後日談:語り継がれる「美しき暴君」の休息
大陸統一から三年。
かつてのリリアーヌ王国は、今や帝国の「第一魔導特区」として、世界で最も進んだ魔導都市へと変貌を遂げていた。
「レオノーラ様、こちらが今月の魔導配分計画書です。ご確認を」
執務室で、私はテキパキと書類にサインを走らせる。
私の周囲には、かつて私を蔑んでいた貴族たちの息子や娘たちが、今は私の「弟子」として、心酔した眼差しで控えている。
「……あら、この術式、少し効率が悪いですわね。あとで私の理論書を写しておきなさい。……それと、北方の鉱山で働く『罪人たち』の配給を10%減らしなさい。彼らにはまだ、反省の余色が足りないようですから」
「はっ! ただちに!」
冷徹な「鉄の女帝」としての命令。
鉱山で泥にまみれ、かつての贅沢を思い出しながら咽び泣くミアやアルベルトたちの噂は、時折私の元に届く。けれど、それは私にとって、朝のコーヒーの香りよりもどうでもいい雑音に過ぎない。
その時、執務室の重厚な扉が、ノックもなしに開け放たれた。
「――レオノーラ。いつまで仕事を続けるつもりだ」
現れたのは、皇帝ギルバートだ。
三年前よりもさらに精悍さを増した彼は、周囲の視線も構わず、私の背後から首筋に顔を埋めた。
「陛下。……皆様が見ておりますわ。公務の邪魔をしないでくださいませ」
「嫌だ。君がこの一時間、私の方を一度も見なかった罰だ」
ギルバートは、私の手からペンを取り上げると、有無を言わさず私を抱き上げた。
周囲の弟子たちが「ひっ……!」と息を呑み、慌てて視線を逸らして退室していく。
「……陛下、降ろしてください。私はまだ、隣国への魔導輸出の件が……」
「それは明日でいい。……今日は、君が欲しがっていた『古代竜の魔石』が手に入ったのだ。それを見せようと思ってな」
「まあ! 本当ですの!?」
魔道具オタク(かつての勉強の成果)である私の目が輝く。
ギルバートは、そんな私を愛おしそうに見つめ、鼻先を擦り合わせた。
「ああ。……だが、石を見せる前に、まずは私に『報酬』を。……一週間、君を魔導学会に奪われていた私の、寂しさを埋めるための報酬だ」
「……強欲ですわね、陛下は」
「君に似たのだ。……誰よりも強欲で、美しく、私のすべてを奪った女帝にな」
ギルバートの腕の中で、私はふと窓の外を見た。
そこには、私が守り、作り替えた、平和で輝かしい帝都の夜景が広がっている。
九回の死は、もう遠い夢のよう。
私はこれからも、隣にいる執着心の強い皇帝と共に、この世界のすべてを謳歌し、奪い尽くしていく。
悪役令嬢の物語は、終わらない。
これから始まるのは、世界で一番幸せな「悪女」の、永遠の日常なのだから。




