第2話:騎士団長の忠誠は、先に買った者が勝つ
ミアが「聖女」として王都の寵児になれた最大の理由は、若き近衛騎士団長・カシアンを味方につけたからだ。
前世までのシナリオではこうだ。
明日、ミアは偶然を装って騎士団の演習場を訪れる。そこで落馬したカシアンを、彼女が「不思議な光(聖杯の力)」で癒やす。
命の恩人となったミアに、カシアンは狂信的な忠誠を誓い、私の処刑時には彼が自らギロチンの紐を引くのだ。
(……笑わせないで。今世は、その紐を引かせもしないわ)
私はミアを自室に置き去りにしたまま、馬車を飛ばして騎士団本部へと向かった。
手には、先ほど「偶然」見つけたことにしておいた【癒やしの聖杯】。
「……公爵令嬢、レオノーラ様。このような時間に何用でしょうか」
現れたカシアンは、相変わらず冷徹な鉄面皮だった。
彼は代々、呪われた一族として「夜な夜なひどい頭痛と悪夢」に苛まれている。ミアはそこを「癒やし」で突いた。
「カシアン卿、単刀直入に申し上げますわ。あなたの家系に伝わる『呪い』、あれは呪いではなく、魔力の暴走です」
カシアンの眉がピクリと動く。
「……何を仰る。それは高名な魔導師でも解けなかったはず」
「ええ。ですが、この『聖杯』に溜まった純粋な魔力と、私の魔力を同調させれば、あなたの魔力回路を整えることが可能です。……今ここで」
私は迷わず聖杯を掲げた。
ミアが明日やるはずだった「癒やしの奇跡」を、二十四時間前倒しで、しかも「聖杯の持ち主」という圧倒的な既得権益をもって実行する。
「っ……!? この温かい光は……」
カシアンが目を見開く。
彼のこめかみに浮き出ていた苦悶の紋章が、私の放つ光に溶けるように消えていく。
ミアの「ふわっとした癒やし」とは違う。私が八回のループで独学し、血の滲むような思いで身につけた精密な魔力操作だ。
「……痛みが、消えた。これほどの……」
跪くカシアンの前に、私は冷ややかに告げた。
「勘違いしないで。これは慈悲ではありません。私はあなたの『命』と『忠誠』を買いに来たのです。……明日、私の義妹があなたに近づき、甘い言葉で癒やしを申し出るでしょう。その時、あなたはこう言うのです」
私は彼の耳元で、甘く、毒を含んだ声で囁いた。
「『私の主はレオノーラ様お一人。偽りの光を振りまく者は、立ち去れ』……とね」
翌日。
計画通り、ミアは可憐なドレスに身を包み、演習場へ現れた。
彼女の後ろには、私の婚約者である王太子・アルベルトも同伴している。
「カシアン様、お疲れのようですね……。私、あなたの苦しみが分かりますの。どうか、私に癒やさせて――」
ミアが聖女のような微笑みを浮かべ、カシアンの手に触れようとしたその時。
「不届き者が。その汚らわしい手を退けよ」
カシアンの冷徹な声が響き渡った。
抜刀され、喉元に切っ先を突きつけられたミアは、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まる。
「えっ……? あ、あの、カシアン様……? 私、ミアですわ。あなたの痛みを……」
「痛みなどない。私の苦難を救ってくださったのは、レオノーラ様ただお一人。公爵家の慈悲に泥を塗るような真似は、この私が許さん」
周囲の騎士たちがざわめく。
「あの冷徹な騎士団長が、レオノーラ様に忠誠を?」
「ミア様は、他人の手柄を自分のものにしようとしたのか?」
ミアの顔が、屈辱で真っ赤に染まっていく。
隣で見ていた王太子アルベルトも、信じられないものを見る目でミアを見た。
「ミア……。君は、カシアンが苦しんでいるから助けたいと言っていたはずだが。すでにレオノーラが救っていたとは、どういうことだ?」
「そ、それは……! 私はただ、お姉様より先に……いいえ、お姉様が何もしていないと思って……っ!」
支離滅裂な言い訳を並べるミア。
私はその様子を高台から見下ろし、優雅に扇で口元を隠した。
(いい気味だわ、ミア。あなたの『偶然』は、もう二度と起こらない)
さて、次はミアが王太子との密会に使うはずの「秘密の花園」を、物理的に整地してバラ園にでも変えてしまいましょうか。




