔力に目が眩んだだけなの。出して、ここから出して……!」
ミアが鉄格子に縋り付く。
私はその汚れきった指先を、冷ややかな目で見下ろした。
「ミア。あなた、勘違いしているわ。……私はあなたを殺すつもりなんてないのよ?」
「え……? じゃあ、許してくれるの……?」
期待に目を輝かせたミアに、私は毒を含んだ笑みを向けた。
「いいえ。あなたは、これまでの九回のループで私に味わわせた『汚名』と『孤独』を、死ぬまで現実として味わい続けるの。……ギルバート陛下、あちらの準備は?」
「ああ。彼女には、我が国の特務機関が開発した『魔力枯渇の首輪』を着けてもらった。彼女が周囲から魔力を奪おうとするたび、激痛が走り、逆に自らの生命力を削る仕組みだ」
ギルバートが冷酷に告げる。
ミアは、もう二度と誰からも何も奪えない。ただ、自分の傲慢さが招いた「虚無」の中で、永遠に飢え続けるのだ。
「そんな……! 嫌よ、死ぬまでここになんて……!」
「死ぬまでここ? まさか。あなたは明日、王都の広場で『偽聖女』として罪状を読み上げられた後、最果ての鉱山へ送られるわ。そこには、あなたを『聖女』と信じていた、血気の荒い炭鉱夫たちが待っているわよ。……彼らが、自分の寄付金があなたの贅沢品に化けていたと知ったら、どんな歓迎をするかしらね?」
「ああああっ……!」
絶望の悲鳴を上げるミアを背に、私たちは次の部屋へと向かった。
そこには、豪華な装飾を剥ぎ取られた客室で、酒に溺れるアルベルト王太子がいた。
彼は私たちの姿を見るなり、縋るように立ち上がる。
「レオノーラ! 頼む、父上……国王陛下を説得してくれ! 私の廃嫡が決まりそうなんだ! 私は王太子だ、こんな……っ」
「アルベルト様。あなたはミアの嘘を見抜けず、この国の国益を損なった。……それだけで、王としての資質はゼロですわ」
私は彼の足元に、一通の書類を放り投げた。
それは、彼がミアに贈るために公金から横領していた、数々の宝石や領地のリストだ。
「これを公表すれば、あなたは廃嫡どころか、反逆罪で処刑もあり得ます。……でも、私は優しいから。一つだけ、道を用意してあげたわ」
「道……? 助けてくれるのか!?」
「ええ。……ギルバート陛下の国の、最前線の砦に『一兵卒』として志願しなさい。そこで死ぬまで、あなたが守るべきだった国民のために盾になり続けるのよ。……ああ、もちろん、名前も身分も捨ててね」
「一兵卒だと!? 私が、貴族でもない者たちと泥にまみれて戦えというのか!」
「嫌なら、今すぐ断頭台へどうぞ」
私の背後で、ギルバートが鞘から剣を抜き、その切っ先をアルベルトの喉元に突きつけた。
氷のような魔力が、室内を支配する。
「私の婚約者を侮辱し、利用した罪。……本来なら、その首をここで跳ねても足りない。……レオノーラの慈悲に感謝して、泥を啜りながら生き長らえるがいい」
アルベルトの膝が、ガクガクと震え、彼はその場に崩れ落ちた。
かつての傲慢な王太子は、今や一人の無力な男に成り下がった。
「……行きましょう、ギルバート陛下。ゴミの片付けは終わりましたわ」
私は一度も振り返らず、部屋を出た。
私の歩む先には、今度こそ、誰にも邪魔されない自由と、少しばかり「重すぎる愛」を持つ皇帝との、新しい未来が広がっている




